山崎エマ監督『小学校~それは小さな社会~』という映画が評判になっている。まだ東京の一部映画館などに上映が限られているが、これから各地で上映が進んで行く予定である。この映画は東京都世田谷区の公立小学校に密着取材して、「日本の初等教育」を見つめた映画だ。700時間の撮影を行い、監督自身は4000時間も現場の学校に滞在したという。そこから99分の映画に凝縮したわけだが、その結果感動的で興味深い子どもたちの様子が見えてくる。また2021年度という「コロナ禍の学校」、先生たちが毎朝消毒し、子どもたちは「黙食」し、宿泊行事が中止になるという苦難を永遠に留める映画にもなった。
山崎エマ監督は、イギリス人の父と日本人の母の間に生まれ、大阪の公立小学校を卒業した。その後、中高はインターナショナル・スクールに通って、アメリカの大学へ進学した。ニューヨークに暮らしながら彼女は、自身の“強み”はすべて、公立小学校時代に学んだ“責任感”や“勤勉さ”などに由来していることに気づいたという。そこで公立小学校を長期取材しようと試み、世田谷区の学校で可能になった。小学1年生を撮影するために、事前に入学前から子どもたちや家族を取材している。その結果、「入学式から卒業式まで」、桜に始まり雪で終わる「日本の四季」を背景にした日本の教育を「物語」として見事に編集している。実に見事で、面白くて、考えさせられることが多い。「映画」「教育」という枠を越えて多くの人に見て欲しい。
この映画の特徴は「特活」を日本の教育の特徴としてとらえていることだ。ホームページには「本作には、掃除や給食の配膳などを子どもたち自身が行う日本式教育「TOKKATSU(特活)」──いま、海外で注目が高まっている──の様子もふんだんに収められている。日本人である私たちが当たり前にやっていることも、海外から見ると驚きでいっぱいなのだ」とある。掃除や給食もあるけれど、それ以上に「行事」や「児童会活動」が取り上げられている。例えば「放送委員」の活動。まるで一組の男女児童が毎日やってるように見えるけど、実は毎日違った5組の児童が担当しているという。全員撮ったけど、結果的にある一組だけになったのは、運動会の縄跳びが不得意な子どもがどうなるかという「絵になる」シーンが撮れたからである。
特活というのは「特別活動」の略で、小学校学習指導要領では「学級活動」「児童会活動」「クラブ活動」「学校行事」に分れている。中高ではクラブ活動がなく、残りの3つだけ。(「学級活動」は高校では「ホームルーム活動」、「児童会活動」は中高では「生徒会活動」。)ちなみに「学校行事」は「儀式的行事」「文化的行事」「健康安全・体育的行事」「遠足・集団宿泊的行事」「勤労生産・奉仕的行事」に分れている。清掃や給食当番は「学級活動」の中に明記されている。学校で掃除をするのは、何も「日本人の勤勉さ」「日本文化の特色」だけではなく、法的拘束力がある指導要領に書かれているからである。
僕も特別活動は非常に大切だと教師時代に思って仕事をしていた。僕の場合、自分の関心と経験から「旅行行事」を担当することが多く、自分でも面白かった。映画を見てれば判るが、行事の面白さは子どもたちの日常とは違った顔を見られるところにある。思った以上の頑張りや思いやり、連帯感などが発露され、教師も感動する瞬間があるのである。この映画を見て、「教師の大変さ」だけでなく「教師の魅力」も感じ取って欲しいと思う。しかし、この映画には出て来ない部分もある。
僕は最後に夜間定時制高校や三部制高校に勤務して、「特活」以前に「学校にきちんと来て授業を受ける」ことの重大性を痛感した。やはり学校の中心は「授業」であり、「進路」である。公立小の生徒はかつてはほとんどが地域の中学に進学するものだった。しかし、都立中高一貫校設置以後、小学生も公私の中高一貫校を受験する児童が多くなった。世田谷区は地域的にも私立学校が多く、かなりの児童が私立受験をすrんじゃないか。しかし、6年生を撮影しながら「進路活動」が全く出て来ない。日本人観客からすれば、むしろ進路をめぐって葛藤する様子こそ知りたいことなんじゃないか。
また小学校教育としては、2020年から英語教育が必修教科となったという大変化があった。教師として英語にどのように取り組むか、試行錯誤していたはずである。もちろん小学1年生にはまだ関係ないけれど、6年生にとっては非常に大きな問題だろう。その問題も全く出て来ない。もちろん映画は作る側が自由に課題を設定して編集するわけだが、あえて描かなかった面がたくさんあることも考えておくべきだ。そして中学や高校になると、果たしてこういう取材を受けてくれる学校が見つかるか。中高教員からすれば、小学校がうらやましい感じもするんじゃないか。それはともかく「公立学校はおかしい」などと自分は私立に行ってたのに平気で語る政治家にこそ、この映画を見て欲しいものだと思う。