こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

お休み2日め・・・明日から大丈夫かな?

2011年10月16日 | 家族のこと
結局今日も胃痛は治らず…

もともと、家の補修があって今日はあまり動けるような状況ではなかったのだが。

今度の学会(IAP)の準備に着手するが、遅々として進まず。
例によって焦燥感ばかりが募る。

夕方になって、元気を振り絞って息子の第22回世界スカウトジャンボリーの神奈川県連盟主催の報告会へ。

どのスカウトもそれなりにパワーポイントで発表していた。まだ、中学高校生なのに…
こういう場を提供して、発表をさせるという県連の考えも立派だと思った。

それでも、胃痛は治まらず…明日からの一週間、大丈夫かな?

お休み

2011年10月15日 | 日々思うこと、考えること

朝からひどい胃痛。
仕事にも出られず、家で安静。

またまた、仕事が溜まってしまうと焦るが、どうしようもない。

こういう時は、休むのが一番とは言うけれど。
やっぱり仕事に行かないと、と思えば思うほど胃がぎゅうぎゅういう。

怖いもの見たさで、メールを開いてみると余計にぎゅー---。



やっぱり、無理だ。


走ることをやめられない

2011年10月14日 | 日々思うこと、考えること
今の私の状態。
軽く足がつっているのに、走るのが止められないような感じかと思う。

いや、走っているような気になっているだけかもしれない。
実際、バスケはできなくなってしまったし。

月一で学会を入れたはいいが、やはり無理があった。
発表の質は目を覆わんばかりだ。
だが、なぜこんなことになったかというと、どれもやむを得ない事情があって応募したものばかりだ。
研究のお手伝い(もちろん病理写真撮影)をしたことから始まったお付き合いとか、ご指導いただいた先生が世話人をしている研究会だの、自分が事務局をやっているミニミニ研究会とかだ。
結果、走りつづけることになる。

筒井康隆の小説なら、軽い跛行を誤魔化して隠しながら走っていたら、いつの間にか小集団の一員となっていて、気づいた時には抜けられなくなっていて、汗だくになっても走っていて、誤魔化しようがなくなって、実は斯く斯く然々と、正直に実情を述べても誰も許してくれない。
このパターンの主人公の末路は哀れをきわめる。
実際に自分がそうなりそうなので、結末までは書かないが、筒井ファンなら最後のドタバタスプラッターは想像がつくだろう。

そうはいっても、五体満足。
物忘れが気にはなるが…

どうなろうとも、走り続けるしかないようだ…

いつも心にゆとりを持って

2011年10月13日 | 生き方について考える
心にゆとりを持って生きることができればいいと思うのだが、あいかわらず、せせこましい生き方しかできていない。

”心のゆとり”といっても漠然としているが、私としては、心と現実との間のギャップというか、遊びのことと考えている。

すごく嫌なことが突然空から降ってきても、それを遊びの部分で受け止めて、心にはダメージを与えない。
そんな生き方ができるといいのだが、相変わらずすぐに怒ってしまう。

自己嫌悪



私の個人的な特性なのかどうかよくわからないが、相変わらず、すぐに怒髪天を衝いてしまっている。
とくに、通勤途中。
見ず知らずの相手に、怒りを表しても逆襲にあうかもしれないわけで、”歩行喫煙”とか”歩行者を無視したオートバイ、自動車の運転”とか”歩道をものすごいスピードで走行する自転車”とか”ヘッドホンから流れてくるシャカシャカ音”とか”電車内での大声の会話・携帯電話使用”とか、数え上げればきりがないほどイライラすることがあるが、いちいち目くじらを立てず、心にゆとりをもって、ながせるようになるといいのだが・・・難しい。


どうすれば、いいか。
「考えない練習」を読んで、多少はわかったような気もしたが、その後あった大地震で、意識を意識するという作業があくまでも平時の作業にしか過ぎないと気づいてしまい、これはこれで人間として本質的なことではないような気がしている。

したがって、やはり、『心のゆとり』というか、『心の座布団』というか、そういう心と現実の間の緩衝地帯がまずは必要なのかと思うがいかがだろう。


あなたはどう思われますか?


