きんちゃんのぷらっとドライブ&写真撮影

「しんぶん赤旗」の記事を中心に、政治・経済・労働問題などを個人的に発信。
日本共産党兵庫県委員会で働いています。

デジタル化社会 光と影② 「19世紀の労働」再現も

2021-02-11 08:09:57 | 経済・産業・中小企業対策など
デジタル化社会 光と影② 「19世紀の労働」再現も
経済研究者 友寄英隆さん

人間社会のさまざまな分野でデジタル化が進むことは、そのこと自体は、新しい科学技術の応用による社会的生産力の発展をもたらし、人類文明の進歩を意味します。しかし、資本主義社会のもとでは、さまざまな新たな矛盾を生み出します。デジタル化の国民生活への影響で、一番懸念される問題は、労働のあり方や労働者の雇用への影響です。
経済へのデジタル化の影響は、一方では、社会全体の労働時間を大幅に短縮する可能性、その物質的条件をつくり出します。しかし、他方では、資本制企業による人減らし「合理化」の手段となり、大量の失業者を生み出す条件を拡大しています。
例えば、デジタル化の原理を基礎にしたAI(人工知能)は、これまでは、なかなか機械化することができなかった人間の精神労働(知的労働)の分野でも、最新鋭のAIコンピューター、によって代替する技術的な道を開いています。
経済産業省の新産業構造ビジョンの試算によると、デジタル化によって「定型労働に加えて非定型労働においても省人化が進展」、「ホワイトカラーの仕事は、大きく減少」するために、対策を講じない場合は、2030年度には従業員数が735万人も減少すると予想しています。もちろん、この試算は、各産業の雇用者総数の減少を示すだけですから、直ちに失業者の増大を意味するものではありません。しかし、金融業界などではすでに、ロポットによるオフィス業務の自動化を意味するRPA(ロボテック・プロセス・オートメーション)の導入による人員削減が進められています。


デジタル化と労働・労働者への影響
労働内容(肉体労働と精神労働)への影響
労働過程(労働・労働対象・労働手段)への影響
労働様式(分業と協業)への影響
労働者構成(指揮・監督技術者)への影響
労働日(勤務時間・休憩時間・通勤時間)への影響
労働時間と生活時間(「ワーク・ライフ・バランス」)への影響
雇用形態・労働条件(賃金など)への影響
労働災害への影響
労働者の健康への影響
労働者の家庭生活(家族関係)への影響
労働法制への影響
労働組合運動の活動形態への影響。―などなど
(出所)著者作成


雇用の劣化も
デジタル化の影響で懸念されるのは、いわゆるディスガイズド・エンプロイメント(「隠蔽(いんぺい)された雇用」、「偽装された雇用」)による雇用条件の劣化です。
例えば、料理などの宅配業、コンビニ・オーナー、美容師や理容師、音楽などの実演家など、個人営業の形をとった、いわゆるフリーランサーといわれる人たちです。実際には会社や契約先の指示通りに働きながら、形式的に「雇用関係ではない」という理由で、賃金、労働時間、労働災害など、労働者としての保護から排除されています。企業(資本)の側からいえば、労働法制による最低賃金、雇用税、社会保険の支払いなどの義務を免れます。
国際労働機関(ILO)の報告書『輝かしい未来と仕事』(2019年)では、「ウェブサイトやアプリの仲介する仕事は、19世紀のような労働慣行を再現し、『デジタル日雇い労働者』という将来世代を生みだす可能性がある」と警告しています。労働基準法や社会保障制度もなかった19世紀へ逆戻りするというわけです。
デジタル化の労働者への影響は、失業や雇用劣化だけではありません。
新型コロナウイルス禍の中で、テレワークによる在宅勤務が増えるとともに、最新のデジタル技術を使った「勤怠管理」のソフトがいっせいに売り出されています。会社が貸与しているパソコン、スマホ、タブレットの使用状況、着席、入退出の時間、会話の記録まで、勤怠情報を会社に集中できるシステムが開発されています。こうした在宅勤務の管理強化は、いわば従業員の家庭内に会社の「監視カメラ」を据え付けて、四六時中見張っているのに等しく、プライバシーの侵害、人権侵害になりかねません。
先のILOの報告書は、「デジタル技術は、国際的な管轄をまたぎ仕事が分散する」ために、「労働法の順守状況の監視が困難になる」ので、「最低限の権利と保護のための国際的なガバナンス(管理)制度を設ける」ことが必要だと提言しています。

