神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)


神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

トランプ氏危機一髪!

2024年07月17日 18時40分35秒 | ニュースネタ



かっての盟友、安倍元総理は暗殺され、今度はトランプ元大統領が僅か数センチのズレで暗殺を免れた
犯人は安倍を殺した日本人犯人同様に大罪を犯すようには見えない大人しそうな静かな青年に見える

耳を後方から貫通したのだから、数センチの差で命が助かった、ほとんど奇跡と言える、犯人は20歳と言うが、130mの距離からまっすぐに耳を貫いた
トランプが僅かに横を向かなければ命中していた可能性が高い
トランプはケガで済んだが、この場にいた男性一人が銃弾によって亡くなった
犯人もその場で射殺された、銃社会アメリカらしい結末であった
日本では梅川の銀行立てこもり事件などの他、あまり現場射殺は例を見ない

国民の銃所持擁護派のトップであるトランプが銃で襲われたのは皮肉だが、この程度で銃所持規制に転換するトランプではないだろう。

もしトランプが再起不能だったら、民主党内でも交代論が沸騰しているバイデンは、ますます頑固に出馬にこだわっただろうし、党内意見も再びバイデン一本化に向かっただろう。
バイデンが出ようが、出まいがトランプが居なくなれば、ロシア、中国、北朝鮮は高圧的に出てくる可能性はあった。
なによりアメリカでも問題が表面化してきたバイデンの状態がよくわからない
ウクライナ、台湾問題、センガク問題などはどう展開しただろうか
こうしてみれば、抑止力としての天衣無縫の無敵漢トランプの存在感は大きい
安倍亡き後の自民党のオタオタを見ても、強力な個性のリーダー不在のそれはわかる。
EU各国も選挙でイギリス、フランスなど軒並み与党が苦杯を喫している
自由主義国家の脆さが露呈してきた感じがする、それに引き換え独裁国家の強さが目に余る、また欧州で右派が台頭とのことも風雲を感じる
その独裁国家同士が手を結び、バラバラになりそうな自由主義国家に圧力をかけてきている
わが日本国は、このさきどのように国民を国家を引っ張っていくのか興味津々だが、数百万の金を隠すようなチンケ政治家に覚悟はあるのか?
第二の田中角栄は出てこないのか、スケールの大きな政治家の出現が待たれる
閉塞感にさいなまれていたドイツにヒットラーとナチス党が台頭したような轍を踏むのは、ご勘弁願いたいが。

ともあれ好き嫌いは別としても、トランプが生きていたのはとりあえず独裁国家相手を考えれば自由主義国家にとって幸いである、今後どうなるかはわからないが?

BBCニュースによれば、倉庫の屋根に銃をもって登った犯人を観客が数人、狙撃の20分くらい前から目撃して動画にも記録されている、警察官に言って、警察官も屋根に取りついたというが、なぜか引き返している。
今後、これが問題になってくるようだ。 安倍の時も警備が徹底しなかった、それまでなかったことだから、やはり油断はあったのだろう
だれだって(まさか)と思いながらいるだろう、私たちが(自動車が突っ込んでくることは、まさかないだろう)と無意識に歩いているのと同じだ。

これで大統領選挙は共和党に有利に傾き始めた、トランプはますます意気上がるだろう、民主党はまとまらず苦戦するだろう
どうやらアメリカ大統領選も先が見えて来たような気がする
我が国の総理大臣も「もしトラ」から急いで方針転換が必要になるだろう
またがっぽり国土防衛費を献上することになるのだろうな・・・
敗戦国は辛いね。




「甲越軍記」を現代仕様で書いてみた (142) 長尾家 55

2024年07月17日 08時55分17秒 | 甲越軍記
*yottin私感 現在の越後(新潟県の県庁は新潟市にあるが、中世の越後国府(県庁)は上越市直江津地区にあった。
越後長尾家の祖は、上州(群馬)長尾家で関東管領上杉氏の有力な忠臣の一族で、その一派が越後上田(南魚沼郡)に移り住み、越後国主上杉氏に従い分家筋が国府に同行したのであろう、ずっと国府長尾家は上杉氏に忠勤して守護代を勤めたが、為景の時、反乱を起こして上杉氏を下剋上で討ち、越後をわがものとした。 後に為景の四男の上杉謙信が国府の隣の春日山に城を構える。

 さて、このような事情で越後国内は三分し、黒田勢を含めると四分の様相を呈した。
国府の晴景の元には一族長尾家を中心に、栃尾の景虎には中越後の有力豪族が中心に集まり、屋形上杉定実も景虎を支持する
このような国を二分する大騒動に発展してしまい、戸惑ったのは景虎であった
景虎は本庄、宇佐美の二人を前にして涙を流し「父、為景公は関東管領上杉氏の臣でありながら、管領の顕定公、房能公を害し奉った、その報いを受けて越中の陣で討死された。 その子、景康、景房のわが兄は父の寵臣、黒田和泉守のために滅ぼされ汚名を末代まで伝える
因果は車が回る如し、我はまたここに兄、晴景に対し弓矢を取らんとす、これ末世の恥辱である、某がこのような者であるから兄の疑惑を招き、諸将を騒がし、人民を苦しめた、もとより出家遁世の身であったものである、兄に背くより、再び我は出家して国内の安寧をはかりたい」

これを聞いて、宇佐美、本庄は席を前に進め諌めるには
「某、つらつら思うに、大将晴景は国を治める器にあらず、彼に国家を預けるならば、たちまち越後は逆徒によって滅ぼされるでありましょう、このような薄氷を踏むような今にあって君が出家なされば長尾家は滅び去ること必定なり、これこそが先祖に対する最大の不孝であります
国の為、家の為に早く義兵の旗を揚げて府内を潰して、長尾家長久の基を開き奉え
和漢において、弟が兄を討って政道を正す例は数多あります、唐の大宗は兄、弟を討って天下を保ち賢君の御名を得たり、早く旗をあげたまえ」と必死に説くのであった。

景虎はそれでも迷いに迷っていた。
そこに屋形上杉兵庫頭より神余越前守が早馬で遣わされ栃尾に着いた
「早く、義兵を挙げよ」との催促であった、ここに至り、ついに景虎の心も定まりさらば、用意あるべしと城郭を修理し、砦を築いて旗を立て、鉄砲の玉薬を用意した。

この鉄砲について、去る天文十二年、大隅国(鹿児島)の種子島に西洋の船が来て交易を求めた、そのとき西洋人が持ち込んだ鉄砲は百発百中で驚かせた島主の種子島時尭は鉄砲二挺求めた
そのころ、これを聞いて遠く紀州根来寺の法師杉の坊という者が種子島を訪れ、時尭と共に地元鍛冶に命じて多く模して造らせたがうまくいかず、その後
金兵衛という鍛冶の内匠が初めて西洋並みの精度の鉄砲を完成させた。
これが今ある鉄砲の始めである。

杉の坊はこれを関東北条家に伝えたが、いち早く甲斐の武田がこれを欲してこの家に渡った。
近年、景虎はこの話を聞いて、家臣を甲斐に遣わし根来に会い、これを学ばせたのであった。