尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

スウェーデン映画「パルメ」

2013年12月01日 00時45分28秒 |  〃  (新作外国映画)
 スウェーデン映画祭が渋谷ユーロスペースで始まり、記録映画「パルメ」を見てきた。非常に興味深い映画で、是非どこかで小規模でいいから一般公開を期待したい。もう一回上映があるが、12月5日(木)の夜9時からという、なかなか行きにくい時間帯に予定されている。

 もっとも「パルメ」と聞いて特に印象を呼び起こされない人は、どんな映画か関心を持ちようもないと思うので、簡単に紹介しておく次第。オロフ・パルメ(1927~1986)は、1986年に暗殺されたスウェーデンの首相である。社会民主党政権を率いて、1969年~1976年、1982年~1986年に首相を務めた。ベトナム戦争におけるアメリカの「北爆」を激しく非難、アメリカ大使の召還に発展したり、ソ連のチェコ事件、南アフリカのアパルトヘイトなどを批判した。第三世界寄りのリベラルな外交、人権外交はスウェーデンに名声をもたらし、非常に有名だった。(もっともスウェーデンは有力な武器輸出国であり続けたけど。)
(パルメ首相)
 だから、1986年の暗殺には非常に驚いた。夫人と映画を見に行って、映画館を出た時に狙撃されたのである。日本では北欧の高福祉社会に憧れが強かったので、このようなテロ事件が起きたことにビックリしたものである。アンワル・サダトやインディラ・ガンディーの暗殺が、国内の宗教的対立の激しさから、まあ「背景事情は理解可能」であると思ったのに対し、スウェーデンの事件は全く予想外だったのである。それはスウェーデンでも事情は似ていたようで、その頃のスウェーデン国民は自分たちの社会が世界で一番いいと思っていたのに、そのイノセントな時代が終わってしまったと思われた事件だったという。

 この映画は初めて家族(妻や子ども)にインタビューし、同時代の様々なニュース映像も使い、パルメという「スウェーデンのケネディ」が政界を駆け上がっていく様子を描いて行く。元々はもっと長いテレビ版で、スウェーデンで140万人が見たという。その後、103分の劇場公開版が作られ、それもヒットされたという。現代史の解説的な所もあるが、スウェーデンの中でもパルメ時代を知らない世代が増えてきたためもあるらしい。同じような意味で、日本でも若い人に是非見て欲しい気がした。

 ただし、この映画を見て僕はやはりパルメには功罪あるように思った。外交だけ見ていると、非常に筋が通っているように思うけれど、内政分野では必ずしも理想通りではなかった。「原子力の平和利用」に賛成で原発を作ったことも、いかにも「社会主義」風だと思う。「科学的」なものへの期待と信頼がベースにある。秘密や諜報機関を知られずに作っていたようだし。結局、スウェーデン社会の中にあった高福祉社会と裏腹の重税感が国民を分裂させてしまった。社会民主党政権が永遠に続くように皆思っていたのに、1976年には政権を失う結果を招いてしまう。映画にも出てくるが、当時イングマル・ベルイマンが脱税を理由に逮捕されたり、アストリッド・リンドグレーンが所得税と社会保険負担で、税率が100%を超えてしまったと政権を批判した。そういうニュースは日本でも大きく報道されたと記憶する。高福祉は高負担で、経済成長にマイナスというイメージはスウェーデン発で世界に広められ、レーガンやサッチャーの時代が来るのを用意してしまった。

 日本では現在、消費税の税率アップが予定され、特定秘密保護法案が審議され、ヘイトスピーチが問題化している。そのような現代日本から見ると、この映画は実に刺激的である。スウェーデンは高負担の元祖だし、パルメには語られない部分もあったらしい。だけど、政治の目的は、若いときにみたアメリカで、貧困と差別の恐ろしさを学んだことにあり、人権無視への怒りはホンモノだったのである。パルメの母親は第一次世界大戦を逃れてスウェーデンに来たラトビア人だったという。だから移民受け入れは、譲れない政策だったのだと思う。最近は世界でヒットした「ミレニアム」シリーズやヘニング・マンケルのミステリーで読むスウェーデン社会が、暗黒の部分を背負っている、けっして理想的ではない社会に描かれている。そういう現代スウェーデンの分水嶺であるパルメ暗殺事件は今もなお衝撃的である。
コメント (2)
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