あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

ハルノ宵子著「隆明だもの」を読んで

2024-03-07 14:25:23 | Weblog

 

 

照る日曇る日 第2023回 

 

現在晶文社から刊行されている「吉本隆明全集」の月報で連載されていた長女宵子さんのエッセイを1冊にまとめたもので、一番の身内ならではの情報や鋭い観察が満載されている。

 

吉本夫妻はずっと鴛鴦のように円満と勝手に考えていたのだが、離婚寸前の大喧嘩もあったらしい。まあそれは、どこの夫婦でもある噺といえばそれまでだが。

 

創作を絶って家庭の妻になった伴侶だったが、晩年になって2つの句集を世に出したところ、夫のほうでは見向きもしなかった。でもある日、同人誌の作品を目にした夫が「フウン、お母ちゃんもいっぱしの俳人になったじゃないか」といった瞬間、彼女の顔がパッと輝いた。

 

でも、生涯のリベンジを果たしたその日を境に、「彼女の中で何かが壊れていった」、とみる作者の眼は、恐ろしいまでに研ぎ澄まされている。

 

1996年の溺死寸前事件のあと、隆明老人は次第に精彩を欠くようになる。

ボケが進んで身内にまで「共産党のシンパ」なるレッテルを張る妄想が頻発し、家の中を這って歩くようになり、ある日、自死を覚悟で玄関を出る。

 

そんな老いさらばえた父親の姿を、淡々と書き連ねる作者は、表現者として凄いと思うが、もっと凄いのは、彼女が漫画家としての洋々たる未来をかなぐり棄てて、敢然と両親の介護を引き受けた、親譲りの義侠の精神だと思うのである。

 

巻末では、母親からにじみ出す「圧」の猛烈な強烈さについて、姉妹がこもごも語っていて興味深いが、家から一目散に逃げだした妹の吉本ばななに比べて、逃げるに逃げられず、堪えに耐えた、本書の作者である姉は偉いなあ、とまた思うのである。

 

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