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下ごしらえ

2011年10月12日 | 日々思うこと、考えること
おとといの休み、玄関ドアの塗りなおしをした。
山奥とはいえ、やっぱり鎌倉、潮風に乗っての塩害のせいだろう、2年でいつの間にかだいぶみすぼらしくなっていた。

さあ、はじめるぞ、という前にスウェーデンハウスから出しているDVDを真面目に見て、養生のやり方、刷毛の使い方といったものを下調べしてからやってみた。
一番めんどくさそうだったが、大切だということをつくづく思ったのがマスキング。マスキングテープを窓毎にまで貼っていざ塗り始めた。

刷毛が意外と跳ねてちいさな斑点がマスキングテープにつく。思いもかけないことだった。
1時間あまりで2度塗りして終了。
それでも、玄関前に敷いた養生シートの一部が空いたままにしていて、靴の裏についたペンキで足跡を作ってしまった(あとで、薄め液で落とせました)。

出来映えは、といえば、全体的に良くなったように思う。とくに、ドアの下の方などカビかなにかで黒ずんでいたのが、ずいぶんと綺麗になった。

養生シート、マスキングテープといった普段あまりみることのない道具、使っていてもあまり気にならない道具、というのがある。こういったものこそが、大切だということをつくづく感じた。
まあ、そういったことに気を使うたちではなく育ってきたので、小学生時代、プラモデル作りが下手だったのか、と納得した。

夜は、娘とカレー作り。コストコで買ったデカタマネギ2個を延々と、炒めてもらった。
ルーを入れすぎてしまったのだが、甘みがある美味しいカレーができた。

下ごしらえ、というのは、なんにおいても大切なものですね。

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口からでまかせではないのだが、真実はどこにある?

2011年10月11日 | 日々思うこと、考えること
ときどき、自分でしゃべっているのが怖くなる。
ふだん、口を開いていない時は、落ち着いて何か考えているはずなのだが、いったんしゃべり出すと、考えるほうがおろそかになって、どんどんしゃべってしまって、最後はろくなことにならない。
いきおい、しゃべるのが怖くなる。

口から出てくるのはどれもあやふやなことばかり、言ったあとで思いおこすと取り消したくなる。口は災いのもと、というが、まったくそのとおり、こちらが普通に話していたつもりでも、相手は不快だったなどということはしばしばある。

確信犯的に悪口雑言を言うような人もいるにはいるものの、私の場合思わず口をついて出た言葉をなかったことにして欲しいということがほとんどだ。
でまかせばかりしゃべろうとするつもりではないが、では果たして私たちが発している言葉のどれほどが真実なのか?一つ一つ吟味してみれば、そのほとんどが真実とはほど遠いものであることは、皆薄々知っている。太陽は東から昇るというのは見かけ上のことにすぎない。

真実とはなんなのか。真実とは存在するものなのか。
私自身がかろうじて生きているらしいことだけは真実であるようだが。では、生きているとは?

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のんびりの一日

2011年10月10日 | 鎌倉暮らし

去年もそうだったが前の日まで大雨。平成23年10月10日朝、鎌倉は霧に包まれていた。それでも、やっぱり晴れるだろうと思って、ナイトと散歩。
建長寺まで足を延ばした。

ひとけのない建長寺を横目に、少し北鎌倉のほうに下ってから、左手に曲がって亀ヶ谷切通しを抜けて、扇ヶ谷へ。

今日も、横須賀線はたくさんのひとを鎌倉へ運んでくるのだろう。

家に帰る頃(8時半)には空も晴れ渡った。
今日は、オンコール、でも、呼び出しがなければ家にいようと決めてある。

さて、のんびりした一日にしよう!
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鎌倉の休日の朝と休日出勤

2011年10月09日 | 鎌倉暮らし
今日は鎌倉市の市民運動会。私の家のベランダにも競技を知らせるアナウンスの声が聞こえてくる。
以前は、子供たちを連れて参加し、そのうち妻が町内会の役員をやるようになり、なんだかんだで参加していたものの、一昨年引っ越しで住んでいる地区が変わり、今度の町内会に知り合いが少ない上、自分自身が戦力にならないことがわかっているということもあり、もう顔を出すことも無さそうだ。

去年のこの三連休は家にいて、いろいろやっていたようだが、昨日今日は仕事に出てきた。
エレベーターの中で顔を併せた内科の医者に「コロ健外科(要するに病理解剖)ですか?」と尋ねられ、「いえいえ、ちょっと標本がたまっていて」と応じる。
実際、標本も、原稿もたまりにたまっている。休日出勤は何も剖検のためだけではない。

それでも、遅刻がないぶん、いつもよりはゆっくり出られるので、昨日今日とフラットコーテッドレトリバーのナイトと散歩に出られて嬉しい。
朝もやの中の鶴岡八幡宮というのもなかなかいい。三脚持参の写真愛好家がずいぶんと来ていた。

ナイトウォーキング明けのような若者のグループもいた。鎌倉目指してきたのだろうか?それとも、まだ、江ノ島辺りを目指していくのだろうか?皆、少しだけ疲れたような顔をしているが、さすが若者、皆元気だ。