的確に対応を
デジタル化が雇用のあり方、労働密度、労働時間、労働条件に与える影響は、きわめて広範な分野に及んでいます。その動向を系統的に調査・分析して、働く者の権利を守るために、的確に対応していくことが必要です。
(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年2月10日付掲載


テレワークによる勤怠の管理のデジタル化。監視カメラなども。
料理などの宅配業、コンビニ・オーナー、美容師や理容師、音楽などの実演家など、個人営業の形をとった、いわゆるフリーランサーといわれる人たち。実際には会社や契約先の指示通りに働きながら、形式的に「雇用関係ではない」という理由で、賃金、労働時間、労働災害など、労働者としての保護から排除される人が増える可能性。

デジタル化社会の光と影① 高度な「情報化社会」へ

2021-02-10 07:20:59 | 経済・産業・中小企業対策など
デジタル化社会の光と影① 高度な「情報化社会」へ
菅義偉内閣は、デジタル化の推進を最重要課題の一つに掲げています。デジタル化について、経済研究者の友寄英隆さんに寄稿をお願いしました。

デジタルとアナログ デジタル(digital)とは、「連続的な量を階段状に区切って数字で表すこと」。反対語のアナログ(analog)は、「数値を連続的な量として表すこと」。たとえば、時計の文字盤上を連続的に動く針で表すアナログ時計と、直接に数字で表すデジタル時計。固定電話はアナログ、スマホはデジタル。音楽のアナログ録音はレコード、デジタル録音はCD。フィルムに写すアナログカメラ、メモリーカードに保存するデジタルカメラ。

デジタル化の問題は、技術的な知識が前提になっているために、一般には、なかなか分かりにくいと思われています。しかし、デジタル技術の基本的な原理そのものは、分かってしまえば、たいへん単純なことです。決して難しいと敬遠する必要はありません。

0と1で表す
デジタル化の技術的な原理は、文字、画像、音声、動画などすべての情報を「0と1」の要素(ビット、情報量の基本単位)に徹底的に分割して処理することです。
例えば、文字情報でいえば、すべての文字に番号をつけて、二進法(0、1)で表します。画像や音声の場合は、縦横の微細なマス目に区切って、それぞれのマス目の情報を二進法の数字にあらわすと、「0と1」の要素に変換することができます。
このマス目のことを画素(ピクセル)といい、画素が多いほど精密な画像、正確な音声、動画に変換できます。ちなみに、最新のテレビ受像機の4Kテレビ、8KテレビのKは、キロ(1000)という単位を表します。4K=(横)3840×(縦)2160=約830万画素、8K=7680×4320=約3300万画素のことです(横の3840を切り上げると4K、7680を切り上げると8K)。



デジタル化による情報の送受信の原理

二つの特徴が
デジタル化の原理には、二つの重要な技術的な特徴があります。
一つは、あらゆる情報を「0と1」の要素に分解してとらえることは、さまざまな情報を数字に置き換えて計算式で表現できるということです。デジタル技術の原理に基づくコンピューターも、もともとの意味は「電子計算機」でした。最初は「計算機」という便利な事務機械にすぎなかったコンピューターが、人間社会のあらゆる情報―文字、音声、動画などを自由自在に扱う「デジタル情報機械」に発展してきたのです。
さらに、デジタル化の原理は、コンピューターを使って、人間の論理的な思考(推論・認識・判断)を計算式で処理する技術の道を開き、AI(人工知能)などの発達を促進しました。
もう一つは、あらゆる情報を「0と1」の二つの要素に変換することは、電気の二つの性質である電荷(+=正電荷、―=負電荷)に対応していることになります。情報のデジタル化は、数字、文字、画像、音声、動画などを電子回路によって処理できることを意味します。
あらゆる情報をデジタル化して電子回路に変換できることは、それを電気通信(テレコミュニケーション)による有線・無線の電波に載せて、さまざまな情報(画像、音声、動画)を瞬時に世界中に電送する可能性を生みだしました。
この二つの特徴のために、人類の情報の世界を根本的に変えることになりました。コンピューター、携帯電話(スマホ)、デジタルカメラ、デジタルテレビ、自動翻訳、インターネット、AI、などなど、これらの発達は、すべて目デジタル化の最先端の技術の応用によるものです。
言い換えるなら、デジタル技術の応用は、人間社会を高度な「情報化社会」に変えてしまいつつあるのです。
(つづく)(5回連載です)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年2月9日付掲載


