救急車は目的地を選べずに、どこまでもどこまでも運ばれていく。焼き回しの島が雲の隙間から見えてくる、あれはモローの島に違いなかった。広大な大地はモロー自身の体であり、少年はモローの血の滴る筆で大地いっぱいに文字を書いた。それは不用意に島に近づく人々に対する警告だった。
モローは人の心を持たない怪物だと書物に書いてある通り。
ここはモローのメインストリート。モローは決して案内はしない。
大冒険を望んでもモローを海に誘ってはならない。
ようこそ、殺戮と憩いのモロー広場へ!
実際のモローは人間ではなかったけれど、乱暴な性格ではなく、果物の皮を編んでファンシーグッズを作っていた。背中を駆けても怒らなかったし、一緒に幼稚な遊びをして負けた時もすねたりしなかった。
先生は適当に曲を持ってきた。長いのや短いのや、激しいのや大人しいのや、様々な曲を持ってきては僕の反応を確かめた。ここが嫌だ、ここが気に入らないと言う言葉を少しずつ聞き入れては、少しずつ傾向に手を入れていく。それが先生の処方箋だった。
「現地についたら、それぞれのラーメンが待っている。それを楽しみにするように」
具とスープはシャッフルされて、それぞれに当たり外れがあるように作られていた。掲示板に書いた僕の文字が、水気に呑まれて消えていく。
「汗か?」
議長の鬼が咎めるように言った。そんなものではない。みそじゃないかと僕は言った。
「もう一度書かせて!」
自分のリクエストが消えてしまってはもったいないと思った。今までは髪型だけかと思っていたが、なかなかやるじゃないかと言う反応が鬼たちの間で起きた。
「油性のペンをくれ!」
今、僕は自分の意見が言えている。何よりそれがうれしい。
ピリ辛
1つのリクエストを今度は消えない文字で書いた。
そして、もう1つのリクエストは……。大事なところで、駄目な自分が戻ってきた。
誰かがボールを持てば、誰かは遊び、誰かがボールを持てば、誰かが休む、そのようなチームだった。常に数的不利の中で戦っていたので、食べるものには特に気を遣っていた。
「食べれる物を分けておいた」
キャプテンが言った。取り出してあるのは玉子と大根だけだった。
「新しいのは?」
他にもまだ新しい具が、たくさん残っているように見えた。どうも駄目なようだとキャプテンは言った。
「食べればわかるよ」
キャプテンが言うには、みんな黒毛牛の油で駄目になったと言うのだ。何だかもったいない話だった。好みにもよるのだろうが、僕はキャプテンの意見に従って、それらには手をつけなかった。
ボールが転がってくる……。
足の裏でしっかりと止めたはずが、滑る……。
このボールは? 慣れが必要だった。
老人のキャッチボールに、加わった。
「絶対に勝てない」
おじいさんは言った。
「あのチームにはあいつがいて、他のチームにはあいつがいないから」
試合を見てみるとその意味が理解できた。
あいつとは物語の中の登場人物だった。
ありえないほど高く飛び上がって、ありえないほどの速さで回転して、足先はもう見えなくなっている。そこから繰り出されるシュートは、台風みたいなもので、すべてをなぎ倒してしまう。
触れてはいけない……。
そんな選手がいるチームに、勝てるものか。
「どんな話でしたか?」
すっかり配置が変わっていた。新旧様々なジャンルが入り交じり、愉快な混乱を作り出していた。平気でお腹を向けているものが気になったので手に取って正した。気になるタイトルを見つけたがそれは茶袋に入っていた。開封することはためらわれたが、密封されているわけでもなく、袋を破らずに取り出すことができた。空になった袋をその辺の隙間に入れて、本を開いた。最初のページが早くも破れていた。男が近づいてくるので、念のために空の袋を引き上げた。リストには未知の作家の名が紹介されている。少し照れながら、胸が高鳴った。何かを探しているのか、男が近づいてくるので、手に本を開いたままでその場を離れた。
この本を持って旅に出なければ……。そういう本だった。
化粧品コーナーに行くとまるで違う種類の光や匂いがした。カフェの前を通ると快く招かれるような気配がしたが、それは罠かも知れず気を引き締めた。花の匂いは悪くなかったが、そこは花を見るための場所に違いなかった。家具売り場にはベッドや箪笥やテーブルや椅子があった。僕はしばし椅子に腰掛けて熱心に本を読んだ。
~最初はタイプライターで打った2、3の色のない人形でしかない。それに後からマヨネーズをかけたり、ケチャップをかけたりして味を整える。あたかも朝食を作るようにして……。~流石にそれはうそでしょう。~しかし何かを作るというのは、朝食を作るように台所がちゃんと片付いていてこそ始められるものです。
僕は自分の部屋のことを思い出して罪悪感を覚えた。次の場所に、移らなければ……。
どの道、間に合わないからと風呂にでも入ることにした。メリットシャンプーが空っぽで、他のシャンプーを探した。植物油と書かれている、これもシャンプーだろうか。手にとってみると泡立った。さっぱりしてみると小腹が空いて、ラーメンを作った。
あえてひと気のある方へラーメンを運んで、テーブルの上に置いた。テレビは消え、母は休んでいた。今日は2食ともラーメンだった。これでは駄目だ。
「食べる?」
母はあまり食べたそうではなかった。多いの?と訊く。
「味が濃い」
どうにも味が濃いのをがまんしながら、食べ続けた。
父がどこからともなく現れて、
「うまそうに食べるな」
と言った。
モローは人の心を持たない怪物だと書物に書いてある通り。
ここはモローのメインストリート。モローは決して案内はしない。
大冒険を望んでもモローを海に誘ってはならない。
ようこそ、殺戮と憩いのモロー広場へ!
