大島新監督の「香川1区」が東京で先行公開されている。地元の香川初め全国では1月21日頃から上映されるところが多いようだ。これは大島監督の前作「なぜ君は総理大臣になれないのか」(2020)の続編として作られた映画である。立憲民主党の小川淳也衆議院議員に密着しながら、2021年10月31日に行われた衆議院議員選挙を記録した映画である。当然ながら対立候補の平井卓也候補(自由民主党)や町川順子候補(日本維新の会)も取材している。この映画を見ようとする人なら、おおむね選挙結果は知っているだろう。ハリウッド製劇映画ならともかく、結果の判っているドキュメンタリーってどうなの? と思いながら見たけれど、それは全く心配なかった。156分もある映画だが、全く退屈せずに見られる政治ドキュメンタリー映画の傑作である。
前作「なぜ君は総理大臣になれないのか」は公開当時に見逃してしまって、キネマ旬報文化映画ベストワンに選出されてから見に行った。文化映画部門ではあるが、親子そろってベストワン監督になるのは史上初ではないか。(大島新監督の父、大島渚は1971年の「儀式」がベストワンに選出されている。)しかし、僕は前作はあまり面白くなかった。小川淳也という政治家を知らなかったという人が結構いたが、僕は一応名前も知っていたし注目もしていた。偽装統計問題で活躍したのだから。そもそも与野党問わず、何回も当選している政治家は大体知っている。もちろん小川議員の家族構成なんか知らなかったが、基本的には驚きはなかった。
大島監督の妻が小川議員と高校同窓で、その縁で長年撮りためていたということだったと思う。そのため珍しいぐらいの政治家密着ドキュメントになったけれど、折々に撮影したブツ切れ感が否定できない。メインになるのは2017年衆院選だが、そこで小川は民進党(当時)の方針に従って「希望の党」から出馬し、比例区で当選した。安保法制に賛成する「希望」から出たことで、「裏切り者」と言う有権者もいた。そこら辺が興味深かったが、その問題はすでに「解決」してしまった。「希望」に「排除」された「立憲民主党」が優勢となってしまったのである。そういう政治家に「なぜ君は総理大臣になれないのか」は大げさに過ぎて僕には理解出来なかった。(例えば石破茂の密着なら「なぜ君は総理大臣になれないのか」も判るが。)
(今回も「本人」ノボリを背負って自転車で)
だが、今回の「香川1区」は非常に面白かった。一つには選挙が2021年秋に行われることが事前に判っていたことがある。2014、2017年の総選挙は安倍政権が突然仕掛けたものだった。大島監督は他の仕事もあるわけだから、急に選挙になっても困ってしまう。ところが今回はコロナ禍で解散出来ないまま任期満了が近づいて、秋までには必ずあるのである。そこで2021年4月18日、小川が50歳の誕生日を迎える日から撮り始めて、選挙戦、投開票日と起承転結の構成が抜群なのである。
しかも対立候補の平井卓也は菅義偉内閣で初代デジタル大臣を務めた。1年でデジタル庁を立ち上げた「実績」を大いに誇るものの、パワハラ、暴言、接待疑惑をマスコミで追求された。NTTに接待を受けて「割り勘にした」というが、勘定を払ったのは週刊文春の取材を受けた後だったというのだから、脇が甘いにもほどがある。しかし、平井氏といえば、地元香川県で3代に渡る世襲政治家であり、四国新聞と西日本放送を傘下に持つ四国のメディア王である。四国新聞はデジタル庁発足を6面に渡って特集したのに対し、小川議員に対しては取材もせずに記事を書くというトンデモぶりである。
(香川1区は高松市と小豆島)
そこに「日本維新の会」から町川順子という候補が突然出馬を表明した。小川は維新の議員総会に「乱入」して、出馬取りやめを要請する。それを音喜多議員にツイッターで投稿され、他党候補を妨害したと批判された。小川議員は「野党が一本化を最後まで追求するのは当然」というスタンスだが、「悪意をもって報じられるとは思っていなかった」と言う。大島監督は「維新は自民票も取るのでは」と問うが、小川は「それもあるが結局野党票をもっと取る」と述べる。この問題は当然知っていたが、実は町川氏は玉木雄一郎議員(国民民主党代表、香川2区)の秘書だった人で、小川とも面識があった。玉木も出て来るが、町川の出馬には困惑している感じだ。映画は平井デジタル相や町川候補にも直接取材していて、非常に興味深い。
こうやって書いていると終わらない。いよいよ選挙公示日を迎え、選挙戦本番である。小川陣営はボランティアが集まってくる。「小川淳也を心から応援する会」(オガココ)というグループもあって、選挙事務所は若い感覚で装飾される。いわゆる「為書き」が目立たないようになっている。「為書き」というのは、有力者が「祈当選 為○○○○君」などと書いた紙である。これだけ有力な人が応援しているという示威だが、大臣、知事、大都市市長など有力者にも序列がある。映画で俳優をどんな順番で載せるのかみたいなものである。そんなものが大きく貼ってあるのは古い感じがする。平井陣営の事務所は為書きでいっぱい。町川陣営ではなんと出陣式に神官を招いてお祓いをしている。
