kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

人間としてのプライド

2009-02-22 | 陸上競技
先ほどの内容にもつながるのですが、冷静になって今のチーム状況を分析することができるようになればと思っています。いつもは一時的な変化で安心してしまって結局は上手くいかないまま終わってしまうことが多かった。そして過大に評価することで選手が一時的に満足してしまい、その時その時の感情で終わってしまう。目標とするべき成長が出来なかったのだと思います。かなり「甘い」指導だったともいますね。「乗せる」部分も重要ですが、「その気がない」のに乗せても意味がないですね。はっきりいって「厳しさ」だけで最初の数年はやっていた気がします。もちろん、自分から「強くなりたい」という子もいたのでその子達は力が上がっていきますが、「とりあえず部に所属」する者に関しては無意味な時間の積み重ねだった気がします。伝えきれない私の力不足も大きいと思いますが。

以前から思っていたのですが、選手は最大目標に向かってなかなか努力を継続できません。だから少しずつ目標レベルを高くしていく「スモールステップ」を踏んでいく必要があります。冬期練習などは目指す大会が遠いのでなかなか意識が継続できません。大抵の失敗は選手が試合が近づいてきて「あのとききちんとやっておけば良かった」と考える部分ですね。もう手遅れです。チームとしての女子の体重管理は実際やらなくても良いはずです。自分の目標があるのなら一時的な感情で過剰な間食をするはずがないからです。本当の目標をきちんと設定して、それを「絶対に達成できる」とどれだけ信じて取り組めるかが重要だと思いますね。自分がやるべき事に対してどれだけ「本気」になり、自分の感情をきちんとコントロールできるか?出来ない選手は最後に慌てることになります。当然ですね。

以前読んだ本にちょっとした文章があったので紹介します。トレーニング系の本ですがメンタル的な部分についても少し触れてあったので。プライドというコラムです。(筋肉を「高反発ゴム」に変える 著:池上信三)

「プライド」前半省略

『スポーツは不必要にカラダを酷使して、不必要に集中力を要求する。獣(けもの)が速さを競うのは捕りたい獲物に対してである。仲間同士では無意味なことだ。そんなところで疲れてしまっては、獲物を捕る時に支障が出る。また、獣がウエイトを持ち上げて筋肉を誇示したところで、それを賞賛してくれる仲間もいなければ、あなたの筋肉がすごいからといって獲物を分けてくれる仲間もいない。

だから、スポーツは獣としてではなく「人間として取り組む」必要がある。「どのように生きるのか」という「人としてのプライド」がスポーツの苦しみに耐え抜く時には必要なのだ。「楽ではないことばかり選択し続ける必要がある」スポーツは、人の心に共存する「獣の欲求」を「人間の理性」で抑え続けなければならない。

獣ののうみそは、いつも楽をしたい。それが楽しいかどうかは分からないが、しんどいことや苦しいことはやりたくないのだ。苦しいことは全て生命の維持のためにマイナスになるからだ。スポーツに取り組む人間は、理性で「なぜこの苦しみをし続けることが必要なのか」、また「この苦しみを、楽しいと思わせるためにはどのような経験や工夫が必要なのか」を納得して「それをやり抜くことにプライドを持つ」ことが必要なのだ。

「食いたいから食う」「寝たいから寝る」「やりたいからやる」。スポーツはこういった欲求のまま行動したい獣の思いを、人間の理性で通常よりも強く抑え続ける必要がある。スポーツが人間形成に役立つ理由はここにある。

~中略~

努力し続ける選手を生み出す方法、それは、人としてのプライドを植え付けることだ』

しっかりと考えなければいけない部分だと思いますね。目の前に「楽」があれば人は流れやすい。結局「楽」に流れて将来的にプラスになることはほとんどありません。大切な場面で「あの時言われたことをやっておけば良かった」と後悔する。その時は分からないのですが、将来的に気づきます。そういう場面になっても気づかないのであれば無意味だったということになるのですが・・・。目標があれば人は必ず動く。それが遠すぎれば全力を尽くさず、近づいてきた時に慌てる。そして失敗する。そうならないためにも達成可能な目標から積み上げていき、遠い目標に近づいていく。大切な部分です。

まーこれも繰り返し繰り返し話している内容です。自分がやっていることに対して「プライド」を持てるか?自分は普通の人とは違うことをやっているという「プライド」を持つべきです。その場限りの「見せかけの努力」は何も生み出しません。絶対にミスにつながります。ミスというか力が付かないだけなので「実力」といえばそれまでですが・・・。

長くなりました。こんな内容を書くとまたチームに何か発生したのか?と思われるかもしれません。残念ながら何もありません。逆に・・・というくらいです。冷静に判断するために一度自分達の取り組みを見直しているだけです。今の状態は「過去最高」というのは間違いありません。これに関してはまた書きます(笑)。どれだけ書くのかって話です(笑)。



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昨年の4月の記事

2009-02-22 | 陸上競技
ちょっと思うことがあって昨日から過去のblogを見直しています。過去との比較で意味が生まれるとは思いませんが、もっと自分自身の考え方について見つめ直してみたかったので。

