Kobby loves 埼玉&レッズ

埼玉と浦和レッズを愛する管理者のブログです。

体力レベルの勝負(2001年国見対武南)

2018-11-22 21:51:31 | 高校サッカー
昔の試合の記憶から、2001年高校選手権準々決勝の国見対武南の記憶です。当時、埼玉県代表の武南高校がベスト8まで勝ち上がったことが嬉しくて、遠く駒沢競技場まで出かけた試合観戦でした。当時の武南はトップ下の津雲のパスから組み立てるサッカーをしていましたが、この試合では国見の強さを強烈に感じました。

当時の国見は、のちにJリーグで活躍するGK徳重健太、DF徳永悠平、MF大久保嘉人がいました。特に印象に残っているのは大久保で、意外にも当時のポジションはトップ下でした。高校選手権の連戦で膝を痛めていたらしく、テーピングががちがちに巻かれていましたが、それでもボールが収まり、パスは必ず味方の足元に正確に収まる技術を見せていました。その後Jリーグで成功するFWになったのは、C大阪にプロ入りしてからのことです。

また、国見は体力レベルの高さも強く感じました。国見の場合、徳永や大久保なら誰が監督でも使うでしょうが、スタメンの10人目、11人目を決めるときに体力重視の選考をしている印象も受けました。そのため、超高校級の選手がいなかった武南は、どうしても国見のプレスに後手を踏み、思うようにボールがつなげなくなってしまいました。

この年の国見は、その勢いのまま選手権で優勝し、小峰監督の手腕とともに黄金時代として語られることになりました。当時の国見のサッカーは、ロングボールを入れてまずは失点の危機を避けるという、よくタイトル戦の決勝戦で安全第一のサッカーをするような試合を、1回戦から徹底して行うという戦い方でした。トーナメント戦で負ければ終わりですから、考え方としては間違っていないですが、面白みという意味では今一つだった試合でした。

それでも、国見からはプロも数多く輩出しました。あの時代の育成年代としては、一つの結果を出せたチームでした。のちに、華麗なサッカーを見せる野洲高校や久御山高校などの例も見ましたが、勝たないと記憶に残らないことだけは確かでしょう。
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湘南戦プレビュー

2018-11-21 22:18:03 | 浦和レッズ
今週末の土曜日に、浦和はアウェイのBMWスタジアム(平塚競技場)で湘南ベルマーレと対戦します。この試合は、浦和にとって重要な選手、柏木陽介が出場停止で不在です。攻撃を組み立てる、柏木の役割ができる選手は他には見当たらないですが、長澤や武藤あたりでボールを持って攻撃につなげたいところです。

湘南は現在14位で残留争いを繰り広げています。プレーオフ圏の16位名古屋とは同じ勝ち点で、何が何でも勝ちたいのがチーム事情です。もっとも、湘南はルヴァン杯優勝という、一つの成果を残しています。そのルヴァン杯決勝の映像を見ましたが、湘南の布陣は3-6-1で、アウトサイドの岡本、杉岡はもちろん、ストッパーの山根、大野が追い越して上がってくることもある流動性が武器です。

走行距離の多さも湘南の武器で、「湘南スタイル」とチョウ監督が呼ぶ運動量の多さを誇ります。もっとも、誰もが驚くような強烈な選手はいないチームで、チーム全体の総合力で勝負するチームです。浦和サポとしては、去年まで浦和にいた梅崎司は気になる存在で、シャドーで出ている様子です。

湘南の前節はガンバ大阪戦で、0-1で敗れています。現在絶好調のガンバ大阪が相手ということで、チーム状態としてはそれほど悪くないのではと想像しています。浦和相手にも、いつもと同じように仕掛けてくる、湘南らしさを出してくる試合になると予想しています。

浦和は柏木の不在で、3-5-2に3ボランチを置くいつもの形を継続するかどうかが見ものです。この戦術が機能した理由は柏木がいるからこそなので、武藤をシャドーに下げて興梠を1トップに置く、前の形の3-6-1に戻す可能性もあります。その場合は、ボランチに入りそうな阿部勇樹に期待がかかります。湘南の出方にもよりますが、攻めながらも後ろを安定させる選択肢もありえない戦術ではないと思います。
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ジョウビタキ

2018-11-21 22:09:14 | 埼玉
写真は地元、さいたま市で見かけたジョウビタキです。名前の由来は鳴き声が火打石に似ているので、火打石から「ビタキ」になったものです。鳥の写真は、木々に葉っぱのある夏場は難しく、私にとっては「冬季限定趣味」です。
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狙いやすい相手(11/20日本対キルギス)

