ダヴィド・ラーゲルクランツ「ミレニアム6 死すべき女」(ハヤカワ文庫、ヘレンハルメ美穂・久山葉子訳)を読んだ。これで全世界で大評判になった「ミレニアム」シリーズも一応終わりである。2019年に発表され、同年暮れに翻訳が刊行された。2021年2月に文庫化され、まあ文庫なら買うしかないなと思った。半年ほど放っておいて、秋頃には読む気になっていたところ、2021年10月7日夜に東京で震度5の地震が起こった。日暮里・舎人ライナーが脱線して止まってしまった地震だが、僕の家でも枕元の積ん読本が崩れてしまって、一番上にあったはずの「ミレニアム6」が見つからなくなってしまった。ところがエドガー・アラン・ポー「盗まれた手紙」じゃないけど、まさか目の前にあるじゃないかという場所で「発見」したのである。
帯には「全世界1億部突破!」と大きく書かれている。しかし、解説によればそのうち8千万部は第1部から第3部だという。最初の3巻はスティーグ・ラーソンが書いた。しかし、母国のスウェーデンで第1部が刊行される前の2004年11月、ラーソンは心筋梗塞で僅か50歳にして亡くなった。世界でベストセラーになるのを全く知らないままに。そんなことがこの世の中に起こるのか。死の時点では全10部の構想を持ち、第4部も大方は書き終わっていたと言われる。しかし、ラーソンの原稿が残されたパソコンは現時点では封印されていて、内容は不明である。そして受け継いだダヴィド・ラーゲルクランツが、第4部から第6部までを完成させた。
この「ミレニアム」シリーズに関しては、以前に「スウェーデンの傑作ミステリー「ミレニアム」、原作と映画①」「「ミレニアム」の志を継ぐもの-「ミレニアム」原作と映画②」を書いたので、細かいことは繰り返さない。第3部までにはずいぶん書き散らされた感じの伏線が残っていて、それをラーゲルクランツが完全に回収しているのには感心した。しかし、世界的大ベストセラー・シリーズの続編を手掛けるというのは、とても大きな精神的負担だったという。それも当然だろう。その結果、第6部で終わらせるということになった。僕は続編に満足出来たし、ここで終わるのもやむなしと思う。
「ミレニアム」というシリーズ名は、主人公であるミカエル・ブルムクヴィストが共同経営者を務めるスウェーデンの雑誌である。季刊のルポールタージュ専門誌で、人種や女性の差別、大企業のスキャンダルなどを追求する左派の立場に立っている。さすがスウェーデンではそんな雑誌が存在するのかと思うが、まあ現実ではなくてラーソンの理想で作り出されたものなんだろう。
ミステリーとしては、まさに「全部のせ」である。第1部は孤島で行方不明となった少女という典型的な「謎解き」だったが、その後はスパイ・謀略小説となり、さらに法廷ミステリー、情報小説になっていく。さらにハードボイルド、サイコ・スリラーの要素もあるから、まさに「全部のせ」なのである。もう一人の主人公であるリスベット・サランデル、「ドラゴン・タトゥーの女」と呼ばれる天才的ハッカーは、実はスウェーデン戦後史の隠された闇に関わる存在だった。それが判ってからは、心理的、歴史的な深みも増してくる。そして、第4部、第5部に引き継がれてからは、妹である絶世の美女カミラとの暗闘という方向性がはっきりしてきた。
(ダヴィド・ラーゲルクランツ)
今回の「死すべき女」は、どうもここで終わらせるしかないという感じがあって、今までで一番内容的な不満がある。それはやむを得ないと思って読んだけれど、新味としては「山岳ミステリー」がある。著者自身が登山を趣味にしているらしいが、なんとエベレスト登山隊の悲劇が大きく内容に関わっている。ストックホルムの公園でホームレス男性が謎の死をとげる。その人物が誰だか全く判らない。その男はある女性ジャーナリストに対して、国防相の名を出して食ってかかるところを目撃されていた。
ミカエルはそのジャーナリスト、右派的論調で知られていた女性に会いに行くと…。なんとロマンスが発生してしまうのは、恋多きミカエルの定番だが、それにしても立場を軽々と乗り越えたのは作中のお互いが一番驚いている。そしてリスベットの協力によって遺伝子調査の結果、謎のホームレスはシェルパらしいと判るが…。国防相はかつて、ロシアに滞在する情報員だったが、辞めて後にエベレスト登山隊に加わっていたことで知られる。その時の登山隊では死者が出る悲劇が起こっていた。その国防相は実はミカエルの知人であり、別荘から飛び出し海で溺れかかっているところを何とかミカエルが助けようとする。
という主筋に、リスベット対カミラの究極の対決が随所に挟み込まれ、ラスト近くではミカエルを罠に掛けて誘拐し、それを餌にリスベットをおびき寄せようとする。捕まったミカエルは足を暖炉で焼かれ、それがリスベットにも伝えられる。という展開にハラハラするかというと、まあそこは超人的なリスベットが助けに来るだろうと想像できる。そりゃあ、後を引き継いだラーゲルクランツがミカエルとリスベットを死なせて終われるかと思う。誰だってそう思うに決まってるから、ここでも書いてしまう。それが作家としてもう書きたくないところでもあるんだろう。
特に第4部以後に見られるのは、リスベットの実の父の出身地であったロシアが妹のカミラの本拠地として重要な意味を持つことである。ロシアではハッキングや麻薬などで違法行為を繰り返すロシア・マフィアが暗躍している。現実のニュースでも、日本初め世界中の企業に「ランサムウェア」などの脅迫ウイルスを送りつけるハッカー集団はロシアに多いとされる。ソ連時代が再来したかのようなプーチン政権だが、ソ連には一応イデオロギー的な背景があった。そういうタテマエが無くなって、ひたすら利潤追求に明け暮れる「ギャング資本主義」になっている。そんな現実を背景にした大河小説でもある。