(大島新監督)
平井陣営も不祥事報道に追いつめられたか、次第にピリピリしてくる。街頭演説では「相手陣営はPR映画なんか作って盛り上がってる」などと演説する。聞いていた監督は「PR映画はないんじゃないですか」と問い詰めるが相手にされない。次第に演説撮影も妨害されるようになり、警察に通報される。もちろん選挙演説の撮影は何の問題もなく(一般人がスマホで撮ってたくさんSNSに上げている)、かえって警察に心配される。岸田首相を迎えて大決起集会があるというので、撮影に行くと入れてくれない。首相演説は絶対に映画に入っただろうに、もう大島監督は「敵対陣営」「危険人物」なんだろう。
それも道理で、監督のもとには「秘密情報」も寄せられる。一つは政治資金パーティの問題で、2万円×10人分の20万円を貰いながら、出席は3人までと明記されている書類である。パーティ券代は出席の対価だから、出席出来ない7人分は「寄付」で扱わなければおかしいと指摘される。さらに「期日前投票」をした人が本当にその候補に入れたかどうか、別会場で確認しているという情報である。自民党県議が持っているビルの2階に、確かに期日前投票をした人がどんどん吸い込まれている。監督が投票を頼まれた人を装って聞いてみたところ、確かに企業の上役などに投票依頼された人が実際に入れたと報告に行くらしい。
小川候補の両親にも聞きに行くし、小豆島に運動に行く二人の娘も取材する。最初は「妻です」「娘です」というタスキをしていた家族は、最後になって本人の名前入りタスキをしている。「妻」「娘」では男性中心で従属している感じがするので、自分の名前を出すことにしたのである。そして、ようやく投開票日。まさかの「開票速報開始直後の当確」だった。長女も挨拶して「今までは大人の社会に出ると、正直者は馬鹿を見るということなんだなと思っていたけど、今日は正直者が報われることを知った」というようなことを涙ながらに語る。動員された平井陣営に対し、ボランティアがどんどん増えていった小川陣営には、勢いの差があった。特に小川陣営の応援ということではなく、選挙戦を撮影していればそのことが理解出来る。
とはいえ、立憲民主党は全体としては議席を減らし、党首選が行われた。小川淳也も何とか出馬したが敗れ、現在は政調会長をしていることは周知の通り。なかなか総理への道は遠いが、やはり正直、公正が売り物というのではリーダーは難しいかもしれない。ホンのちょっと出て来る玉木雄一郎の方がリーダーっぽいではないか。「清濁併せのむ」器がなければ、プーチンや習近平に対応出来るのかと思う有権者もいると思う。まあ、もう一皮二皮向ける必要があると思うが、まずは野党が弱いところをじっくり巡って、今回の選挙の教訓を伝授して欲しいと思う。
前作「なぜ君は総理大臣になれないのか」は公開当時に見逃してしまって、キネマ旬報文化映画ベストワンに選出されてから見に行った。文化映画部門ではあるが、親子そろってベストワン監督になるのは史上初ではないか。(大島新監督の父、大島渚は1971年の「儀式」がベストワンに選出されている。)しかし、僕は前作はあまり面白くなかった。小川淳也という政治家を知らなかったという人が結構いたが、僕は一応名前も知っていたし注目もしていた。偽装統計問題で活躍したのだから。そもそも与野党問わず、何回も当選している政治家は大体知っている。もちろん小川議員の家族構成なんか知らなかったが、基本的には驚きはなかった。
大島監督の妻が小川議員と高校同窓で、その縁で長年撮りためていたということだったと思う。そのため珍しいぐらいの政治家密着ドキュメントになったけれど、折々に撮影したブツ切れ感が否定できない。メインになるのは2017年衆院選だが、そこで小川は民進党(当時)の方針に従って「希望の党」から出馬し、比例区で当選した。安保法制に賛成する「希望」から出たことで、「裏切り者」と言う有権者もいた。そこら辺が興味深かったが、その問題はすでに「解決」してしまった。「希望」に「排除」された「立憲民主党」が優勢となってしまったのである。そういう政治家に「なぜ君は総理大臣になれないのか」は大げさに過ぎて僕には理解出来なかった。(例えば石破茂の密着なら「なぜ君は総理大臣になれないのか」も判るが。)
(今回も「本人」ノボリを背負って自転車で)
だが、今回の「香川1区」は非常に面白かった。一つには選挙が2021年秋に行われることが事前に判っていたことがある。2014、2017年の総選挙は安倍政権が突然仕掛けたものだった。大島監督は他の仕事もあるわけだから、急に選挙になっても困ってしまう。ところが今回はコロナ禍で解散出来ないまま任期満了が近づいて、秋までには必ずあるのである。そこで2021年4月18日、小川が50歳の誕生日を迎える日から撮り始めて、選挙戦、投開票日と起承転結の構成が抜群なのである。
