三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

舞台「太鼓たたいて笛ふいて」

2024年11月23日 | 映画・舞台・コンサート

 新宿のサザンシアター紀伊國屋でこまつ座公演「太鼓たたいて笛ふいて」を観劇。
「放浪記」で一躍有名作家となった林芙美子が、軍部のプロパガンダとなって軍国主義を喧伝した自分の過去について、自嘲するように言った言葉がタイトルとなっている。
「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」という本人の言葉のとおり、波乱万丈の人生を47歳の若さで閉じている。
 前半は気の強さを前面に押し出して強かに生きる若き林芙美子を描くが、NHKの職員から「戦は儲かる」という国家的展望を国民に知らしめる重要な役割としての従軍文士をすすめられたあたりから、林の人生がおかしな方向に向き始める。
 そして訪れた東南アジアで「大東亜共栄圏」の大義名分のもと、日本軍が東アジア各地で行なった冷酷非道な行為を目の当たりにし、世界観が180度変化する。戦争は非人間的だ。
 戦後の6年間は、評論家が「緩慢な自殺」と指摘するほど、身体を酷使して小説を書いた。日本人の悲しみを表現する以外に、彼女の贖罪の道はなかったのだ。
 もともと心臓が弱かった彼女は、昼は元気に過ごしていた6月26日の夜、心臓麻痺で急死する。日は明けて27日になっていた。
 井上ひさしは、単なる悲劇にしたくなかったのだろう、ところどころに歌を入れて、戦前の日本人の戦争に浮かれた愚かさと、図らずもそれに乗っかってしまった林の軽さを描き、国全体が衆愚となっていた実態を表現してみせた。
 役者6名の芝居だが、主演の大竹しのぶをはじめとして、いずれも好演。栗山民也の演出も見事で、終演後は拍手が鳴り止まなかった。
 高度成長期に森光子が林芙美子を演じた「放浪記」では、ひとりの若い女性が強くたくましく生きていく様子が人気を博し、50年近くにわたるロングランとなったが、本作品ではもう少し広い視野から、国家の様相と、その中での表現者の社会的責任を問いただすようだった。井上ひさし自身が自分を顧みるようにして書いた脚本だと思う。