女優月丘夢路(1921~2017)と監督井上梅次(1923~2010)夫妻の特集が国立映画アーカイブで開催されている。7階の展示室で「月丘夢路 井上梅次 100年祭」が展示され、同時に大ホールで二人の映画が上映されている。この二人は長く映画に関わったが、一番の活躍時期は1950年代から60年代前半ぐらいだった。井上監督は日活や大映などで多くの映画を作ったが、すべてが娯楽作品である。ビデオもDVDもない時代には、見る機会がほとんどなかった。近年昔の映画を上映する映画館が作られ、井上作品を見る機会も増えて来たが、それが非常に面白いのである。まさに「映画の職人」という感じ。
一方、月丘夢路は名前が示すように、宝塚出身。1937年に宝塚音楽歌劇学校に入学し、第27期生となった。これは越路吹雪や乙羽信子と同じである。戦時中から映画に主演し、1943年に正式に退団した。在学中から大変な美人とうたわれ、いじめられるほどだったとウィキペディアに出ている。娘役で人気を博し、宝塚百年(2014年)に作られた『宝塚歌劇の殿堂』最初の100人に選ばれている。と言うようなことは調べて知ったことで、僕が映画を見るようになった70年代には映画やテレビでもう脇役だった。そんなすごい美人女優で大人気だったなどということは、映画史的知識としてしか知らないことである。
今回初めて1942年の大ヒット作『新雪』(五所平之助監督)を見たが、月丘夢路の素晴らしい魅力に驚いた。僕はこの映画を母親が好きだったと聞いていて一度見たいと思っていた。しかし、フィルムがないとされて、長く見られなかった。ソ連崩壊後にロシアで短縮版が発見され、今回見たのはそれだろう。オリジナル124分のところ84分になっている。しかし、基本的なストーリーは理解可能。この映画は灰田勝彦が歌ったテーマ曲がヒットしたことでも知られる。「新雪」と言っても山奥の話ではなく、汚れなき純粋さといった意味なんだろう。大阪出身の作家藤澤恒夫が朝日新聞に連載した小説が原作で、連載中に太平洋戦争が勃発した。
(『新雪』の月丘夢路)
戦時下の阪急線御影駅(神戸市)付近が舞台になっている。「国民学校」教師の蓑和田良太(水島道太郎)と隣組の女医片山千代(月丘夢路)を中心に周囲の人物を描いている。チラシには蓑和田が「進歩的な教育理念を掲げる国民学校の教師」と紹介されているが、国民学校と改称されたので「皇国民錬成」に力を入れるべしというような「進歩的」である。しかし、子ども好きで木登りを勧めるような型破りの「快男児」。一方片山千代も当時は珍しい女性眼科医で、戦時色が濃いながらも六甲山麓の爽やかな青春映画になっている。神戸の高羽国民学校で夏休みにロケされたが、この学校は阪神淡路大震災後に建て直されている。
(映画『火の鳥』、映画は白黒)
その前に『火の鳥』(1956年)を見た。井上監督、月丘主演映画で、月丘が新劇の大スター生島エミを貫禄で熱演している。伊藤整の原作(1953年)の映画化で、当時の大ベストセラーだった。戦前から詩人、小説家として知られた伊藤整は、1950年にD・H・ロレンス『チャタレー夫人の恋人』を翻訳したところ、わいせつ文書として起訴されて有名になった。エッセイ『女性に関する十二章』も売れて、50年代初期に伊藤整ブームが起こった。英文学者で純文学作家の伊藤整が売れたというのは、今では信じられない。今では忘れられた感があるが、非常に重要な作家だった。
(伊藤整)
バラ座の人気女優生島エミは情熱のまま生きてきた。父が英国人のハーフで、日本人の父から生まれた異父姉(山岡久乃)と大きな洋館で暮らしている。作家志望の杉山(三橋達也)を捨て、今は劇団を主宰する演出家の先生と愛人関係にある。「伯父ワーニャ」の打ち上げで、映画会社からあいさつされ心が揺れる。劇団は生島の人気で持っているが、劇団内には嫉妬もあり、新しいものにチャレンジしたいエミは映画界からのオファーに応じたい気持ちもある。だが先生は映画は娯楽重視で、我々が目指す芸術としては不足だと言う。そこら辺の映画と新劇の描き方が興味深く、打ち上げでロシア民謡で踊るのも「新劇」的。