中立、福祉国家として知られるスウェーデンの現実の悩みにも思いを馳せる。ひたすら面白く、一度読み始めたら止められない小説だが、同時に読者に「政治的」な立ち位置を確認するような小説でもあった。
帯には「全世界1億部突破!」と大きく書かれている。しかし、解説によればそのうち8千万部は第1部から第3部だという。最初の3巻はスティーグ・ラーソンが書いた。しかし、母国のスウェーデンで第1部が刊行される前の2004年11月、ラーソンは心筋梗塞で僅か50歳にして亡くなった。世界でベストセラーになるのを全く知らないままに。そんなことがこの世の中に起こるのか。死の時点では全10部の構想を持ち、第4部も大方は書き終わっていたと言われる。しかし、ラーソンの原稿が残されたパソコンは現時点では封印されていて、内容は不明である。そして受け継いだダヴィド・ラーゲルクランツが、第4部から第6部までを完成させた。
この「ミレニアム」シリーズに関しては、以前に「スウェーデンの傑作ミステリー「ミレニアム」、原作と映画①」「「ミレニアム」の志を継ぐもの-「ミレニアム」原作と映画②」を書いたので、細かいことは繰り返さない。第3部までにはずいぶん書き散らされた感じの伏線が残っていて、それをラーゲルクランツが完全に回収しているのには感心した。しかし、世界的大ベストセラー・シリーズの続編を手掛けるというのは、とても大きな精神的負担だったという。それも当然だろう。その結果、第6部で終わらせるということになった。僕は続編に満足出来たし、ここで終わるのもやむなしと思う。
「ミレニアム」というシリーズ名は、主人公であるミカエル・ブルムクヴィストが共同経営者を務めるスウェーデンの雑誌である。季刊のルポールタージュ専門誌で、人種や女性の差別、大企業のスキャンダルなどを追求する左派の立場に立っている。さすがスウェーデンではそんな雑誌が存在するのかと思うが、まあ現実ではなくてラーソンの理想で作り出されたものなんだろう。
ミステリーとしては、まさに「全部のせ」である。第1部は孤島で行方不明となった少女という典型的な「謎解き」だったが、その後はスパイ・謀略小説となり、さらに法廷ミステリー、情報小説になっていく。さらにハードボイルド、サイコ・スリラーの要素もあるから、まさに「全部のせ」なのである。もう一人の主人公であるリスベット・サランデル、「ドラゴン・タトゥーの女」と呼ばれる天才的ハッカーは、実はスウェーデン戦後史の隠された闇に関わる存在だった。それが判ってからは、心理的、歴史的な深みも増してくる。そして、第4部、第5部に引き継がれてからは、妹である絶世の美女カミラとの暗闘という方向性がはっきりしてきた。
(ダヴィド・ラーゲルクランツ)
今回の「死すべき女」は、どうもここで終わらせるしかないという感じがあって、今までで一番内容的な不満がある。それはやむを得ないと思って読んだけれど、新味としては「山岳ミステリー」がある。著者自身が登山を趣味にしているらしいが、なんとエベレスト登山隊の悲劇が大きく内容に関わっている。ストックホルムの公園でホームレス男性が謎の死をとげる。その人物が誰だか全く判らない。その男はある女性ジャーナリストに対して、国防相の名を出して食ってかかるところを目撃されていた。
ミカエルはそのジャーナリスト、右派的論調で知られていた女性に会いに行くと…。なんとロマンスが発生してしまうのは、恋多きミカエルの定番だが、それにしても立場を軽々と乗り越えたのは作中のお互いが一番驚いている。そしてリスベットの協力によって遺伝子調査の結果、謎のホームレスはシェルパらしいと判るが…。国防相はかつて、ロシアに滞在する情報員だったが、辞めて後にエベレスト登山隊に加わっていたことで知られる。その時の登山隊では死者が出る悲劇が起こっていた。その国防相は実はミカエルの知人であり、別荘から飛び出し海で溺れかかっているところを何とかミカエルが助けようとする。
という主筋に、リスベット対カミラの究極の対決が随所に挟み込まれ、ラスト近くではミカエルを罠に掛けて誘拐し、それを餌にリスベットをおびき寄せようとする。捕まったミカエルは足を暖炉で焼かれ、それがリスベットにも伝えられる。という展開にハラハラするかというと、まあそこは超人的なリスベットが助けに来るだろうと想像できる。そりゃあ、後を引き継いだラーゲルクランツがミカエルとリスベットを死なせて終われるかと思う。誰だってそう思うに決まってるから、ここでも書いてしまう。それが作家としてもう書きたくないところでもあるんだろう。
特に第4部以後に見られるのは、リスベットの実の父の出身地であったロシアが妹のカミラの本拠地として重要な意味を持つことである。ロシアではハッキングや麻薬などで違法行為を繰り返すロシア・マフィアが暗躍している。現実のニュースでも、日本初め世界中の企業に「ランサムウェア」などの脅迫ウイルスを送りつけるハッカー集団はロシアに多いとされる。ソ連時代が再来したかのようなプーチン政権だが、ソ連には一応イデオロギー的な背景があった。そういうタテマエが無くなって、ひたすら利潤追求に明け暮れる「ギャング資本主義」になっている。そんな現実を背景にした大河小説でもある。
中立、福祉国家として知られるスウェーデンの現実の悩みにも思いを馳せる。ひたすら面白く、一度読み始めたら止められない小説だが、同時に読者に「政治的」な立ち位置を確認するような小説でもあった。