あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

穂村弘著「水中翼船炎上中」を読んで

2018-07-30 13:23:08 | Weblog


照る日曇る日 第1108回


著者の17年ぶりの新歌集だそうです。装幀がお洒落で、なんと名久井直子選手によるデザインが9パターン!もあるそうですが、私が手にしたのは表A、裏bのAb型。なんか血液型みたいで面白いずら。

  エレベーターガール専用エレベーターガール専用エレベーターガール
  電車のなかでもセックスをせよ戦争へゆくのはきっと君たちだから
  おいしいわいいわかるいわすてきだわマーガリンを褒めるママたち
  夕闇の卓に転がる耳掻きの先に小さな犬が乗ってる

本文は202ページなんだけど、全部で328の短歌が1ぺージに2首しか載っていないという贅沢さ。本なんか1冊も出したことがない私は、溜息をつきながらページを繰っていきましたが、内容的、手法的には、これまでの作風とそれほど大きな変化はなさそうです。

  2号車より3号車より美しい僕ら1号車のガイドさん
  五組ではバナナはおやつに入らないことになったぞわんわんわんわ
  次々に葉っぱ足されてむんむんとふくれあがった夜の急須は
  戸袋がなんかやだった蝙蝠森餃と蜘蛛と蜥蜴が混ざりあう闇

しかし、「私の言葉はまっすぐな時の流れに抗おうとする。自分の中の永遠が壊れてしまった今も、水中で、陸上で、空中で、間違った夢が燃え続けている」と、著者自らが「あとがき」で解説しているように、本書には、明確なテーマがあります。

  遠足のおにぎりここで食べようかあっちがいいか 吹いている風
  大晦日の炬燵蒲団へばばばっと切り損ねたるトランプの札
  夕方になっても家に帰らない子供が冷蔵庫のなかにいた
  童貞と処女しかいない教室で磔にされてゆくアマガエル

それはプルーストが小説でやったように、さまざまな「失われた時」を求めて、そのおぼろげな記憶の断片を、書斎のコルクボードに美しい蝶のように開陳するという試みです。

  クリスマスの炬燵あかくておかあさんのちいさなちいさなちいさな鼾
  ふとももに西瓜の種をつけたまま畳の上で眠っています
  結婚してくれるひとはいないのかい、いないのか、いないのかい、いないのか
  ゆらゆらと畳に影を落としつつ丹前姿になってゆく父

著者はあえて現在に背を向けて過去に遡り、失われた少年時の懐かしい思い出を、堆く積った塵や埃の塊の中から発掘し、それらを掛け替えのない宝石のようにぎゅっと胸に抱きしめ、「新しい過去」を、もう一度、いまここで、改めて生き直そうとしているように見受けられます。

   ああ遂に羽生2冠負けて将棋界8人8強の戦国時代 蝶人

コメント
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