昨年の4月にこんな事を書いています。

『冷たいようですが、最終的にやるのは私ではありません。私がどれだけ話しても聞く気がないものは何も変わりません。そこまで面倒をみる気は今の私にはありません。これは外部から「なんでやってくれないのか?」と言われても理由を説明できると思います。こちらはかなりのモノを提供しています。情報もかなり与えています。朝から晩までつきっきりでみていくわけにはいきません。目の届かない部分で、私が与えた情報を無視するならそこまで責任は持てないと思います。

別に私が「絶対的存在」だとは思っていません。様々な事に対して「本気」になれない者に対してそこまで情熱を傾ける必要はない。たいていの人間は言われたその場では「やるぞ」と思います。補強にしても練習に対する取り組みにしても思うのは簡単です。実際に行動に移して継続するのはよほど「強い気持ち」がなければできません。だから何度も繰り返し話をします。

私も約束を守るために最善の方法を考えます。相手に同じ事を求めるのは間違っているのかもしれませんが、ある程度見返りがなければ私自身「継続」が困難だと思います。何度も様々な話をしている部分がどこまで伝わるのかが問題になってきます。伝える事がいつまでたっても行動に現れないのなら待つほうも疲れます。

子供達には話を聞いて自分の気持ちと一致しなければ、「認めてもらえない」と感じる部分があると思います。これば部活ではなく様々な場面で感じています。私は結構気付いていますが、気付かない振りをします。わざとです。だからストレスもたまるのだと思います。期待すればそれに見合う見返りを人は求めます。期待しないのが一番楽です。まーそれでは何も変わらないのですが…。

私は直接話す時(クラスや部活、授業)も日誌にも厳しい事を話したり書いたりします。私が求めるレベルを下げればそれに合わして生徒のレベルも下がります。できるだけ良い方向に導きたいと考えています。私の自己満足なのかもしれませんが…。その都度、生徒とは個別に話をします。全体への投げかけとは違う内容を話します。それがどこまで伝わっていくのかは分かりませんが、きちんと対応はしていかなければいけないと思っています。

結局、生徒や選手が「本気」になれないのは担任として、教員として、顧問としての私の力が不足しているからなのかもしれません。だから伝わらないのかもしれません。 最近はそう感じています。伝わる者にだけ力を注ぐ事が一番良い気がしています。クラスや授業はそうはいきませんが、部活はそれでも良いのではないかと。

長くなりましたが、今強くそう思っています。そんな話も部活ではするようになりました。本心です。それでもかなり作っている部分がありますが…。

そう考える。様々なメッセージを送るというのはエネルギーが必要になります。それに見合うモノを得られるのか??考えながらやっていきます。全てを期待はしません。』

この時期に何があったか・・・。はっきりとは覚えていません。が、きっと何かあったのだと思います。ここ最近はこの手の内容をblogに書いていません。意識的に書かないのではなく、書く必要がないのです。何度も言っていますが、最終的には「やるか」「やらないか」のどちらかだと思います。頑張りますというのは誰でも出来ますが、本当にそれに見合う努力が出来るのかが重要なのです。他人の責任にして逃げても意味はない。「先生が自分に厳しいことを言うから嫌だ」と感じる者もいるでしょう。だから「怒られるからやる」という雰囲気になる。結局は自分自身の問題だということに本人がどれだけ気づけるか?

冬期練習に入ってから師事している方に何度か「熱くなり過ぎ」「冷静に」と言われてきました。自分ではものすごく「冷静」なつもりでしたが、客観的に見てみると私自身が「想い」が強くなりすぎていた部分があった気がします。何故、過去のblogを見直したのか?これまでは「1日の練習の中での一時的な変化」に私自身が納得していた部分があるのではないかと感じたからです。「すごい成長だ」と感じた直後にまた「上手くいかない」と思うということは、私は一時的な変化だけを見ていたのではないか?「冷静」になれないからきちんとした部分を見逃してしまっていたのではないか?そう思って過去を振り返りました。

これまでの私の「冷静」は全く無意味でした。本質を見抜いていなかった。だからきちんと戦うことが出来ない。私がリードしてチームを作っても意味はないのです。ある程度までは引っ張らなければいけませんが、そこから「やるか」「やらないか」は選手自身の問題です。結局、本気になれるかどうかなんですよ。一時的な本気を信じすぎていた部分があります。過去の指導の失敗は私の「甘さ」です。そこを見抜けなかった。目に映る一時的なモノだけを信じすぎていました。上手くいくはずはありません。

今は・・・。自分が雰囲気に酔うことは避けようと強く思っています。無意味だから。逆に選手が「雰囲気」でやるのを止めさせたいと思っています。「何のためにやるのか」を見失う練習ほど効果のないモノはありません。間違った方向への努力ですから。「目に見えないモノ」を伝えていく努力は必要です。難しい部分ですが、自分なりの「哲学」を持ち、指導スタイルを作っていかなければいけないと思います。

長くなりましたが、この手のことを今はひたすら考えています。面白くない人間ですね。真面目すぎる・・・(笑)。


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