休日の6時台、自家用車はほとんどいない。サイクリングの人も多い。何台ものレーサーが巨福呂坂のトンネルから猛烈なスピードでおりてくる。ブレーキは、ついているよね。

久しぶりに裏の新宮まで歩いていった。本当は亀ヶ谷坂切通しまで足を延ばそうと思っていたのだが、お腹が減ったので、今日はここまで。出がけにセットしてきたコーヒーを飲みに切り上げた。
今日の散歩は30分あまり。
病院へは車で行くので、その分のウォーキング。
ナイトは糞以外で止まることはないので、結構連続して歩ける。

横浜横須賀道路の朝比奈出口、すでに大変な渋滞になっていた。
今日も鎌倉はものすごい人出で賑わうのだろう。
最近、昼間の鎌倉というものを楽しむということが、あまりない。人が押し寄せる前に鎌倉を出ることが多いし、現役のうちは休日出勤も多少はして、少しでもたまっている診断を出さないといけない。剖検輯報の〆切も10月いっぱいだ。

仮に、鎌倉が世界遺産にでもなったらもっと人が増えて、ますます昼間の鎌倉とは縁遠くなってしまいそうだ。定年になったら、すっぱり仕事を辞めて鎌倉を楽しもうと思っているが・・・あと、20年後の鎌倉はどんな感じだろう?見てみたいが、それまで元気でいられるかわからないので、楽しみにとっておくしかない。
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馬鹿だから考える

2011年10月08日 | 生き方について考える

勉強ができればこれほど苦労はしなかったといつも思う。
仕事のこと、研究のことで話してみて、つくづくできるな、と感じる人に会うたびに、私には、この仕事は向いてなかった、少なくとも、病理医としてやっていくのにははじめから無理があったのではないか、と思うことが多々ある。

私は、勉強ができない。できる人との差はおそらく生まれた時からあるのだろうし、その人達のレベルで頑張ろうと思って、背伸びをしてもつらいことが多い。

たとえば、論文を読んでも最後まで読み切るのには相当な苦労がいるし、いくら読んでもなかなかわからない。わからないから、最後まで読む気力が途中で失せてしまう。
そもそも最初から分からない論文というのも多い。

でも、その分考える。
だいたいの場合、社会生活においては知識が多い方(物知り)が勝ちなのだが、どこまでもそういうわけではない。
だから、その、残り少ない隙間を狙って、考える。

毎日、少しずつ、考える。

考えても、やっぱりわからないことだらけなんだが、1センチくらい進む(ことがある)。

一週間、考えれば5センチくらいは進む(かも知れない)。
少し、勉強して付け足す。

最近、わかった。
私は馬鹿だから、考えるんだ。幸いなにをどう考えようとそのことだけは、私の自由だ。
つらつら、頭の中で熟成しながら、いろいろ考える。

私だけの考えは、私からしか生まれない。
それにどれだけの価値がつくか?

それも、私が決めればいいことだ。

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前座話に楽屋落ち

2011年10月07日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

今夜の研究会、当院がホストということがあって、力不足をひしひしと感じつつも、なんとか一題発表した。
内容は、まあ、比較的珍しい症例ではあるが、診断は容易。合併症、予後評価をどうするか?が、唯一興味深い点。
ホストから一題、出すには出したものの、前座話のような小ネタ。

この研究会、いつもほとんど同じメンバーが参加し、演題を持ち寄って勉強しする。一施設1演題持ってくるので、演題数は安定しているのだが、今日に限ってみんな持ってこない!というか、手持ちがないようだ。うちのほかには結局一施設しか出てこなかった!
こうなると、前座話とはいえ枯れ木も山のにぎわい、後生大事にディスカッションを含め、30分ほどかけて小ネタを話して討論した。

いかんせん二演題では、一時間が関の山、遠くから来た先生には申しわけなさすぎる。そこで、仕方なく、私が再登板。
先週末の学会で話したスライドがUSBに残っていたので、これを皆さんにご紹介する事に…
楽屋落ち、といっては、ご静聴いただいた諸先生方に失礼だが、まあ、ネタを持っていて良かった。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる?

ただ、多分にオタクの領域で、少し引き気味に聞いていた方もいたにはいたが・・・
無難にこなした、などといっているのはまったくもって、自画自賛。
いつになったら、真打ちになって大作をかけられるようになれることやら?


