尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『北条五代』(火坂雅史、伊東潤)を読むー北条氏の関東戦国史

2024年04月14日 22時35分29秒 |  〃 (歴史・地理)
 相変わらず新書を読んでるけど、その合間に歴史小説を読んだ。火坂雅志伊東潤氏の『北条五代』上下(朝日文庫)で、2020年に出た本が2023年10月に文庫化された。これは戦国時代の関東に覇を唱えた北条氏(後北条氏)の五代に及ぶ全歴史を書いた大河歴史小説である。何で共作になってるかというと、火坂雅志氏(1956~2015)が書き進めていたが、途中で惜しくも亡くなってしまった。そこで遺族の同意を得て伊東潤氏が書き継いだのである。火坂氏の担当分は、2代目の北条氏綱の嫡男、北条氏康の若い時期で終わっている。その後の関東制覇から豊臣秀吉に滅ぼされるまでを伊東氏が担当した。

 両者の共作は全く違和感がない。ただ火坂氏には伝奇的な描写もある一方、伊東氏部分は戦国大名同士の厳しいパワー・ポリティックスの印象が強い。火坂雅志氏は2009年の大河ドラマの原作となった『天地人』で知られる。上杉景勝の参謀格だった直江兼続を描く小説である。北条氏は上杉氏と何度も戦って、また時に同盟した。景勝は北条氏から謙信の養子となった景虎を破って家督を継いだ。今度は逆に北条氏を描いたわけである。(その時代の執筆は伊東氏だが。)上巻はほぼ勃興期に当たり、親会社(今川氏)から独立した子会社がどんどん発展していく時代を描いて、あっという間に読めてしまう。
(火坂雅志氏)
 関東戦国史に関しては、前に何度か書いたが、北条氏初期時代は『伊勢宗瑞を知ってるか』(2018.4.18)に書いた。伊勢宗瑞は初代の「北条早雲」である。北条を名乗ったのは2代目氏綱からだから、北条早雲という表現はおかしいが普通「北条早雲」で通している。大昔は独力で大名に成り上がったと思われていたが、今は室町幕府の被官だった伊勢氏出身と判明した。姉が今川家当主に嫁いでいて、御家騒動を収めるために伊勢盛時(早雲庵宗瑞)が駿河国に下向した。そのまま今川に仕えながら、半独立的立場で伊豆の堀越公方を滅ぼして戦国大名に名乗りを上げた。続いて隣国相模の小田原を乗っ取り本拠地とした。
(伊勢宗瑞=北条早雲)
 戦国時代を描いた歴史小説は無数にあるが、中央の「天下」をめぐる争いを描くことが多い。または信玄、謙信である。他の大名を描く小説は数は少ない。だから皆関東の戦国時代をよく知らない。関東の歴史ファンは本能寺の変の黒幕はいたかなどは熱く語れても、河越合戦とか国府台合戦のような関東の重大な戦いを知らないことが多い。下巻になると、氏康を中心に関東を席巻していく様子が描かれる。離合集散が複雑なので、どうしても判りにくくなる。それを伊東氏は人間関係を整理して判りやすく書いている。ただ北条氏の本だから、どうしても「北条中心史観」になるのはやむを得ない。

 北条氏から見れば、室町幕府の旧体制、鎌倉公方(分裂して古河公方と堀越公方)と関東管領上杉氏の対立は、旧時代の支配者間の争いである。その旧勢力間の無益な争いで関東の領民は苦労させられている。そこを北条氏が関東を支配し「善政」を布くことにより平和と繁栄がもたらされる。そう思って関東統一に励んでいると書かれているが、昔からの在地領主からすれば北条氏も侵略者でしかないだろう。上野(群馬県)の領主は山内上杉氏が没落した後に北条、武田、上杉が入り乱れ、迷惑でしかなかっただろう。この本だけ読んでると北条中心に見てしまうが、真田氏や結城氏などから見ればまた違って見えてくるはずだ。
(伊東潤氏)
 さて東国が武田、上杉、北条などが複雑に合従連衡を繰り返す間に、中央では織田信長の勢力が強くなり、ついには武田氏が滅亡するに至る。北条は織田信長、続く豊臣秀吉にどのように対応すれば良かったのか。もう結果を知っている我々からすれば、読む意味もない感じがするかもしれない。だが当事者は時代の行く末を知らない。それは現代を生きる我々が米中関係がどうなるかなど判らないままあれこれ考えるのと同じだ。その時代に巡り合ってしまった四代氏政五代氏直の悩みは深い。彼らの苦悩は小説を越えて、「リーダーはいかにあるべきか」を現代人にも問う。上に立つ立場の人は是非読んで欲しい小説だ。
(北条氏康)
 九州には島津、大友、龍造寺などの戦国争乱があったが、僕はあまり知らない。四国や東北も興味深いけどあまり知らない。そういう地域の戦国を研究する人もいて、その大名を描く小説もあるだろう。だが自分は関東地方に住んでいて、江戸時代には日本全体の中心地になるというのに、ちょっと前の時代のことを知らないのはおかしい。そう思って関東の戦国に関する本を読んでるわけ。今後、後北条氏を簡単に知るには最適の本になるだろう。ただ最近注目されている北条氏の在地支配の仕組みなどは出て来ない。その意味ではやはり研究書も読む必要があるんだろう。

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