2018-11-20 22:28:04 | ワールドサッカー
今日の日本代表対キルギス戦は、4-0で日本の勝利に終わりました。こういう、知らない相手と当たるときはまずは相手のキルギスから見ますが、5-4-1で引いて守る、予想通りの入り方でした。日本のSBがボールを持った時に、キルギスの両アウトサイドが前に出てくるので、その裏をパスで攻略すればいいと、比較的狙いやすい相手でした。

しかし、前半20分までに2点を入れたところまでは予定通りだったでしょうが、その後は苦しみました。この日の日本代表は、ベネズエラ戦からスタメンを全員入れ替えて、サブ組にアピールチャンスを与えた試合でしたが、崩すところまでできても最後のシュートに精度を欠きました。2点目の場面で、原口が蹴ったFKを相手GKがキャッチミスをするなど、狙いどころは多かっただけに残念な展開です。

消耗戦になるアジアカップを考えると、固定メンバーで戦うのは危険ですが、結果的にはこれまでの森保ジャパンの主力の大迫、堂安が出てきてからようやく日本のリズムが戻りました。その大迫のゴールで3点目を入れると、4点目は投入されたばかりの中島翔哉が抜け出して決めたものでした。日本代表は大迫、南野、中島翔哉、堂安がいるときといないときの差が課題ですが、その課題は解決できませんでした。

それでも、この試合で得たものはありました。それは、ボランチに入った三竿と守田のコンビです。森保ジャパンの場合、前の選手に個人技を発揮させることを許す代わりに、ボランチは無理に上がらずに後ろでバランスを取る約束事になっている様子です。彼らボランチの仕事は、キルギスが前に仕掛けてくるときの「回収」という地味な役割でしたが、それをほぼ完全にこなしてくれました。

もっとも、キルギスも高さとメンタルの強さは持っている相手でした。後半に思い切って前からプレスに行くなど、日本相手に仕掛けて点を取ろうとはしてきました。それで失点すると、アジアカップに向けては大きな課題になってしまいますが、しっかりゼロで終えたことは評価できると思います。

これで、アジアカップ前の強化試合は4勝1分けの好成績で終えました。日本サッカー協会の財政的な理由なのか、全試合ホーム開催と、国際経験という意味では得られない試合でしたが、それでもウルグアイ代表など比較的強い相手を呼んでの結果なので、いい準備はできたと思っています。あとは本大会で、初めて代表で指揮を執る森保監督の采配でしょう。
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大相撲九州場所中盤戦

2018-11-19 21:53:08 | 他スポーツ
大相撲九州場所は9日目を迎えました。今日の結果はまだ把握していませんが、昨日の時点では写真の小結、貴景勝が7勝1敗でトップに立っています。小結は難しい地位で、初日に横綱と当てられることが決まっていますが、その横綱戦で稀勢の里を破って勢いに乗りました。貴景勝の突きは押し出しを狙うこともありますが、タイミングよく技をかけることも多く、名門埼玉栄高校出身らしい技の豊富さを見せています。

九州場所は例年、あまり荒れないことが多いですが、今場所は稀にみる混戦です。それはやはり、本命白鵬の休場が大きいです。白鵬は出てくれば今でもトップクラスの力を見せますが、膝の骨折で休場したことで、一人横綱になった稀勢の里に大きな期待がかかることになりました。しかし、稀勢の里はその期待に応えられず、初日から4連敗して休場という最悪のシナリオをたどってしまいました。

また、大関陣もあまり良くありません。場所前の稽古では好調を伝えられた豪栄道も3敗、足の親指の靭帯損傷は「痛くない」と言っていた栃ノ心は4勝4敗とまさかの不振です。稀勢の里がいなくなったことで、結びの一番が大関戦になりましたが、締まらない土俵で「もう終わり?」と感じてしまうほどです。

唯一頑張っている上位は大関高安です。場所前はあまり調子は良くないような報道でしたが、彼の場合は前に出る相撲なので、うまく勢いに乗ればチャンスは十分です。高安は上位陣の中で唯一優勝がないので、今場所は大きなチャンスになります。貴景勝との直接対決も残っており、このまま2敗で行ければ面白いです。

下位では上位初挑戦になった竜電が高安を破ったのには驚きました。跳ね返される予想でしたが、高安戦はうまく下手を取って長い相撲に持ち込み、相手に力を出させない勝利でした。十両まで行きながら、股関節の骨折で序の口まで落ちた苦労人ですが、上位と当たるところまで来られたのは彼の努力の成果だったと思います。
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キルギス戦プレビュー