便利な計算機に過ぎなかったコンピューターが、人間社会のあらゆる情報を自在に扱う情報機械に。
そして、電気通信に乗せて世界中に情報を瞬時に配信できるようになった。
アナログでは、コピーや配信するたびに情報が劣化していたが、デジタルではその心配もありません。
情報量も、デジカメの出始めは良くて800万画素だったのが、今はコンパクトデジカメでも2000万画素が普通に。

グリーン成長戦略 世界から立ち遅れる日本

2021-02-09 07:50:33 | 環境問題・気候変動・地球温暖化について
グリーン成長戦略 世界から立ち遅れる日本
政府は2050年の実質炭素排出ゼロを目指す「グリーン成長戦略」を打ち出しました。国内最大の炭素排出源は発電所などで、排出量の40・1%を占めています。発電所の炭素排出減が肝心です。それには、再生可能エネルギーの比率を高めなければなりません。
(吉川方人)

日本を含む世界160力国と欧州連合(EU)が加盟する国際再生可能エネルギー機関は、50年に脱炭素を実現するのに必要となる、発電に占める再生可能エネルギーの比率として86%を示しています。
ところが、政府が目標の参考値として示した50年の発電構成では、脱炭素の再生可能エネルギーの比率は50~60%です。炭素を出す火力発電と危険な原発が合計で30~40%を占めます。これでは原発と火力発電の恒久化です。日本は世界水準から大きく立ち遅れているのです。
アメリカの投資銀行ラザードによると、発電コスト(建設費と解体費を含み、財政支援なし)は、風力や太陽光がすでに原子力や石炭火力を下回っています。世界最大の投資ファンドのブラックロックは、石炭関連会社への投資削減を表明し、脱炭素計画を投資先企業に求めています。炭素排出企業には、投資が集まりにくくなっています。






目標かかげて
グリーン成長戦略は、「重要な14分野」を列挙しています。その中で、再生可能エネルギーは、洋上風力発電と、住宅・建築物産業の一部としての次世代型太陽光産業だけです。その他に、補助技術としてのアンモニアや水素による燃料産業と自動車、航空、船舶の電動化のための蓄電池を挙げ、原子力産業、5Gなどのデジタル化による半導体・情報通信産業まで盛り込んでいます。
これらを税財政で優遇し、2兆円の税金による基金投入で国内の「民間企業が保有する240兆円の現預金」と世界からの投資を集める青写真です。30年に年額90兆円、50年に年額190兆円の経済効果をもくろんでいます。
しかし、国内企業は風力発電機の製造からすでに撤退し、太陽光パネル製造からもほぼ撤退しているため、日本での経済効果も限られます。
再生可能エネルギーの電気をためておく蓄電池や水素などの技術は、再生可能エネルギーの発電構成比率が椙・当高くなるまで必要となりません。既存の揚水発電などが利用できるからです。再生可能エネルギーの高い目標を前提としなければ、こうした技術も有効に活用することができません。

