検証 アベノミクス 同志社大学教授 浜矩子さん① 経済と軍事一体化 21世紀版大日本帝国を企て
安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」は岸田文雄政権と黒田東彦日銀に引き継がれ、日本の経済社会を危険な道にひきずりこんでいます。2012年末に第2次安倍政権が発足した直後からアベノミクスを批判し続けてきた同志社大学の浜矩子教授に聞きました。(杉本恒如)
はま・のりこ 1952年、東京都生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所初代英国駐在員事務所所長、同社政策・経済研究センター主席研究員などを経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。『グローバル恐慌』『人はなぜ税金を払うのか』『愛の讃歌としての経済』など著書多数。
―アベノミクスの最大の問題点はどこにありますか。
安倍氏は15年4月にアメリカを訪れ、笹川平和財団アメリカで講演しました。その講演の中で彼は述べました。「私の外交安全保障政策はアベノミクスと表裏一体であります」と。政治的狙いを達成するための手段として経済政策を使うという宣言です。ここに安倍式経済運営の最大の問題があります。
安倍氏の政治的狙いは「戦後レジーム(体制)からの脱却」であり、戦前の世界に戻ることでした。21世紀版大日本帝国の構築を企てたのです。安倍式経済運営で富国を実現し、改憲で強兵を進める。今日的な富国強兵路線です。
世界大戦の教訓
経済政策と外交安全保障政策が表裏一体だというのは、たいへんな不規則発言だといわなければなりません。経済政策を軍事戦略と結びつけるのは許されないことなのです。理由は二つあります。
一つは、経済政策や対外的な経済関係に戦略性を持ち込んだために、世界がブロック経済化に向かい、第2次世界大戦に突入してしまったことです。
領土拡張のために経済同盟をつくる。天然資源を確保するために特定の国・地域と経済協定を結ぶ。自国産品の市場を囲いこむ目的で排他的な経済連携関係を形成する。こうしたやり方の応酬をしているうちに、世界はブロック経済主義に陥り、本当の戦争になってしまいました。
だから、もう二度と同じ過ちを繰り返さないという共通認識に立って、戦後のGATT(関税貿易一般協定)体制がつくられたのです。経済の世界に戦略性を持ち込まない、という思いで世界各国は一致しました。そうした戦後の出発点に真っ向から反することを、安倍氏はいっていたわけです。
もう一つの理由は、経済政策には固有の使命があることです。
経済政策の第一の使命は経済活動の均衡を保持し、崩れた均衡を回復することです。第二の使命は弱者を救済することです。これらは人間の生存権に関わる絶対的な使命です。経済政策にそれ以外の目的を持ち込んではいけません。いわんや、政治的・戦略的目的のために経済政策を使うのは絶対に許されないことです。
こうした二つの角度から考えて、安倍式経済運営は容認しがたい政経一致路線です。
買い物する人たち=東京都渋谷区
ウクライナ便乗
―安倍氏の「功績」を引き継ぐと表明している岸田政権は、軍事費倍増と改憲の路線を突き進んでいます。
ウクライナ情勢に便乗して、かねてから狙っていた軍拡と改憲を実現するという発想で突っ走っています。現行憲法を持つ日本にふさわしい軍事問題への関わり方はどういうものかということを全然踏まえず、財源をどうするかも示しません。
まともな政治家のやることではありません。国民の生活と生命を守り、国民に尽くすために存在するのが政府であり、政治家たちだという構図を全く理解していません。自民党という政党がいかにまともな政治家の集団ではないかということを示しています。
弱者の命の危険
―経済政策の第一の使命が経済活動の均衡の保持と回復だというのはなぜでしょうか。
経済活動のバランスが崩れたときに、いの一番に傷つくのは弱者たちだからです。経済政策の第二の使命は弱者救済ですので、その使命に忠実であろうとすれば、経済活動の均衡を保持しておかなければいけません。
日本経済の均衡がデフレ(持続的な物価下落)の方向に崩れたことで、多くの弱者が痛みました。物価が下がれば、企業はそれ以上のペースで賃金を下げようとします。デフレは経済活動が縮むということですから、職を失う人たちも増えます。もともと危うい立場にいた人たちの生活が破壊され、究極的には生命の危機に直面してしまいます。
インフレ方向に崩れても同じです。いま、われわれはそれを目のあたりにしています。生活物資の値段がどんどん上がり、食べる物を節約しなければいけないという悲鳴があがっています。増えたコストを価格に転嫁できない中小零細企業では賃金に一段と下方圧力がかかりかねません。やはり弱者が傷ついています。
だから弱者を生命の危機から守り、人びとの生存権を守るためには、バランスのとれた経済状態を保持しなくてはいけないのです。
「表裏一体」というならば、経済の均衡保持と弱者救済はまさに表裏一体です。これが経済政策における表裏一体という言葉の正しい使い方です。(つづく)
(4回連載です)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年8月3日付掲載
経済政策と外交安全保障政策が表裏一体だというのは、たいへんな不規則発言だといわなければなりません。経済政策を軍事戦略と結びつけるのは許されないことなのです。理由は二つあります。
一つは、経済政策や対外的な経済関係に戦略性を持ち込んだために、世界がブロック経済化に向かい、第2次世界大戦に突入してしまったこと。
もう一つの理由は、経済政策には固有の使命があることです。
経済政策の第一の使命は経済活動の均衡を保持し、崩れた均衡を回復することです。第二の使命は弱者を救済することです。
経済活動のバランスが崩れたときに、いの一番に傷つくのは弱者たちだからです。経済政策の第二の使命は弱者救済ですので、その使命に忠実であろうとすれば、経済活動の均衡を保持しておかなければならない。
