「右見て、左見て、そう」
「月じゃない。そこで月は見ない。月はいつでも見れる。今は地上を見ましょう。自然もいいけど、今はもっと目の前の大事なものを確認しましょう。さあ、やってみよう」
「右見て、左見て、はい」
「月じゃない。月は見てもじっとしてる。じっとしてるから安心だ。今は特に見る必要がない。流れで考えましょう。前に進む流れを考えて。少し考えれば難しくないから。みんなできるんだから、大丈夫、リラックスして。もう1度やってみよう」
「右見て、左見て、そう」
「月じゃない。月は雲に隠れてしまいました。はい、さようなら。月がさようならと言いました。はい、切り替えよう。気持ちを切り替えて、集中しましょう。できますよ。もう月は見れませんからね。さあ、やってみよう」
「右見て、左見て、はい」
「月を見た。はい、月が顔を出しました。おかえりなさい。月が帰ってきましたよ。よかったですね、もう月が帰ってきた。ただいまと言って月が帰ってきた」
「よーし。先生も一緒に月を見るぞ。月が綺麗だ。月はいつも綺麗だな。何よりじゃないか」
「気分転換にクリスマスソングでもかけようか?」
「重いの?」
「思うように授業が進まなくてね」
「かければいいんじゃない?」
「まだ少し早いと言うんだね」
「どこでもみんな早くなっているみたいよ」
「違うんだよ」
「何が違うの?」
「そうしないともう間に合わないんだよ」
「クリスマスまでに?」
「遠足もクリスマスも同じなんだよ」
「家に帰るまでが大事なのね?」
「始まる前にもう始まっているということさ」
「おやつやプレゼントを準備するということね」
「その時になってからでは間に合わないんだ」
「何事も準備が大切ね」
「歌は1日よりも長いということなんだ」
「そんなに長いの?」
「それだけクリスマスソングはたくさんあるということさ」
「そんなにあるの?」
「あるんだよ」
「いつも聞いた風な歌ばかりに思えるけど」
「君はいったいクリスマスソングがいくらあると思っているんだ?」
「まあ、それはたくさんあるでしょけれど」
「山ほどあるんだからね」
「星の数ほどあるってことね」
「今こうして、くだらない話をしている間にも、新しいクリスマスソングが生まれているかもしれない」
「くだらない話とは思わなかったけど」
「同じことを繰り返しているという意味さ」
「言われてみればそんな気もするね」
「もっと愛のある話をすべきなのに」
「クリスマスソングを聴きながらね」
「早くかけないととても間に合わないよ」
限りある12月の中で人々は冬期限定の商品を好むだろう。12月の人々の気持ちを察するように、12月の街にはそのような物たちがあふれ、人々の足を止め心を引き付ける。限定のまな板、限定の靴下、限定のパンダ、限定の雑巾、限定の音楽、限定の野菜、限定の式典、限定のカード、限定の合言葉、限定のギター、限定のグローブ、限定の映画、限定のポン酢、限定の先生、限定の妖怪、限定のドーナツ、限定の愛情……。限りない宇宙の中に限られた定めが、日々を食い尽くす12月の中で、街の明かりをより一層美しくするだろう。12月の足並が日々を渡る度に、有り余る光が12月の道に落ちる。12月の人々はそれを大事に拾うだろう。12月の人々はそれを惜し気もなく踏み潰すだろう。12月の人々は限りない限定の中を通り抜けて、空の下にたどり着く。
「今日は傘が必要だろうか?」
「必要になっても不思議ではないね」
まちびとの質問に、限られた林檎は曖昧な返事を返す。12月の商店街は暖かく、まちびとを雨風から守ってくれる。
「道に沿っているのがいいね」
どうして12月の商店街に引き込まれたのか、まちびとは自分なりに分析してみる。
「縦に長いのがいいね」
歩き続けるには好都合だった。道というのは、縦に長いものだった。
「母親の胎内にいるみたい」
記憶がない限り、否定することも難しかった。
「電車に乗っているみたい」
縦に長い形状が、12月の電車を思わせた。
「外は雨みたい」
天井を、何かが叩いているような12月の気配がする。
「何を売っているんだろう?」
「何時までやっているんだろう?」
「誰が訪れるんだろう?」
「奥行きはどれくらいあるんだろう?」
通り過ぎるだけで12月の謎に満ちていたが、通り過ぎる限りでは何もわからないことばかりだった。
「通り過ぎるだけで成長できるみたい」 それはまちびとの12月の夢に過ぎなかったが、どこかにそのような商店街もあるのかもしれないと思った。限定の鍋、限定の帽子、限定の忘れ物、限定の看板、限定のカーテン、限定の絨毯、限定のチキン、限定の和菓子、限定のダンス、限定の着物、限定のジャケット、限定の針と糸、限定の茶の葉、限定の書物、限定の薬剤……。
「何代続いているのだろう?」
「この先はあるのだろうか?」
果てしない12月の商店街を抜けると外は雨だった。やはり雨だったとまちびとは思う。
バケツをひっくり返した12月の雨が降ってくる。
「バケツの方を拾うのよ!」
まちびとは12月の林檎の言う通りにした。また、商店街に逆戻った。
12月の帰り道には、今まで見逃していた言葉たちが落ちている。
「大好きなかりかり梅ふかけをかけて食べました。でもお兄ちゃんはふりかけが好きではありません。しいたけの軸の方が好きと言います」
「どうさせていただきましょうと丁寧に訊いてきます。それは打ち首のタイプです。丁寧な言葉で訊いているけど、その人は止めを刺そうとしているのです。罪人があっさりタイプにしてくれと答えました」
8月の花火
「朝の新聞がなくなってから世の中のことを知る早さは変わらなかったけど、真ん中辺りを開かなくなった気がする。時間が空いた分、何かを話そうと言うと怖い話を始める彼女は優しいのか優しくないのかわからなくなった」
遡れば埋もれた言葉たちが待っている。まちびとは漏らさないようにバケツの中に入れていく。
「ほどほどにね。きりがないんだから」
落ちているものに、無関心を貫くことなどできるだろうか。まちびとはとてもできないと思う。
6月の雨
「無敵の無知ということものか、加減をしない子供は目一杯動いてから、突然電池が切れたように眠ります」
「私たちは歩み寄りました。わかろうとする者と伝えようとする者とが歩み寄って、小さな理解が生まれます」
「あんたは鳴り物入りで入ってきた。けれども所詮レトルトカレー。匂いが味に勝っていたんだ」
3月のさよなら
「お金がないから無駄話ばかりしていました。人もいないし本格的な戦闘は1分で終えて、後から振り返る形にしてチェスで説明しました。あの時の戦闘は、実はこうだったんだよ」
「西の国に金塊を探しに行く途中、荒れた大地に出会う。素通りするわけにはいかず、私は限られた救世主になった」
12月のバケツはもうあふれそうだった。
「ほどほどにね。未来にも生きないとね」
「もう少しだけ戻ってみようよ」
12月の商店街は、1つ1つ明かりを消して12月のシャッターを閉ざし始めていた。
「もうバケツがいっぱいじゃないの」
まちびとは12月のバケツを12月の右手から、12月の左手に持ち替えた。