規制を成長に
再生可能エネルギーへの世界の取り組みはどうでしょうか。
欧州連合では、発電量で再生可能エネルギーが化石燃料をすでに上回っています。20年からは、自動車メーカーごとの炭素排出量を走行1キロあたり平均95グラム以下にすることを義務付け、未達成は販売1台ごとに1グラム当たり95ユーロの罰金が課されます。
企業などからは、再生可能エネルギー100%での事業運営を目標として宣言する「RE100プロジェクト」が進んでおり、世界で280社以上、日本からリコーなど50社が参加しています。アップルなどは、部品メーカーにも再生可能エネルギー100%の目標を求め、日本企業も対応を迫られています。
アメリカで1970年、自動車排ガスを9割減にするマスキー法が制定されました。アメリカでは同法の規制が緩和、延期されましたが、日本は同様の規制を完全実施するため、技術革新を起こしました。2002年の「環境白書」は、このことを「世界市場への日本製自動車躍進の一因ともなりました」と評価しています。
かつての日本は環境規制を成長につなげたのです。今、脱炭素を成長につなげるには、速やかに火発や原発から撤退し、再生可能工、ネルギー100%を実現するための支援と規制が求められます。同時に、産業転換した労働者の処遇改善で国内需要を増やすことが必要です。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年2月6日付掲載


モータリゼーションの時代。日本は排気ガス規制で世界の先端を走り、自動車産業の発展につなげました。
日本の温室効果ガスの排出は発電や産業部門が主流。
温室効果ガス規制では、後れを取る日本。太陽光パネルの日本の技術。いまこそ発揮すべきではないでしょうか。

入院中の子らに届ける 星空の魅力 “今を生きている”感動伝え

2021-02-08 07:58:47 | 科学だいすき
入院中の子らに届ける 星空の魅力 “今を生きている”感動伝え
身の引き締まる寒さに、透明感のある空気に包まれる冬の夜空。晴れた日に見上げると、きらきらと輝く星たちがきれいに見えます。宇宙の大きさ、自然の雄大さに心がゆさぶられます。星空の魅力を、星つむぎの村共同代表で“宙先(そらさき)案内人”の高橋真理子さんに聞きました。(都光子)


“宇先(そらさき)案内人” 高橋真理子さん

空を見上げて星を見ると、どんな気持ちになりますか?
私は、入院している子どもたちに星空を届ける活動などをしています。空気を入れて膨らませる小型のエアドームの中に、またドームができないときは天井に星空をうつし、ライブで語りかけます。
広大な宇宙の果てから数千億の銀河、その中の銀河系、その中の数千億の星、その中の一つが太陽、そして太陽の周りをまわる惑星、その中の一つが地球。太陽との位置関係から生命が生まれました。「生まれてきてくれてありがとう」という思いを込めて。
そうすると、言葉にならない気持ちが表情になって表れてきます。重度の障害を持っている人も、赤ちゃんも。
星は真っ暗な中にある小さな光の点。おのずと集中してみることになります。私は、その光から宇宙と自分の存在とを対比して感じられ、“今を生きている”ことに感動と感謝の気持ちが沸き上がってきます。



冬の星空の解説

命のつながり感じてほしい
冬の王者、オリオン座。ここに星の一生を同時に見ることができます。
左上の赤い星・ベテルギウスと、右下の白い星・リゲル。赤は温度が低く3000度程度、白は温度が高く1万度超です。その色・温度から、星が一生のうちどのあたりになるのかがわかります。
白色のリゲルは若い星ですが、赤色のべテルギウスは、まもなく超新星爆発を起こして最期を迎えます。星の一生は数百万~100億年なので、超新星爆発に立ちあえるのはめったにないことです。
宇宙の最初は水素とヘリウムだけだったのが、星の内部でおこる核融合反応で炭素や酸素が生まれ、星の死である超新星爆発によって鉄より重い元素が生み出されました。
星が一生かけてつくった元素は、私たちの体を構成している―つまり私たちは星の一部なのです。生まれることも死にゆくことも、宇宙の大きなサイクルの中の一つ。生と死、終わりと始まりがつながっているんです。星を見つめて、ぜひこの命のつながりを感じてみてください。
天気ならば、星はどこからでもだれでも見ることができます。外に出ることが難しければ、部屋の明かりを消して窓からでも見ることができるでしょう。
街の光が多いほど星は見づらくなります。なるべく光源が目に入らないようにするとよいでしょう。山梨県は20年以上前から県下でライトダウンの取り組みをすすめ、星空を見ようというイベントを開いています。
見つけた星の名前や星座を知りたいときは、早見盤を使うとわかります。スマホのアプリに星座表があり、開けば星座の名前がすぐにわかります。



