むかし、英語の学校に通っていたとき、通勤途中に密閉型の大きな黒いヘッドフォンを
いつも耳に当てて歩いている先生がいた。ちょっとトボケタ、気さくなアメリカン。
ある日、駅までの帰り道に出逢った先生に “いつもなにを聴いているの” と尋ねたら、
すぽっとわたしの耳にヘッドフォンをかぶせた。
「?」
突然、街の喧騒が消えて、プールの底にたゆたうような気持ち。。。
そう、彼は聴いているのではなく
何も聴いていないのだった。
その時のフシギな感覚はいまでもわたしの耳に残る。
街の音を遮断すると何か別のものが見えてくる。
“このほうが考えごとに集中できるんだよ” と彼は微笑んだ。
街の中の雑多なニホンゴが煩わしかったのかもしれないね。
彼は今でもああして街を歩いているのだろうか。