しかも対立候補の平井卓也は菅義偉内閣で初代デジタル大臣を務めた。1年でデジタル庁を立ち上げた「実績」を大いに誇るものの、パワハラ、暴言、接待疑惑をマスコミで追求された。NTTに接待を受けて「割り勘にした」というが、勘定を払ったのは週刊文春の取材を受けた後だったというのだから、脇が甘いにもほどがある。しかし、平井氏といえば、地元香川県で3代に渡る世襲政治家であり、四国新聞と西日本放送を傘下に持つ四国のメディア王である。四国新聞はデジタル庁発足を6面に渡って特集したのに対し、小川議員に対しては取材もせずに記事を書くというトンデモぶりである。
(香川1区は高松市と小豆島)
そこに「日本維新の会」から町川順子という候補が突然出馬を表明した。小川は維新の議員総会に「乱入」して、出馬取りやめを要請する。それを音喜多議員にツイッターで投稿され、他党候補を妨害したと批判された。小川議員は「野党が一本化を最後まで追求するのは当然」というスタンスだが、「悪意をもって報じられるとは思っていなかった」と言う。大島監督は「維新は自民票も取るのでは」と問うが、小川は「それもあるが結局野党票をもっと取る」と述べる。この問題は当然知っていたが、実は町川氏は玉木雄一郎議員(国民民主党代表、香川2区)の秘書だった人で、小川とも面識があった。玉木も出て来るが、町川の出馬には困惑している感じだ。映画は平井デジタル相や町川候補にも直接取材していて、非常に興味深い。
こうやって書いていると終わらない。いよいよ選挙公示日を迎え、選挙戦本番である。小川陣営はボランティアが集まってくる。「小川淳也を心から応援する会」(オガココ)というグループもあって、選挙事務所は若い感覚で装飾される。いわゆる「為書き」が目立たないようになっている。「為書き」というのは、有力者が「祈当選 為○○○○君」などと書いた紙である。これだけ有力な人が応援しているという示威だが、大臣、知事、大都市市長など有力者にも序列がある。映画で俳優をどんな順番で載せるのかみたいなものである。そんなものが大きく貼ってあるのは古い感じがする。平井陣営の事務所は為書きでいっぱい。町川陣営ではなんと出陣式に神官を招いてお祓いをしている。
(大島新監督)
平井陣営も不祥事報道に追いつめられたか、次第にピリピリしてくる。街頭演説では「相手陣営はPR映画なんか作って盛り上がってる」などと演説する。聞いていた監督は「PR映画はないんじゃないですか」と問い詰めるが相手にされない。次第に演説撮影も妨害されるようになり、警察に通報される。もちろん選挙演説の撮影は何の問題もなく(一般人がスマホで撮ってたくさんSNSに上げている)、かえって警察に心配される。岸田首相を迎えて大決起集会があるというので、撮影に行くと入れてくれない。首相演説は絶対に映画に入っただろうに、もう大島監督は「敵対陣営」「危険人物」なんだろう。
それも道理で、監督のもとには「秘密情報」も寄せられる。一つは政治資金パーティの問題で、2万円×10人分の20万円を貰いながら、出席は3人までと明記されている書類である。パーティ券代は出席の対価だから、出席出来ない7人分は「寄付」で扱わなければおかしいと指摘される。さらに「期日前投票」をした人が本当にその候補に入れたかどうか、別会場で確認しているという情報である。自民党県議が持っているビルの2階に、確かに期日前投票をした人がどんどん吸い込まれている。監督が投票を頼まれた人を装って聞いてみたところ、確かに企業の上役などに投票依頼された人が実際に入れたと報告に行くらしい。
小川候補の両親にも聞きに行くし、小豆島に運動に行く二人の娘も取材する。最初は「妻です」「娘です」というタスキをしていた家族は、最後になって本人の名前入りタスキをしている。「妻」「娘」では男性中心で従属している感じがするので、自分の名前を出すことにしたのである。そして、ようやく投開票日。まさかの「開票速報開始直後の当確」だった。長女も挨拶して「今までは大人の社会に出ると、正直者は馬鹿を見るということなんだなと思っていたけど、今日は正直者が報われることを知った」というようなことを涙ながらに語る。動員された平井陣営に対し、ボランティアがどんどん増えていった小川陣営には、勢いの差があった。特に小川陣営の応援ということではなく、選挙戦を撮影していればそのことが理解出来る。
とはいえ、立憲民主党は全体としては議席を減らし、党首選が行われた。小川淳也も何とか出馬したが敗れ、現在は政調会長をしていることは周知の通り。なかなか総理への道は遠いが、やはり正直、公正が売り物というのではリーダーは難しいかもしれない。ホンのちょっと出て来る玉木雄一郎の方がリーダーっぽいではないか。「清濁併せのむ」器がなければ、プーチンや習近平に対応出来るのかと思う有権者もいると思う。まあ、もう一皮二皮向ける必要があると思うが、まずは野党が弱いところをじっくり巡って、今回の選挙の教訓を伝授して欲しいと思う。