安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」は岸田文雄政権と黒田東彦日銀に引き継がれ、日本の経済社会を危険な道にひきずりこんでいます。2012年末に第2次安倍政権が発足した直後からアベノミクスを批判し続けてきた同志社大学の浜矩子教授に聞きました。(杉本恒如)
はま・のりこ 1952年、東京都生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所初代英国駐在員事務所所長、同社政策・経済研究センター主席研究員などを経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。『グローバル恐慌』『人はなぜ税金を払うのか』『愛の讃歌としての経済』など著書多数。
―アベノミクスの最大の問題点はどこにありますか。
安倍氏は15年4月にアメリカを訪れ、笹川平和財団アメリカで講演しました。その講演の中で彼は述べました。「私の外交安全保障政策はアベノミクスと表裏一体であります」と。政治的狙いを達成するための手段として経済政策を使うという宣言です。ここに安倍式経済運営の最大の問題があります。
安倍氏の政治的狙いは「戦後レジーム(体制)からの脱却」であり、戦前の世界に戻ることでした。21世紀版大日本帝国の構築を企てたのです。安倍式経済運営で富国を実現し、改憲で強兵を進める。今日的な富国強兵路線です。
世界大戦の教訓
経済政策と外交安全保障政策が表裏一体だというのは、たいへんな不規則発言だといわなければなりません。経済政策を軍事戦略と結びつけるのは許されないことなのです。理由は二つあります。
一つは、経済政策や対外的な経済関係に戦略性を持ち込んだために、世界がブロック経済化に向かい、第2次世界大戦に突入してしまったことです。
領土拡張のために経済同盟をつくる。天然資源を確保するために特定の国・地域と経済協定を結ぶ。自国産品の市場を囲いこむ目的で排他的な経済連携関係を形成する。こうしたやり方の応酬をしているうちに、世界はブロック経済主義に陥り、本当の戦争になってしまいました。
だから、もう二度と同じ過ちを繰り返さないという共通認識に立って、戦後のGATT(関税貿易一般協定)体制がつくられたのです。経済の世界に戦略性を持ち込まない、という思いで世界各国は一致しました。そうした戦後の出発点に真っ向から反することを、安倍氏はいっていたわけです。
もう一つの理由は、経済政策には固有の使命があることです。
経済政策の第一の使命は経済活動の均衡を保持し、崩れた均衡を回復することです。第二の使命は弱者を救済することです。これらは人間の生存権に関わる絶対的な使命です。経済政策にそれ以外の目的を持ち込んではいけません。いわんや、政治的・戦略的目的のために経済政策を使うのは絶対に許されないことです。
こうした二つの角度から考えて、安倍式経済運営は容認しがたい政経一致路線です。
買い物する人たち=東京都渋谷区
ウクライナ便乗
―安倍氏の「功績」を引き継ぐと表明している岸田政権は、軍事費倍増と改憲の路線を突き進んでいます。
ウクライナ情勢に便乗して、かねてから狙っていた軍拡と改憲を実現するという発想で突っ走っています。現行憲法を持つ日本にふさわしい軍事問題への関わり方はどういうものかということを全然踏まえず、財源をどうするかも示しません。
まともな政治家のやることではありません。国民の生活と生命を守り、国民に尽くすために存在するのが政府であり、政治家たちだという構図を全く理解していません。自民党という政党がいかにまともな政治家の集団ではないかということを示しています。
弱者の命の危険
―経済政策の第一の使命が経済活動の均衡の保持と回復だというのはなぜでしょうか。
経済活動のバランスが崩れたときに、いの一番に傷つくのは弱者たちだからです。経済政策の第二の使命は弱者救済ですので、その使命に忠実であろうとすれば、経済活動の均衡を保持しておかなければいけません。
日本経済の均衡がデフレ(持続的な物価下落)の方向に崩れたことで、多くの弱者が痛みました。物価が下がれば、企業はそれ以上のペースで賃金を下げようとします。デフレは経済活動が縮むということですから、職を失う人たちも増えます。もともと危うい立場にいた人たちの生活が破壊され、究極的には生命の危機に直面してしまいます。
インフレ方向に崩れても同じです。いま、われわれはそれを目のあたりにしています。生活物資の値段がどんどん上がり、食べる物を節約しなければいけないという悲鳴があがっています。増えたコストを価格に転嫁できない中小零細企業では賃金に一段と下方圧力がかかりかねません。やはり弱者が傷ついています。
だから弱者を生命の危機から守り、人びとの生存権を守るためには、バランスのとれた経済状態を保持しなくてはいけないのです。
「表裏一体」というならば、経済の均衡保持と弱者救済はまさに表裏一体です。これが経済政策における表裏一体という言葉の正しい使い方です。(つづく)
(4回連載です)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年8月3日付掲載
経済政策と外交安全保障政策が表裏一体だというのは、たいへんな不規則発言だといわなければなりません。経済政策を軍事戦略と結びつけるのは許されないことなのです。理由は二つあります。
一つは、経済政策や対外的な経済関係に戦略性を持ち込んだために、世界がブロック経済化に向かい、第2次世界大戦に突入してしまったこと。
もう一つの理由は、経済政策には固有の使命があることです。
経済政策の第一の使命は経済活動の均衡を保持し、崩れた均衡を回復することです。第二の使命は弱者を救済することです。
経済活動のバランスが崩れたときに、いの一番に傷つくのは弱者たちだからです。経済政策の第二の使命は弱者救済ですので、その使命に忠実であろうとすれば、経済活動の均衡を保持しておかなければならない。