「クリスマスソングでもかけようか?」
「少し早くない?」
「早いと言えば早いけど、何が早いんだろうね」
「最後に足りなくなってしまうとか?」
「君はラスト・クリスマスしか知らないんだろう」
「ワンダフル・クリスマスだって知ってるわよ」
「世界中には星の数ほどクリスマスソングがあるんだよ」
「だいたいどれくらいあるの?」
「星を数えてみればすぐわかることだよ」
「今日は無理みたいね」
「宇宙に行ってみればいいんだよ」
「他に知る方法はないの?」
「君はいったい何を知りたいんだ?」
「確かクリスマスソングのことだったと思う」
「それが確かだとして、君はそれで宇宙にまで行くと?」
「確かあなたに勧められたような気がするけど」
「僕が言いたいのはね」
「クリスマスソングをかけるんでしょ」
「いいやそんなことじゃない。他人の話に簡単に乗りすぎるのはどうかということだよ」
「宇宙に行くのはやめておくわ」
「果たしてそれでいいのだろうか?」
「どういうこと? まだ何かあるの?」
「僕が言いたいのはね」
「まだ何か言い足りないのね」
「他人の話に簡単に流されるのはどうかということだよ」
「でも人の話を聞く柔軟さは大切でしょう」
「宇宙に行くか行かないか、君は君自身で判断すべきなんだ」
「それはそうね。でも私は、後でちゃんとそうするつもりだったのよ。最後にはね」
「まだ少し早いけど」
「かけてもいいんじゃない? クリスマスソング」
12月の人々はそれぞれにテイクアウトを好み、12月のショップに足を運んではそれぞれ目当ての商品を注文する。12月の思考の中では、意思決定もままならず、注文カウンターにたどり着いてからなかなか12月の注文が定まらない人もいて、そうした12月の人々の後に長い行列が続いてしまう。まちびとは12月の家を出る時には、目的の商品を決めていて、それはもう前の日の晩から欲しいと思っていたもので、12月の夜を通過してもその決定に少しの揺らぎも生じなかったのだ。
12月を重々しく着飾った人々の中を、まちびとは12月の長々としたマフラーを巻きつけて歩くだろう。凍りつきそうな12月の道の上には、いつも12月の手袋が片方だけ落ちていて、捨てられた悲しみからかおかしな形をして手を開いているのだろう。慌しい12月の道の上では、誰1人それを拾い上げて、持ち帰る人はいないだろう。一瞬気をとめたとしても、すぐに12月の本題を思い出して、早々に12月のブーツを踏み出していくのだ。
12月の本題、それは間違いなく、目当ての商品を無事にテイクアウトすることに他ならなかった。
まちびとは12月の注文カウンターにたどり着いて、正確な12月の発音で注文を告げる。返事はない。けれども、目と目で会話が通じたことを信じてまちびとは、そのままそこに留まっている。まちびとはお金を取り出して、12月のカウンターに向けて差し出そうとするが、届かない。札は、硝子に跳ね返って12月の自分の中に戻ってくるだけだった。身寄りのない犬が、12月に震えているのが見えて、撫でようと近づく。まちびとの手が触れようとすると、犬は12月のように逃げ出してしまう。逃げた距離だけ近づくと、12月の犬は待っている。再び撫でようとすると、犬は12月のように身を引いてしまう。まちびとは、すっかりテイクアウトのことを忘れて12月の犬とかけっこをしながら、12月の街の中に溶け込んでしまった。
「久しぶりに、いい運動になった」
12月の犬は、逃げているのではなく、まちびとを運んでくれていたのだった。
導かれるように店の中に入る。店の中には12月にふさわしいロックビートが流れている。
「ここは俺の席だ!」
まちびとが12月の席に座っていると、後から入ってた12月の男が怒鳴りつけてくる。すぐに店員も駆けつける。
「お客様、先客がいらっしゃいますので」
「俺が先約じゃないのか!」
まちびとは、別の場所に12月の移動をしてもいいと伝えたが、12月の店員はそれも認めなかった。
「ここはお客様の席ですのでどうぞお座りください」
12月の犬が入ってくるとまちびとの隣に座り、12月の鋭い眼光を正面に向けた。12月の男は不満げな様子だったが、12月の犬に恐れをなして、渋々別の席に移動する。
「ホットレモンティーと12月の苺ショートを」
12月に束の間の平和が訪れた。12月の窓の外では、12月の車が徐行しながら狂ったように人の名前を連呼している。
「俺は10円しか持ってないぞ!」
12月の怒りが、またしても12月の店の中に響き渡る。
「お客様、あわあわ、あわあわ……」
「ワンコインだぞ! おまえらコインを差別するのか!」
「お客様、あわあわ、差別だなんて、そんな、あわあわ……」
12月の収拾不能の混乱の中で、12月の天井から12月のバラードが流れ落ちた。12月の激しい音階の流れから、突然変わった12月のトーンだった。その登場の仕方で、12月の怒る者も12月の宥める者も共に、泣いてしまったのだろう。
1つの歌などで、人はどうしてあんなにぼろぼろと泣くんだろう……。
まちびとは12月の犬を見ながら12月の疑問を抱いた。
ぼろぼろとって、どんな風?
12月の犬は、まちびとに向かって新たな12月の疑問を返した。
「足元が大変寒くなっておりますので」
宥めを終えた12月の店員が、まちびとのために12月の膝かけを持って来てくれる。