(「伯父ワーニャ」を演じる月丘夢路)
映画『火の鳥』に出演が決まると、相手役にニューフェースの長沼敬一(仲代達矢)を抜てきする。これは実際に俳優座公演『幽霊』を見た月丘夢路が監督に進言したという。仲代達矢の本格的映画出演第一作で、若い頃の姿を見られる貴重な映画。海岸の船影で濃厚なキスをする場面を演じている。そこからエミは長沼を可愛がるようになり恋愛に発展、舞台公演の初日をすっぽかしてマスコミで大きく騒がれる。しかし、長沼は砂川闘争(を連想させる左翼運動)に参加して逮捕され、映画会社はクビになった。そこで在学中の大学劇団に戻り、その公演に生島エミに出て欲しいと頼む。
このように当時の映画演劇界の裏を見せてくれ風俗映画としても興味深い。新劇から来たエミに「北原君の誕生パーティー」で皆に紹介しようという場面があり、北原三枝のパーティーになる。長門裕之と芦川いづみが踊ったりして、非常に貴重な場面になっている。そういう裏話的シーンが面白く、「情熱の女」を描くというテーマは今からすると中途半端かもしれない。だけど様々な意味で映画史的に貴重な存在だ。実は去年昔の映画を特集上映するシネマヴェーラ渋谷で月丘夢路や井上梅次監督の特集が行われた。月丘特集は何本か見て『火の鳥』もその時見るつもりだったが、母親が突然入院してしまって不可能になった。一年越しに見ることが出来て宿題を片付けた感じがする。
井上梅次監督は60年代以後香港に招かれ、10本以上監督している。その中から『香港ノクターン』という映画が上映されるのも興味深い。ところでこの人には問題もあって、80年代に作られた一番最後の2本は統一協会や勝共連合が関わった映画なのである。月丘夢路もその頃よくやっていた「一和の高麗人参茶」のテレビCMに出ていたという。そうか、あれが月丘夢路だったのか。広島出身で近年は『ひろしま』(1953)の教師役が再評価されているが、そういうこともあったのである。この前見た『君の名は』でも後宮春樹の姉役で3本とも出ていたから、昔はホントに人気があったのだろう。
一方、月丘夢路は名前が示すように、宝塚出身。1937年に宝塚音楽歌劇学校に入学し、第27期生となった。これは越路吹雪や乙羽信子と同じである。戦時中から映画に主演し、1943年に正式に退団した。在学中から大変な美人とうたわれ、いじめられるほどだったとウィキペディアに出ている。娘役で人気を博し、宝塚百年(2014年)に作られた『宝塚歌劇の殿堂』最初の100人に選ばれている。と言うようなことは調べて知ったことで、僕が映画を見るようになった70年代には映画やテレビでもう脇役だった。そんなすごい美人女優で大人気だったなどということは、映画史的知識としてしか知らないことである。
今回初めて1942年の大ヒット作『新雪』(五所平之助監督)を見たが、月丘夢路の素晴らしい魅力に驚いた。僕はこの映画を母親が好きだったと聞いていて一度見たいと思っていた。しかし、フィルムがないとされて、長く見られなかった。ソ連崩壊後にロシアで短縮版が発見され、今回見たのはそれだろう。オリジナル124分のところ84分になっている。しかし、基本的なストーリーは理解可能。この映画は灰田勝彦が歌ったテーマ曲がヒットしたことでも知られる。「新雪」と言っても山奥の話ではなく、汚れなき純粋さといった意味なんだろう。大阪出身の作家藤澤恒夫が朝日新聞に連載した小説が原作で、連載中に太平洋戦争が勃発した。
(『新雪』の月丘夢路)
