尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

岩波ホールの閉館を聞くーずっと見てきた世界中の映画

2022年01月11日 22時51分54秒 | 社会(世の中の出来事)
 東京・神保町交差点の岩波神保町ビル10階の「岩波ホール」が閉館するという。朝日新聞のウェブニュースには「ミニシアターの先駆けで、半世紀以上の歴史を持つ「岩波ホール」(東京都千代田区)が7月29日に閉館する。同ホールが11日、公式サイトで発表した。「新型コロナの影響による急激な経営環境の変化を受け、劇場の運営が困難と判断いたしました」という。」と出ている。その公式サイトには先ほどから何度かトライしているが接続できていない。驚いて見ている人がいっぱいいるんだろう。
(岩波ホール)
 岩波ホールと言えば、今では映画館という印象が強いが、もともと1968年に作られた時は多目的だった。1974年から川喜多かしこ高野悦子による「エキプ・ド・シネマ」という組織が作られ、映画上映を始めた。一番最初はインドのサタジット・レイ監督「大河のうた」だった。これは1965年にATGで公開された「大地のうた」の続編である。僕は前編を見てないのに続編から見るのもどうかと思って、その最初の上映は行ってない。その後、3作目の「大樹のうた」を合わせて三部作をまとめて上映したので、その時に見た覚えがある。僕が初めて岩波ホールで見たのは、2作目のエジプト映画「王家の谷」である。
(岩波ホール壁面には今までの上映映画のチラシが)
 その時は僕は浪人生だったが、お茶の水の予備校に行っていたから岩波ホールは行きやすい。(ちなみにアテネ・フランセ文化ホールはもっと行きやすい。予備校をサボってアート映画を見たりしていた。)そして「エキプ・ド・シネマ」の会員になってしまった。それ以来、2年ごとの更新をマメに続けてきたから、僕は第1期からの連続会員なのである。会員になっている映画館も多かったが、映画館以外も含めて減らしてきた。しかし、何となく岩波ホールは継続してしまう。最近はそんなに行ってないんだけど。

 岩波ホールの絶頂期は、1978年から1980年だろう。1978年公開のヴィスコンティ「家族の肖像」は大ヒットし、ベストワンになった。1979年のギリシャのテオ・アンゲロプロス監督「旅芸人の記録」もベストワン。2位には「木靴の樹」(エルマンノ・オルミ)が入った。他にも「女の叫び」「奇跡」「プロビデンス」とキネ旬ベストテンの半数が岩波ホール上映作品だった。1980年の「ルードヴィヒ神々の黄昏」(ヴィスコンティ)が2位。ポーランドのアンジェイ・ワイダ監督の「大理石の男」が4位である。

 イタリアのルキノ・ヴィスコンティはここからブームになった。ワイダ監督の作品はほぼ岩波ホールで公開され、単なる映画を越えてポーランドの民主化の声を伝えた。その中でも作品的には僕は「旅芸人の記録」に一番驚いたものだ。何しろ4時間を越える作品だから、当時の状況では他では上映出来なかったと思う。その後、アンゲロプロス作品はシャンテ・シネなどで公開されるようになった。つまり岩波ホールでヨーロッパの最新アート映画に触れた観客が育っていたのである。
(旅芸人の記録)
 それが80年代以後の「ミニシアター・ブーム」と言われたものだろう。シネマライズ渋谷など代表的なミニシアターも閉館してしまい、「元祖」の岩波ホールもなくなってしまう。しかし、今では世界で評価された映画は大体他でも上映出来るようになった。岩波ホールのラインナップはむしろおとなしくなってしまって、最近は「良心作」に偏っていたと思う。それに椅子が小さいからつらい。僕は劇場、寄席などに行くたび書いているが、大手シネコンのゆっくり座れる椅子に比べると、背もたれが小さい岩波ホールはつらいのである。最近ではチリのドキュメンタリー映画の巨匠パトリシオ・グスマンの映画を昨秋に見に行ったが、なかなかつらいものがあった。今から全面改修するわけにもいかないのだろう。
(高野悦子さん)
 岩波ホールにとって、支配人だった高野悦子さんの持っていた意味が大きい。高野さんが亡くなったのは、2013年のことだった。つい昨日のことのように思っていたら、ずいぶん前だったのに驚いた。当時「追悼・高野悦子」を書いた。映画の名前などは、そっちでいっぱい書いた。重なることも多いから、もう止めることにする。そこで書いたけれど、岩波ホールの上映作品の製作国を世界地図に塗っていけば、地図が大体埋まってしまう。知られざる国々の映画を上映してくれた功績は大きい。

 もう一つ、その時に書かなかったけれど、東京国際映画祭と連動して「国際女性映画祭」を長く続けた。これは岩波ホールというより、高野さん個人の功績と言うべきで、岩波以外で上映した時もあったと思う。しかし、女性監督の作品、あるいは女性、高齢者の映画をたくさん上映したことも忘れられない。1月末からはジョージア映画祭が開催される。ジョージア(昔のグルジア)の映画を見たことがないという人はこの機会に見ておいた方がいい。二度と他ではやらないと思われる。まだ7月末まであるから、何回か行きたい。岩波ホールで映画を見て、新刊・古書を探して、カレーを食べて帰るというライフスタイルが消えるかと思うと残念。
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