2018-11-18 21:39:05 | ワールドサッカー
明後日の火曜日、日本代表は豊田スタジアムで、キルギス代表と対戦します。W杯にも出たことのない、無名のキルギスとなぜ対戦を組んだ?と疑問に持つ方もいらっしゃるでしょうが、キルギスはアジアカップに初出場を決めており、アジアの相手にどう戦うかの予行演習と、テレビの中継で聞きました。

日本とは記憶にある限り、初対戦です。インターネットで調べても、旧ソ連が崩壊してできた新しい国ということで歴史も浅く、情報はまったくないと言っていい相手です。最近力をつけてきているとの情報もあり、侮ることはできないですが、それでも日本の方が格上なのは間違いないでしょう。

日本がこの中央アジアの相手と対戦した記憶では、ウズベキスタンとは何度も対戦しています。この国は天然資源の産出で豊かになってきており、代表チームもW杯一歩手前まで行っています。キルギスも、遠い日本まで遠征メンバーを送れたので、国の経済状況も好転しているのでしょう。

もっとも、最終予選常連のウズベキスタンとは、最終予選に一度も出たことのないキルギスは比べ物になりません。イメージとして、一番近そうなのは、2011年のザックジャパン時代の3次予選で対戦した、タジキスタンではと思っています。タジキスタンとは、ホームで8-0、アウェイで3-0と連勝していました。まだ、日本という未知の環境に適応できるほどの力はないのではというのが、正直なイメージです。

相手が、徹底的に引いて守るのに慣れていないのが、今の森保ジャパンなので、キルギスが格下戦術に徹すれば面白い試合になるかもしれません。あっさりセットプレーで先制できればいいですが、前半を0-0で折り返したりすると日本には変なプレッシャーがかかるでしょう。そうならないことを期待したいです。
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戸田マラソンin彩湖2018年

2018-11-18 21:07:21 | 他スポーツ
戸田マラソンin彩湖の10kmに出走し、60分40秒と自己ベストが出ました。レース前は60分切りを狙っていたので完全に満足ではないですが、28秒ベストタイムを更新できたと思うことにします。今日は曇りで涼しく、マラソンには絶好の環境でした。そのため、今回はこれまでのトレーニングを信じて立てていたプラン通り、前半の5kmで29分前後でカバーし、後半の5kmは31分前後まで落ちてもいいというレースプランでスタートしました。

下に記したラップ通り、前半はうまく行ったと思います。5分40秒台が3回出ており、桜環境センターのトレーニングで鍛えていたスピードの向上は実感できました。このコースが彩湖沿いを外れて、見通しの悪い側道を2km折り返すというのは、既に4度目の出走なので理解しており、ここは相当長く、遠くまで走らされても心が折れないようにする、メンタルのコントロールも成功でした。

目標を果たせなかった理由は後半です。「頑張ればkm5分50秒切る」「苦しくても6分10秒で我慢する」が今の目標ですが、その後者を果たすことができませんでした。特に、8→9kmの失速はもったいなく、ここを6分4秒でカバーしていれば60分切りでした。原因はあり、ここは管理橋を渡って折り返し地点に向かう箇所ですが、その折り返しが予想より遠く感じ、少しメンタルが落ちたと振り返ります。

また、8km地点にあったミカンを食べていたのも理由かもしれません。ここは相当苦しくて前の選手を利用しながら走っていましたが、ミカンのある8km地点は一番精神的にきついところでした。ここが給水だったら多少は違っていたかもしれません。

それでも、テーマを決めながら桜環境センターでトレーニングをしてきた成果は出せました。後半のスタミナという意味では、まだまだ強化が必要なことを実感したので、長い時間の持久運動などのメニューを入れながら、後半にあまり落ちないようなレース運びができるようになりたいです。

S→1km 6:04
1→2km 5:49
2→3km 5:46
3→4km 6:09
4→5km 5:44
5→6km 6:09
6→7km 6:09
7→8km 6:16
8→9km 6:45
9→G 6:16
total 1:01:07

撮ってきた写真を載せます。































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別所沼公園の散歩

2018-11-17 23:02:06 | 埼玉
明日の戸田マラソンin彩湖(10km)に備えて早く寝るので、今日のブログは写真を貼るだけにしておきます。レースの前日調整は5kmの散歩で、疲れを翌日に持ち越さない手にしました。晴れた秋の日、身近ですが秋の美しい風景が撮れました。



























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サブ組との差(11/16日本対ベネズエラ)