星空がうつしだされた、病院のドーム内の様子(写真はすべて星つむぎの村提供)

芸術や自然が心の支えに…
月も、だれもが見つけることができ、地球との関係も深く、ぜひ観察してほしいです。毎日変化していく月の姿をみると、地球の存在を感じられます。今年は5月26日、日本全国で皆既月食が見られます。3年ぶりですからぜひ見てほしいですね。
いまコロナ禍でハ病院でのプラネタリウムは出張ではできていませんが、オンラインで星空を、届けています。“不要不急”であるといわれている、人と会うこと、音楽や演劇などさまざまな文化に触れることが、いかに心の支えになっていて、生きることに欠かせないものであるかに、気付いたのではないでしょうか。
こんな不安な日々こそ、芸術や自然に触れることが私たち人間に必要です。
今こそ、星空を見上げてみませんか?

「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年2月6日付掲載


冬の星座と言えばオリオン座ですよね。

左上の赤い星ベテルギウス。右下の白い星リゲル。
そして三ツ星とオリオン大星雲。
本当に魅力的です。



その星座を簡単に探せる「星座早見表」。
使いこなせるといいですね。

都会では星空をなかなか楽しむことができませんが、プラネタリウムでは身近に楽しめます。

ホームレスというレッテルで人は「見えない人」にされる 『JR上野駅公園口』が全米図書賞 柳美里さん

2021-02-07 07:45:35 | 政治・社会問題について
ホームレスというレッテルで人は「見えない人」にされる 『JR上野駅公園口』が全米図書賞 柳美里さん
ゆう・みり=1968年生まれ。
高校中退後、演劇活動を開始。93年『魚の祭』で岸田戯曲賞を最年少で受賞。97年『家族シネマ』で芥川賞受賞。自身の出産・みとりを描いた『命』はベストセラーに。2015年に鎌倉から南相馬に転居

昨年11月、柳美里さんの小説『JR上野駅公園口』(河出文庫・税別600円)の英訳が米国の代表的な文学賞である全米図書鑑賞を翻訳文学部門で受賞しました。原発事故被災地の福島県南相馬市小高区に住む柳さんが、上京した機会に話を聞きました。北村隆志記者



撮影・野間あきら記者

受賞作は南相馬市出身の上野公園のホームレスが主人公です。1964年開催の東京五輪の前年に東京に出稼ぎに出てからの、孤独な人生を振り返ります。
日本では2014年に出版されました。柳さんは本作を書くために上野公園に取材に通いました。
「2006年11月の『山狩り』の取材に行ったのが最初です。『山狩り』とは皇室の方々が上野の美術館や博物館に来るときに、ホームレスのブルーシートや段ボールを撤去する特別清掃のことです。ホームレスというレッテルは、一人一人の顔や名前を見えなくします。『見えない人』と扱われて、街でも人は通り過ぎる。皇室の目から隠す『山狩り』はその究極の姿です。でも、一人ひとりには生まれてからの物語がある。レッテルから一人の人間を救い出したいと思いました」
何度も通う中、ホームレスの人からだんだんと話を聞けるようになりました。
「煮炊きをしているところで声をかけると、『話せないこともあるけど、聞く耳を持っているなら話したい』と。猫を飼っている人が多くて、『猫の名前なんですか』と聞いたりしました。自分たちも見捨てられているから、捨て猫を放っておけないんだそうです。
なけなしのお金でキャツトフードを買い、費用を集めて去勢をさせた人もいました。上野公園のホームレスは東北出身の人が多いんです。出稼ぎや集団就職で東北本線や常磐線に乗って、最初についたのが上野駅。もう故郷とは縁が切れて帰れないけれど、東京で故郷に一番近い場所だ、と上野公園にいます」

