「明治日本の産業革命遺産」への疑問の2回目。この問題に関しては、僕は根本的な疑問を持っているが、それは次回に回して、今回は推薦に至る経緯に関しての疑問を書く。本来は今年は違う世界遺産が登録されるはずだったのである。それは「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」である。だが、こちらは1年先送りにされ、来年度に登録が期待される段階にある。だから、まあ特に騒がれていないけど、もともとこの問題はどうも不思議な経過をたどってきた。
「世界遺産」とはユネスコ(UNESCO=国連教育科学文化機関)に登録されるだけである。ユネスコが直接守ってくれるわけではない。世界遺産条約に加盟する各国は、登録された資産を保護していく責任がある。これを逆に言えば、当該国で保護する仕組みが出来ていないものは、世界遺産に登録されない。日本の文化財保護行政は長い歴史があるが、芸術的、学術的な価値が高いものは、国宝や重要文化財に指定される。あるいは、史跡(特に優れたものは特別史跡)、名勝(特に優れたものは特別名勝)に指定される。「日本の世界文化遺産」としてまず思い出す姫路城、法隆寺、奈良や京都の寺社、日光東照宮、宮島(厳島神社)など、みな国宝に指定されている。
「原爆ドーム」に関しては、世界遺産に推薦しようという動きが出てきたときには、文化財保護の対象にはなっていなかった。「原爆ドーム」だからではなく、まだ昭和の戦跡に関しては、時間の経過が短すぎて歴史的な保護の対象と考えられなかった時代なのである。しかし、1995年に文化庁が文化財保護法の「史跡名勝天然記念物指定基準」を変えて、登録できるような仕組みを作って、史跡に指定した。その結果、国内法で保護されているという基準をクリアーして、世界遺産に推薦できるようになった。この推薦に至る道筋は、誰もが納得できるのではないか。
文化財保護法に基づき国宝や史跡等を指定するが、文部科学大臣や文化庁長官が勝手に決めるのではなく、「文化審議会」で議論している。文化審議会は、2001年に国語審議会、著作権審議会、文化財保護審議会、文化功労者選考審査会をまとめて作られた。20世紀中は文化財保護審査会の担当だった。審議会の下に「世界文化遺産・無形文化遺産部会」があり、ここで世界遺産に推薦するかどうかの議論を行う。今までの世界文化遺産は全部それで決まってきた。今回も文化審議会では先ほど述べた「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が推薦されていた。
本来ならそれで決まりである。しかし、今回は「明治日本の産業革命遺産」が割りこんできた。なんでこっちは文化審議会の対象にならないのか。それは「文化財として保護されていない資産」が含まれているのである。それは「稼働資産」である。現に今も使われているという意味である。史跡、重要文化財等に指定されると、現状変更が厳しく制限される。工場などの場合は所有者の了解が得られない場合が多い。今回の遺産候補の中では、八幡製鉄所の旧本事務所、三池港、三菱長崎造船所第三ドックなど10カ所以上もの稼働資産が含まれている。これらは文化財保護法上の保護対象になっていない。だから、本来ならいくら議論しても世界遺産には推薦されるはずがないのである。
(三池港)
じゃあ、どうしたのか。内閣官房の「地域活性化統合事務局」内に「産業遺産の世界遺産登録推進室」を置き、「稼働資産を含む産業遺産に関する有識者会議」を作ったのである。安倍内閣が「松下村塾」を優先させたのかと思うと、それは違う。民主党内閣時代の規制緩和政策だった。2010年10月21日に「産業遺産の世界遺産登録に向けた文化財保護法中心主義の廃止」を決めたのは菅内閣である。「近代化遺産」を世界遺産に推すのはいいが、一体どうやって文化財を保護するのか。それは景観法や港湾法、公有水面埋立法などを適用するらしい。
(三菱長崎造船所第三ドック)
かくして、世界遺産候補として、文化審議会のキリスト教遺産、内閣官房の産業革命遺産の二つがバッティングしてしまった。当時、下村文科相などは文化審議会の推薦を優先するように発言している。必ずしも安倍政権内が統一されていのかどうかわからないが、2013年9月に産業革命遺産を優先してユネスコに推薦することが安倍内閣で決定された。当時の新聞記事をあたっても、「なぜ産業革命遺産が優先されたか」はよく判らない。まあ、せっかくそういう仕組みを作った以上、こっちを先にという流れがあったのか。それとも首相の意向があったのか。今はよく判らない。
今になって思うと、この仕組みはやっぱり無理があったのではないか。文化財保護法で保護されていないのはおかしい気がする。今回の候補の中でも、松下村塾、グラバー邸、韮山反射炉、鹿児島の集成館などは史蹟や重要文化財に指定されている。それに対し、ネットで検索した情報では、やはり稼働資産は公開・見学に無理がある。世界遺産と言えば、どこも観光客が殺到している。見たいと思うのは当然だ。だけど、八幡製鉄所の旧本事務所などは、80mも離れたところからしか見学できず、写真撮影も禁止なんだという。「旧本事務所エリアには機密性の高い工場がある」というのが、会社側の言い分らしいが、これでは世界遺産に登録する意味がないではないか。ただ、今回の世界遺産問題ではもっと根本的な問題がある。「日本の産業革命をどう考えるのか」という問題である。それは次回に。