戦時下の阪急線御影駅(神戸市)付近が舞台になっている。「国民学校」教師の蓑和田良太(水島道太郎)と隣組の女医片山千代(月丘夢路)を中心に周囲の人物を描いている。チラシには蓑和田が「進歩的な教育理念を掲げる国民学校の教師」と紹介されているが、国民学校と改称されたので「皇国民錬成」に力を入れるべしというような「進歩的」である。しかし、子ども好きで木登りを勧めるような型破りの「快男児」。一方片山千代も当時は珍しい女性眼科医で、戦時色が濃いながらも六甲山麓の爽やかな青春映画になっている。神戸の高羽国民学校で夏休みにロケされたが、この学校は阪神淡路大震災後に建て直されている。
(映画『火の鳥』、映画は白黒)
その前に『火の鳥』(1956年)を見た。井上監督、月丘主演映画で、月丘が新劇の大スター生島エミを貫禄で熱演している。伊藤整の原作(1953年)の映画化で、当時の大ベストセラーだった。戦前から詩人、小説家として知られた伊藤整は、1950年にD・H・ロレンス『チャタレー夫人の恋人』を翻訳したところ、わいせつ文書として起訴されて有名になった。エッセイ『女性に関する十二章』も売れて、50年代初期に伊藤整ブームが起こった。英文学者で純文学作家の伊藤整が売れたというのは、今では信じられない。今では忘れられた感があるが、非常に重要な作家だった。
(伊藤整)
バラ座の人気女優生島エミは情熱のまま生きてきた。父が英国人のハーフで、日本人の父から生まれた異父姉(山岡久乃)と大きな洋館で暮らしている。作家志望の杉山(三橋達也)を捨て、今は劇団を主宰する演出家の先生と愛人関係にある。「伯父ワーニャ」の打ち上げで、映画会社からあいさつされ心が揺れる。劇団は生島の人気で持っているが、劇団内には嫉妬もあり、新しいものにチャレンジしたいエミは映画界からのオファーに応じたい気持ちもある。だが先生は映画は娯楽重視で、我々が目指す芸術としては不足だと言う。そこら辺の映画と新劇の描き方が興味深く、打ち上げでロシア民謡で踊るのも「新劇」的。
(「伯父ワーニャ」を演じる月丘夢路)
映画『火の鳥』に出演が決まると、相手役にニューフェースの長沼敬一(仲代達矢)を抜てきする。これは実際に俳優座公演『幽霊』を見た月丘夢路が監督に進言したという。仲代達矢の本格的映画出演第一作で、若い頃の姿を見られる貴重な映画。海岸の船影で濃厚なキスをする場面を演じている。そこからエミは長沼を可愛がるようになり恋愛に発展、舞台公演の初日をすっぽかしてマスコミで大きく騒がれる。しかし、長沼は砂川闘争(を連想させる左翼運動)に参加して逮捕され、映画会社はクビになった。そこで在学中の大学劇団に戻り、その公演に生島エミに出て欲しいと頼む。
このように当時の映画演劇界の裏を見せてくれ風俗映画としても興味深い。新劇から来たエミに「北原君の誕生パーティー」で皆に紹介しようという場面があり、北原三枝のパーティーになる。長門裕之と芦川いづみが踊ったりして、非常に貴重な場面になっている。そういう裏話的シーンが面白く、「情熱の女」を描くというテーマは今からすると中途半端かもしれない。だけど様々な意味で映画史的に貴重な存在だ。実は去年昔の映画を特集上映するシネマヴェーラ渋谷で月丘夢路や井上梅次監督の特集が行われた。月丘特集は何本か見て『火の鳥』もその時見るつもりだったが、母親が突然入院してしまって不可能になった。一年越しに見ることが出来て宿題を片付けた感じがする。
井上梅次監督は60年代以後香港に招かれ、10本以上監督している。その中から『香港ノクターン』という映画が上映されるのも興味深い。ところでこの人には問題もあって、80年代に作られた一番最後の2本は統一協会や勝共連合が関わった映画なのである。月丘夢路もその頃よくやっていた「一和の高麗人参茶」のテレビCMに出ていたという。そうか、あれが月丘夢路だったのか。広島出身で近年は『ひろしま』(1953)の教師役が再評価されているが、そういうこともあったのである。この前見た『君の名は』でも後宮春樹の姉役で3本とも出ていたから、昔はホントに人気があったのだろう。
あまり面白いものではありませんでした。