映画「ルート29」を観た。
突然ですが、問題です。「ありがとう」の反対の言葉は何でしょうか。
次の問題です。「愛」の反対の言葉は何でしょうか。
河井青葉が演じる姉が「あなたは本当に冷たい人」と、妹のり子に向かって本音をぶつけるシーンがあった。中島みゆきの「かなしみ笑い」の歌詞に「恨んでいられるうちはいいわ、忘れられたら生きてはゆけない」という一節がある。トルーマン・カポーティの「冷血」(「In Cold Blood」)の犯人は、自分が殺した相手に関して、少しも興味を示さなかった。
つまり「愛」の反対は「憎悪」ではなく「無関心」なのだ。
「ありがとう」の反対語については、哲学の講義や接客業の研修などで学んでいる人も多いと思うが、結論から言うと「当たり前」である。「ありがとう」は「有り難い」に丁寧の接尾語「ございます」が付いた形の「ありがとうございます」の「ございます」が省略されてフランクな言い方になったのが残った形だ。「有り難い」の対義語「有りやすい」つまり「当たり前」が「ありがとう」の対義語という訳である。
主人公のり子の心が、国道29号線を北上するルートの中で、無関心から関心へ向けて少しずつ動いていくのがわかる。これまでののり子は、自分以外の誰にも関心を示さなかったし、社会的な礼儀として必要な場合にだけ、感謝の言葉を述べていたと思う。ところが、あまり美味しくない魚をくれた父と息子には、みずから進んで感謝の言葉を述べる。
本作品を、自閉症気味の人間の特殊な事例だと仮定するのは早計だ。人は多かれ少なかれ、他人に対して心を閉ざしている。上映中の映画ではないが「本心」は心の奥にしまったままだ。しかし他人の「本心」を感じたり、自分の「本心」が理解されたと感じるときがある。それを「ふれあい」と呼ぶ。
本作品は「ふれあい」の映画である。心を閉ざしたのり子がハルとのふれあいを通じて次第に心を開いていく様子を、綾瀬はるかは上手に演じきった。表情や仕種の端々から、のり子が本来は情緒豊かな人であることが分かる。でなければフクロウと会話したり、屍体と一緒に歩いたりできない。
言葉狩りの世の中である。それは「本心」を隠して、形式に頼って身を守る社会だ。人はどんどん真実や「本心」から遠ざかる。人生を失っているのと同じである。心を閉ざしているのはのり子ではなく、社会そのもの、つまり我々なのだ。