原発事故後に
『JR上野駅公園口』は、作者とは全く別人の物語です。自身の体験をもとにすることが多かった作風が変化しました。「原発事故後、臨時災害放送局のFM番組で、6年間、被災者のお話を聞き続けたことが大きく影響している」と話します。
「私は、11年4月21日、初めて相馬・双葉地域に入りました。警戒区域として立ち入り禁止になる前日です。
ひどい状況でした。何もできない無力感を感じました。自分に何ができるか考えた時、地元の方のお話を聞くことならできるかもしれないと思ったんです。
12年3月から18年3月まで、毎週1回30分、のべ600人の話を聞きました。聞くことで相手のケアにつながる傾聴ボランティアに近いかもしれません。聞き続けたことで、11年3月11日はカレンダーの日付ではなく、地層のような時間として私の中に存在します。600人の声の層が厚みを持ったものとしてあるという感じです」

訳者の思いは
柳さんの数ある作品のなかから、この作品を選んで翻訳したのは、訳者のモーガン・ジャイルズさんです。
「彼女は私の作品から東京五輪の物語を二つ選んだと言っていました。もう一つ『8月の果て』はいま翻訳しています。『JR上野駅公園口』は64年の東京五輪とかかわります。『8月の果て』は戦争で中止になった40年の東京五輪の物語です。朝鮮のマラソンランナーだった祖父がモデルの一人です。彼女は両方とも射程の長い歴史小説だと言っていました。歴史の影の部分の、名もない人の物語という意味だと思います。彼女は米国のケンタッキー州出身で、近くに炭鉱があったそうです。子どもの時に炭鉱労働者をよく見ていたので、私の小説と重なるところがあるようです」


いま被災地に「来て」とは言えない せめて「思ってください」と―。

柳美里さんの自宅で再開したカフェ=南相馬市小高区(本人提供)

東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から10年です。
「いま大変厳しい状況です。新型コロナの感染拡大の中で気づきませんでしたが、旧避難指示区域である南相馬市小高区の居住者が昨年9月をピークに減少に転じています。事故前は1万2840人でした。そこまで戻るのは無理だろうけど、5000人ぐらいには戻るだろうと地元の人たちは考えていました。しかし昨年9月の3757人から減り始めました。これは予想しなかった動きです」
柳さんは小高区の自宅で本屋とカフェを開いています。カフェは昨年4月の緊急事態宣言から休業し、12月に再開しました。
「そもそも帰還住民が少ないので、1時間散歩しても誰にも会わないことが多いんです。コロナで、地域の清掃活動やお祭りも全部中止になりました。災害公営住宅で孤独死が起き、自死もありました。震災、津波、原発事故で破壊された場所で、残されたか細いつながりが断たれると死につながるんです。近所には三食がコンビニという90代の男性もいます。広い三世帯住宅に1人暮らしの方もいます。食事ができ、人に会える場所が必要だと思い、カフェを再開しました。いま被災地に『来てください』と言える状況ではありません。せめて『思ってください』と言いたい」
東京五輪には当初から反対でした。
「そもそも今のタイミングで五輪ではないと思います。五輪関連の建設事業で資材も労賃も高騰して、被災地の復興が明らかに遅れています。この際、新国立競技場や選手村は、海外で行っているように、コロナ患者の収容施設や医療施設に転用したらいいのではないでしょうか」

「しんぶん赤旗」日曜版 2021年2月7日付掲載


南相馬市小高区に居を構え、原発事故の被災者に寄り添って暮らす柳美里さん。
コロナ禍でも東京五輪が強行されようとしている今だからこそ。1964年開催の東京五輪、戦争で中止になった1940年の東京五輪。それぞれの五輪を舞台にした二つの小説。
上野公園のホームレスは東北出身の人が多いんです。出稼ぎや集団就職で東北本線や常磐線に乗って、最初についたのが上野駅。もう故郷とは縁が切れて帰れないけれど、東京で故郷に一番近い場所だ、と上野公園にいるとか。