2018-11-16 23:00:47 | ワールドサッカー
今日の日本代表対ベネズエラ戦は、1-1の引き分けに終わりました。この試合で印象的だったのは、ベネズエラの強さでした。パスが綺麗に回り、SBを上げてくるタイミングも良く、1トップのロンドンも体の強さで日本DFに勝てました。危ない場面も何度も作られ、相手の決定的なシュートをゴール前で冨安がギリギリ追いついてクリアするような場面もありました。

それでも、ベネズエラにも弱点はありました。それは4バックを引く最終ラインが揃わない時間があることです。日本としては、1トップの大迫を追い越していく3シャドーのダイナミックさを十二分に出せる相手でした。もっとも、そうやって作った決定機を、中島翔哉や堂安律が決められなかったことでこの試合を難しくしてしまいました。

先制点は日本に入りました。中島翔哉が蹴った長い距離のFKから、ファーサイドでジャンプして足でボレーシュートという難しいプレーを見せた酒井宏樹のゴールです。意外にも酒井宏樹は代表初ゴールで、内容的には苦戦でもリードして結果だけは出せている試合の予定でした。

この試合は親善試合なので、日本もベネズエラも選手を大きく入れ替えてきます。日本は4人を交代させましたが、すべて1トップ3シャドーという攻撃の選手です。その、交代した日本の選手たちが、スタメン組のような連動を見せられなかったことが結果的に響きました。上手さでキープできた大迫に代わって1トップに入った杉本は、相手のフィジカルの強さに苦しみ、下がってボールを受けてしまいました。

そうなればベネズエラも攻めに迫力が増します。1トップのロンドンに代わって入ったマルティネスは、小柄なスピード型で日本にとってはマークしにくく、終盤はベネズエラのパス回しを日本が止められなくなってきます。そんなときに、ゴール前に入れたボールの処理からPKを奪われ、それを決められて試合は1-1の引き分けに終わりました。

日本としては、この試合は課題が多く出たと思います。スタメン組とサブ組の力の差は、今の時点では残念ながら大きいと言わざるを得ません。アジアカップが消耗戦でチーム全員が活躍する必要があるので、もう少しスタメン組を脅かす存在が出てくれないと困ります。
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無事是名馬(魁皇)

2018-11-15 22:47:12 | 他スポーツ
今、大相撲九州場所が行われています。九州場所で人気があったのは、かつては地元出身の大関魁皇でした。彼の持つ記録に、通算2位の勝利数1047勝があります。当時、横綱千代の富士が持っていた記録1045勝を塗り替えたことで注目を集めました。もっとも、強さで達成した千代の富士とは違って、魁皇は39歳まで現役だった、驚異的な力士寿命の長さで達成した記録です。

千代の富士の記録とは意味合いが違うことは魁皇自身も理解しており、「勝ち星の数で上回ったといっても、あの大横綱を上回ったことにはならない」と認めています。それでも、魁皇は大関以下の力士では最多となる、通算5回の優勝があります。下手な横綱よりは強かった大関でした。たまたま、その優勝が連続していなかったので横綱にはなっていませんが、大関という難しい地位を10年以上務めた実績があります。

魁皇の相撲は、左四つで右上手を引いてからの投げが必勝パターンでした。当時、四つ相撲になったら絶対に勝てないと思われたほどの安定感を誇っていた横綱貴乃花に、四つ相撲で勝てる唯一の力士でした。魁皇が勝つときは、右上手を引いてすぐに投げを打った時でした。魁皇はいくつかの怪力伝説を残しており、ビールケースを中身が入った状態で2ケース片手で持てる、リンゴを握りつぶせるなどの伝説があります。

そんな魁皇も、晩年は毎場所のように8勝7敗が続き議論も呼びました。ライバル千代大海は序盤戦に強く、前半戦でカド番脱出は堅い成績を残していましたが、魁皇は中日を終えて4勝4敗のような低迷はざらでした。しかし、そこから他の大関との対戦で白星を拾って、終わってみると8勝7敗に収まっていることが多かった記憶です。

魁皇は11回のカド番がありますが、ほとんどが負傷休場によるものでした。皆勤しての負け越しはほとんどなく、そこに大関としての誇りを持っていたのではと思われます。魁皇が引退した場所は中日で3勝5敗で、得意としていた大関戦を落として3勝6敗となり、皆勤しての負け越しが濃厚になったので、そこで引退の決断を下すことになりました。

魁皇は39歳まで取ったことで、悔いなどはないように思えますが、5回の優勝の中に地元九州場所がなかったことが、ひょっとしたら抱えている小さな悔いかもしれません。
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