照る日曇る日第877回
本巻では巻第七の「清水冠者」から巻第九の「小宰相身投」までを例によって達意の名文で現代語訳している。
思えばつい最近まで都で安倍蚤糞のように偉そうに威張り返っていた覇者平家が、源三位頼政の一点突破発作的突出によってたちまち雪崩を打ってがたがたになる。
さうしてそれまで全国各地に雌伏していた源氏の末裔たちが、陸続と武装蜂起していくさまは、まさに絵に書いたような軍事革命そのものであり、一門の総勢が家に火をかけて西国めざして都落ちしていく悲惨な道行きを、林望は琵琶法師になり変って咽び泣くように物語るのである。ベンベンベベベーーンン。
源平相撃つ肉弾戦は残虐であり悲劇的であるが、この時代の戦はまだのんびりしたところもあって、一の谷の戦いの一番乗りを目指す熊谷次郎直実と平山季重の行状などはかなりユーモラスで、先に崖っぷちに到着した熊谷次郎直実が名乗りを上げても味方は誰も知らないし、崖下の平家からも無視される辺りは笑える。そしてようやくライヴァルの平山季重が到着したので、これで少なくとも一人は自分の一番乗りを証明してくれると喜んだ直実が改めてもう一度名乗りを上げるくだりは、歴史ドキュメンタリーとしての平家物語の真骨頂ではないだろうか。
ひよどり越えに挑む義経、薩摩守忠度が右腕をすぱっと斬り落とされるところ、南都を焼き討ちした重衡が生け捕りにされるところ、敦盛の最期もじつにリアルに、生々しく物語られていくのである。
東京駅の地下三階の須賀線のホームの下でうごめく鼠 蝶人