照る日曇る日 第1623回
明治文芸の豪胆な革命児による随筆を手に取ってみました。ほんとは手に取る前に、書棚からおっこちて来た昔の岩波文庫なんですが。
収録されているのは、明治24年10月15日附の「刺客蚊公墓碑銘」という蚊についての座興遊戯文から最晩年35年9月20日附ホトトギスの絶筆「9月14日の朝」までの27編で、面白くない短編はないずら。
子規は35年の9月19日の午前1時に泉下の人となったので、絶筆はその5日前の口述筆記を虚子が筆記したものですが、秋冷の朝の日常を淡淡と写生していく子規の視点はそれこそ即天去私を地で行くようなもの。死を目前に控えた人物のものとは到底思えません。
そういう点では、彼は死の床で死の予行演習みたいなことをぬかりなく書いています。「死後」とか「墓」などを読むと、彼の死生観が物凄く具体的に迫って来て、面白いというも愚かなもんであるぞよ。
彼が大好きだった「くだもの」では、柿や西瓜や梨や林檎のあれやこれやについて蘊蓄を尽くし、最後に「心を噛み皮を吸ふ」と言うのであるが、これこそが解説の阿部選手が断言する子規の作品と人世の本質であり、余は、はしなくも北の詩人橋本征子さんの「闇の乳房」を思い出した。彼女は果物ではなく、野菜を俎上に乗せたのであったが。
それからここには日清戦争の従軍記も載せてある。軍から受けた冷遇の数々がたたって、子規は最初の喀血を見る。そしてこの大不運が、彼の死病と短命を招き寄せたことは間違いないだろう。
カミキリの上にカミキリが乗っかってゆるりくりりと交尾するなり 蝶人