照る日曇る日第878回
大岡信は水の男であり、水の詩人である。
かつて私は彼が生まれ育った静岡県三島市を訪れたことがあるが、町中の至る所に富士山から湧きだした透明な伏流水が日夜滔々と流れ、その流れと共に人々が営んでいる温和な暮らしをある種の桃源郷のように思いなしたものだった。
生涯にわたる膨大な詩篇の中から編まれたこの1冊の中で、質量ともに最も大きな比重を占めるのは「水の生理」「三島町奈良橋回想」などに代表される水の歌であろう。
これらの詩は、朝も昼も夜もこんこんと湧きだす清冽な水の流れのなかでおのずと生まれてきた天来の調べなのである。
右左一糸乱れず舵を切る十尾のハヤのリーダーは誰 蝶人