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きびしい

2011年10月06日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
明日の研究会のスライドがほとんどできていない。
症例報告をしたいと考えていたが、ちょっと準備不足過ぎた。
それにしても、自分の力の無さを痛感する。

困ったことだが、とりあえず、帰って明日考えることにする。
まずは、家にたどり着くことが肝要か。


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診断難渋例

2011年10月05日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
今夜は思ったよりも大雨となった。

抱え込んでいた診断難渋例のレポートを書いていたら、あっという間に21時過ぎ。

〆切をすぎている原稿、研究費の申請書、一週間延びているのでもうこれ以上は延びない学会の抄録、すべて進まない。

診断難渋例を抱えると本当に大変なことになる。今回遭遇したのは、「話には聞いていたが、診断するのは初めて」というものと「初めてみる組織像(discriptiveには診断できる)」というもの。一例は斯界の権威にも相談した。
うんうん唸りながら、なんとか仕上げるのに、いろいろあって、2例合わせて3時間。
group I,IIレベルのサインアウトだったら少なくとも15例はいける。

このようなことは、まあ、稀ならずある訳で、さらにはこういうことは、ほかのこととあわせて、てんこ盛りでやって来る。

おまけに冷たい大雨。
泣きたくなる。

あれ?剖検輯報の締め切りいつだったっけ?
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忘れてはいけないこと

2011年10月04日 | 自然災害・事故・感染症

2度の大型台風の跡も、過ぎてみれば、塩害で赤茶けた葉を残すばかりで、街角にはキンモクセイの甘い香りがお彼岸の過ぎたことを知らせてくれる。


あれほど暑かった夏も、帰宅困難者を出した台風もいつの間にか記憶から薄れつつある。喉元過ぎれば熱さ忘れる。都市生活者は自然災害を身体的感覚として捉えることができない。

先日、夜行バスで東日本大震災の被災地に行ったという小学生からの投書が新聞に掲載されていた。コロ健も福島のそれも沿岸部からはだいぶ離れたところに行って、そこでも少なからず揺れが大きかったことを実感したが、津波で何もかも流されたところにまで行く勇気はなかった。

テレビでは復興に向けて頑張っている被災地の光景をほとんど毎日みる。原発事故についてもそうだ。どれも忘れてはいけないことだ。大切なことを忘れずに注意深く生きることが身体的感覚を失ってしまった私たちができるせめてものことと思われる。

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ブログと売れる本の違い・・・2011年9月の読書記録

2011年10月03日 | 読書、映画、音楽、美術
あれ?2冊、というか、1冊は北欧旅行ガイドだったので、実質1冊か…
でも、この1冊、文章はいまいちだったが、内容はなかなか。
テーマだけなら、このブログ(こんな気持ちでいられたら)もそれなりとは思うが。
さすがはプロ。文才はとてもかなわない。

9月の読書メーター読んだ本の数:2冊読んだページ数:784ページナイス数:11ナイスいつだって大変な時代 (講談社現代新書)いつだって大変な時代 (講談社現代新書)朝日の書評に出ていたので買った。家族の解体、個の時代、無縁社会。 わかりやすく現代社会を解説してくれた本。 ただ、ブログの延長みたいな、推敲のいまいちな感じが、ちょっと残念。 でも、佳作。読了日:09月30日 著者:堀井 憲一郎
A29 地球の歩き方 北欧 2011~2012A29 地球の歩き方 北欧 2011~2012いま、デンマークから入り、ノルウェーを横断中、ストックホルムから帰る予定。 細かく書かれていて、とても助かっています。読了日:09月15日 著者:地球の歩き方編集室 編
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家族と過ごしたい休日

2011年10月02日 | 家族のこと
日曜日の今日、ナイトと散歩に八幡様まで。
流鏑馬神事があるようで、練習をしていた。近所の人が集まっていた。

ナイトは馬にあまり興味がないようで、同じように散歩途中で飼い主の足止めに付き合って待っている犬のほうにばかり近づこうとしていた。同種の動物にしか興味がいかないというのは面白い。ほかの犬たちも、同様に馬には興味がないようだった。

さて、今日は息子が通う高校の文化祭。
文化祭実行委員長をしているということもあり、見に行った。
中高一貫男子校出身の私と違い、息子の通う高校は男女共学。どの催しも華やかで、楽しそうにみえる。お客さんも、妙に女子校の生徒が多いとか、男子校の生徒が多いとかいうのではない。

女装した男子を含めてみんなでAKB48の歌を歌っているのをみると、まあ、これが普通かと思える(いや、女装がというわけではなく、女生徒と一緒に出し物をやっていることが)。隣の芝生は青い、ということもあるかもしれないが。

妻と一緒に訪問したが、妻はほかのお母さんと合流、しばらく金魚のふんよろしくついて歩いた。私立女子中に進んだ娘は、部活の友人とともに来てた。
偶然にも校舎の昇降口で息子を偶然囲むことになることがあり、家族4人がひとところに集まったが、それきりで、またばらばらに。全国大会レベルというチアリーディング部の演まで見てから帰るという妻を残して、私だけ一足先に帰った。女子がいて羨ましいと思いながらも、パワーについていくことができなかった。いくつになっても女子は苦手だ。

さて、キャンパス内とはいえ、偶然にも家族4人が仲良く一カ所に集まったわけだ。
それもつかの間ではあったが、休日を家族4人で過ごせたと言えないこともない。
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