「世界遺産」とはユネスコ(UNESCO=国連教育科学文化機関)に登録されるだけである。ユネスコが直接守ってくれるわけではない。世界遺産条約に加盟する各国は、登録された資産を保護していく責任がある。これを逆に言えば、当該国で保護する仕組みが出来ていないものは、世界遺産に登録されない。日本の文化財保護行政は長い歴史があるが、芸術的、学術的な価値が高いものは、国宝や重要文化財に指定される。あるいは、史跡(特に優れたものは特別史跡)、名勝(特に優れたものは特別名勝)に指定される。「日本の世界文化遺産」としてまず思い出す姫路城、法隆寺、奈良や京都の寺社、日光東照宮、宮島(厳島神社)など、みな国宝に指定されている。
「原爆ドーム」に関しては、世界遺産に推薦しようという動きが出てきたときには、文化財保護の対象にはなっていなかった。「原爆ドーム」だからではなく、まだ昭和の戦跡に関しては、時間の経過が短すぎて歴史的な保護の対象と考えられなかった時代なのである。しかし、1995年に文化庁が文化財保護法の「史跡名勝天然記念物指定基準」を変えて、登録できるような仕組みを作って、史跡に指定した。その結果、国内法で保護されているという基準をクリアーして、世界遺産に推薦できるようになった。この推薦に至る道筋は、誰もが納得できるのではないか。
文化財保護法に基づき国宝や史跡等を指定するが、文部科学大臣や文化庁長官が勝手に決めるのではなく、「文化審議会」で議論している。文化審議会は、2001年に国語審議会、著作権審議会、文化財保護審議会、文化功労者選考審査会をまとめて作られた。20世紀中は文化財保護審査会の担当だった。審議会の下に「世界文化遺産・無形文化遺産部会」があり、ここで世界遺産に推薦するかどうかの議論を行う。今までの世界文化遺産は全部それで決まってきた。今回も文化審議会では先ほど述べた「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が推薦されていた。
本来ならそれで決まりである。しかし、今回は「明治日本の産業革命遺産」が割りこんできた。なんでこっちは文化審議会の対象にならないのか。それは「文化財として保護されていない資産」が含まれているのである。それは「稼働資産」である。現に今も使われているという意味である。史跡、重要文化財等に指定されると、現状変更が厳しく制限される。工場などの場合は所有者の了解が得られない場合が多い。今回の遺産候補の中では、八幡製鉄所の旧本事務所、三池港、三菱長崎造船所第三ドックなど10カ所以上もの稼働資産が含まれている。これらは文化財保護法上の保護対象になっていない。だから、本来ならいくら議論しても世界遺産には推薦されるはずがないのである。
(三池港)
じゃあ、どうしたのか。内閣官房の「地域活性化統合事務局」内に「産業遺産の世界遺産登録推進室」を置き、「稼働資産を含む産業遺産に関する有識者会議」を作ったのである。安倍内閣が「松下村塾」を優先させたのかと思うと、それは違う。民主党内閣時代の規制緩和政策だった。2010年10月21日に「産業遺産の世界遺産登録に向けた文化財保護法中心主義の廃止」を決めたのは菅内閣である。「近代化遺産」を世界遺産に推すのはいいが、一体どうやって文化財を保護するのか。それは景観法や港湾法、公有水面埋立法などを適用するらしい。
(三菱長崎造船所第三ドック)
かくして、世界遺産候補として、文化審議会のキリスト教遺産、内閣官房の産業革命遺産の二つがバッティングしてしまった。当時、下村文科相などは文化審議会の推薦を優先するように発言している。必ずしも安倍政権内が統一されていのかどうかわからないが、2013年9月に産業革命遺産を優先してユネスコに推薦することが安倍内閣で決定された。当時の新聞記事をあたっても、「なぜ産業革命遺産が優先されたか」はよく判らない。まあ、せっかくそういう仕組みを作った以上、こっちを先にという流れがあったのか。それとも首相の意向があったのか。今はよく判らない。
今になって思うと、この仕組みはやっぱり無理があったのではないか。文化財保護法で保護されていないのはおかしい気がする。今回の候補の中でも、松下村塾、グラバー邸、韮山反射炉、鹿児島の集成館などは史蹟や重要文化財に指定されている。それに対し、ネットで検索した情報では、やはり稼働資産は公開・見学に無理がある。世界遺産と言えば、どこも観光客が殺到している。見たいと思うのは当然だ。だけど、八幡製鉄所の旧本事務所などは、80mも離れたところからしか見学できず、写真撮影も禁止なんだという。「旧本事務所エリアには機密性の高い工場がある」というのが、会社側の言い分らしいが、これでは世界遺産に登録する意味がないではないか。ただ、今回の世界遺産問題ではもっと根本的な問題がある。「日本の産業革命をどう考えるのか」という問題である。それは次回に。
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