実際のモローは人間ではなかったけれど、乱暴な性格ではなく、果物の皮を編んでファンシーグッズを作っていた。背中を駆けても怒らなかったし、一緒に幼稚な遊びをして負けた時もすねたりしなかった。
先生は適当に曲を持ってきた。長いのや短いのや、激しいのや大人しいのや、様々な曲を持ってきては僕の反応を確かめた。ここが嫌だ、ここが気に入らないと言う言葉を少しずつ聞き入れては、少しずつ傾向に手を入れていく。それが先生の処方箋だった。
「現地についたら、それぞれのラーメンが待っている。それを楽しみにするように」
具とスープはシャッフルされて、それぞれに当たり外れがあるように作られていた。掲示板に書いた僕の文字が、水気に呑まれて消えていく。
「汗か?」
議長の鬼が咎めるように言った。そんなものではない。みそじゃないかと僕は言った。
「もう一度書かせて!」
自分のリクエストが消えてしまってはもったいないと思った。今までは髪型だけかと思っていたが、なかなかやるじゃないかと言う反応が鬼たちの間で起きた。
「油性のペンをくれ!」
今、僕は自分の意見が言えている。何よりそれがうれしい。
ピリ辛
1つのリクエストを今度は消えない文字で書いた。
そして、もう1つのリクエストは……。大事なところで、駄目な自分が戻ってきた。
誰かがボールを持てば、誰かは遊び、誰かがボールを持てば、誰かが休む、そのようなチームだった。常に数的不利の中で戦っていたので、食べるものには特に気を遣っていた。
「食べれる物を分けておいた」
キャプテンが言った。取り出してあるのは玉子と大根だけだった。
「新しいのは?」
他にもまだ新しい具が、たくさん残っているように見えた。どうも駄目なようだとキャプテンは言った。
「食べればわかるよ」
キャプテンが言うには、みんな黒毛牛の油で駄目になったと言うのだ。何だかもったいない話だった。好みにもよるのだろうが、僕はキャプテンの意見に従って、それらには手をつけなかった。
ボールが転がってくる……。
足の裏でしっかりと止めたはずが、滑る……。
このボールは? 慣れが必要だった。
老人のキャッチボールに、加わった。
「絶対に勝てない」
おじいさんは言った。
「あのチームにはあいつがいて、他のチームにはあいつがいないから」
試合を見てみるとその意味が理解できた。
あいつとは物語の中の登場人物だった。
ありえないほど高く飛び上がって、ありえないほどの速さで回転して、足先はもう見えなくなっている。そこから繰り出されるシュートは、台風みたいなもので、すべてをなぎ倒してしまう。
触れてはいけない……。
そんな選手がいるチームに、勝てるものか。
「どんな話でしたか?」
すっかり配置が変わっていた。新旧様々なジャンルが入り交じり、愉快な混乱を作り出していた。平気でお腹を向けているものが気になったので手に取って正した。気になるタイトルを見つけたがそれは茶袋に入っていた。開封することはためらわれたが、密封されているわけでもなく、袋を破らずに取り出すことができた。空になった袋をその辺の隙間に入れて、本を開いた。最初のページが早くも破れていた。男が近づいてくるので、念のために空の袋を引き上げた。リストには未知の作家の名が紹介されている。少し照れながら、胸が高鳴った。何かを探しているのか、男が近づいてくるので、手に本を開いたままでその場を離れた。
この本を持って旅に出なければ……。そういう本だった。
化粧品コーナーに行くとまるで違う種類の光や匂いがした。カフェの前を通ると快く招かれるような気配がしたが、それは罠かも知れず気を引き締めた。花の匂いは悪くなかったが、そこは花を見るための場所に違いなかった。家具売り場にはベッドや箪笥やテーブルや椅子があった。僕はしばし椅子に腰掛けて熱心に本を読んだ。
~最初はタイプライターで打った2、3の色のない人形でしかない。それに後からマヨネーズをかけたり、ケチャップをかけたりして味を整える。あたかも朝食を作るようにして……。~流石にそれはうそでしょう。~しかし何かを作るというのは、朝食を作るように台所がちゃんと片付いていてこそ始められるものです。
僕は自分の部屋のことを思い出して罪悪感を覚えた。次の場所に、移らなければ……。
どの道、間に合わないからと風呂にでも入ることにした。メリットシャンプーが空っぽで、他のシャンプーを探した。植物油と書かれている、これもシャンプーだろうか。手にとってみると泡立った。さっぱりしてみると小腹が空いて、ラーメンを作った。
あえてひと気のある方へラーメンを運んで、テーブルの上に置いた。テレビは消え、母は休んでいた。今日は2食ともラーメンだった。これでは駄目だ。
「食べる?」
母はあまり食べたそうではなかった。多いの?と訊く。
「味が濃い」
どうにも味が濃いのをがまんしながら、食べ続けた。
父がどこからともなく現れて、
「うまそうに食べるな」
と言った。