尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「水俣病」と向き合う家族『風を打つ』、ー音無美紀子と太川陽介の名演

2024年07月18日 21時33分17秒 | 演劇
 トム・プロジェクトプロデュースの演劇公演『風を打つ』(ふたくちつよし作・演出)を亀戸文化センター・カメリアホールで見た。最近ライブ芸能は寄席ばかりになってるけど、ホントは演劇も見たい。しかし、見たい舞台ほど料金が高いうえに、僕が住んでる町から遠い。散々そんなことを書いてるが今度は東武線で行けて、しかも退職教員向けの機関誌に割引の案内が出ていた。(もっとも2回乗り換えないと行けないが。亀戸は例のつばさの党「選挙妨害事件」が起こった街である。)

 この作品は今回が4回目の上演で、主演している音無美紀子が、第74回(2019年)芸術祭優秀賞と第30回(2022年)読売演劇大賞優秀女優賞を受けたという。知らなかったんだけど、題材が水俣病なのに何で初演を見てないのか。音無美紀子は昔結構好きだったのに。夫役は太川陽介で、今やテレ東のバス旅の印象ばかり強いが、大昔のアイドル歌手である。リアルで見たことないから、ちょうど良い機会。難役を見事にこなす音無美紀子の名演に驚き感嘆した。音無が「ツッコミ」で、太川陽介は「受け」の演技になるが、こちらも見事に夫婦の時間を感じさせる。ラストに太鼓の実演シーンもあって見ごたえがあった。

 ホームページから、どんな話か紹介する。「1993年水俣。あの忌まわしい事件から時を経て蘇った不知火海。かつて、その美しい海で漁を営み、多くの網子を抱える網元であった杉坂家は、その集落で初めて水俣病患者が出た家でもあった...。...長く続いた差別や偏見の嵐の時代...。やがて、杉坂家の人々はその嵐が通り過ぎるのを待つように、チリメン漁の再開を決意する。長く地元を離れていた長男も戻ってきた。しかし...本当に嵐は過ぎ去ったのか?家族のさまざまな思いを風に乗せて、今、船が動き出す...。生きとし生けるものすべてに捧ぐ、ある家族の物語。」

 これじゃ今ひとつ判らないが、昔網元だった杉坂家の物語である。舞台には居間とその隣の仏壇がある部屋がある。手前(観客側)が海という設定で、天気はホリゾントで表わされる。夫が新聞を読み、遠くで妻の電話の声が聞こえる。それがまた大声なのである。実は東京へ出ていた長男が帰ってくるという。次第に判ってくるが、二人が1959年に結婚したとき、夫は20歳、妻は21歳だった。妻が網元の一人娘で、網子だった夫が求婚したのである。そして男の子ばかり5人生まれた。しかし、4人は水俣を去り都会へ行った。「水俣病」という重さを避けたのかもしれない。3男のみが残って両親と海に出ている。
(ふたくちつよし)
 作者のふたくちつよし(二口剛)作品は初めて見るが、市井の人々の葛藤をさりげないユーモアで描き出す芝居が多いという。母親は今まで語らなかった水俣病の体験を自分の口で語り始めている。しかし、電話や手紙で「寝た子を起こすな」という匿名の脅迫も寄せられている。そういう「外部」の悪意が家族を引き離してきた。母は病気を抱えて、新しい歩みを始めたいが、重いものを背負わされてきた長男はなかなか納得できない。長男が何故家を出たか、そして何故帰ってきたのか。親と子の葛藤が見事に形象化される。一緒に帰ってきた長男の妻が出来過ぎな感じだが、そういう人がいないと話がまとまらないだろう。
(音無美紀子・若い頃)
 音無美紀子が演じる杉坂栄美子は、もともと網元の娘でリーダーとして育成された。地声も大きいし、感情的な起伏も激しい。普段は元気だが、疲れて調子が落ちてくると水俣病のしびれや目まいの症状がひどくなる。その病状を演じわけながら、快活な人柄を印象付ける。そういう難役をまさにそんな人がいるかのように演じている。夫の孝史はその妻を支えてきた長い時間を太川陽介の存在感が表わしている。見ていて栄美子には危なっかしさもあるが、太川陽介の存在が安定感を与えている。太川陽介はうまいのかどうか判断が難しいけど、やはり存在感が大きいなあと思った。
(太川陽介・若い頃)
 ところで、劇内の時間から30年以上経つが、今も水俣病問題の完全解決には至ってない。いや「問題としては終わっている」という判断もあるのかもしれないが、「病気」というものは奥が深く全貌がはっきりしない。原一男監督のドキュメンタリー映画『水俣曼荼羅』を見ても、まだまだ解明されていない論点が様々にあることが判る。『風を打つ』は家族を描くウェルメイド・プレイ(良く出来た芝居)だが、構造としては世界の様々な問題と重なる。世界の大きな矛盾は「家族」に圧縮されて現れ、その時には家族の弱い部分に特に重圧がかかる。そんなことを考えながら見た舞台だった。
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