浦和関連のストーブリーグ情報は、千葉FWオナイウ阿道の加入、千葉MF長澤の加入、鳥取GK福島のレンタル移籍期限切れの復帰などがあります。彼らは、プレーを見たことがないのでコメントは控え、今日は東京Vへの移籍が決まったDF永田充選手の思い出話を書きます。
永田は、浦和加入前は新潟にいました。当時の新潟のCBは、千代反田と永田のコンビが安定していました。もっとも、パワー系と明確にカラーが現れた千代反田とは違って、敵として見た永田の印象はあまりありませんでした。浦和に加入したときに、それはなぜかということがわかりました。
それは、永田がパワー系でなく、カバーリングタイプのリベロ型のCBだったからです。年間の得点数も1,2点ほどで、セットプレーで敵陣には上げますがあまりゴールは期待できない、そんな選手でした。もちろん、味方として見た永田は、いいところもたくさん見せてくれました。
一番光っていたのは、堅実にバランスを取るポジショニングの良さでした。ミシャが、DFの真ん中に適性があるとみて、2012年はほとんどの試合でDFの中央で起用されました。当時のミシャサッカーは、今ほど完成した印象はなく、守備から攻撃に切り替わるときにボールを奪われてピンチになることも多かったですが、その守備を安定させた原動力が永田でした。
また、永田といえばDFラインからのフィード能力の高さも印象的でした。今のDFでいえば遠藤航が持っている能力で、前のラインから下がってもらいにきたシャドーの選手に、うまく長いボールを配球していた印象もあります。どちらかと言えば確実性の方が売り物のパスでしたが、その能力は2012年シーズンの3位に結びつきました。
しかし、その後の永田は苦戦続きでした。翌2013年シーズンはなかなかコンディションが上がらずに那須にDFのポジションを奪われ、その後はDFのバックアッププレーヤーという位置づけの選手に甘んじます。ミシャは永田の能力はわかっているので、起用するタイミングはありましたが、本人によれば「結果を出せなかった」というプレーに終わります。
今回の東京Vのオファーは、選手としてはラストチャンスに近いかもしれません。ここで結果を出し、DFで常時出場して、選手生活を1年でも長く続けて欲しいと思います。