尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

山竹伸二「こころの病に挑んだ知の巨人」

2018年09月26日 23時18分33秒 | 〃 (さまざまな本)
 2018年1月にちくま新書から出た山竹伸二こころの病に挑んだ知の巨人」という本の紹介。書き残してるなあと思う問題がいくつかあり、この本のことはその一つ。ただこの本の評価は僕の手に余る。だから書くかどうか考えていたんだけど、簡単に紹介しておこうかなと思った。

 この本は簡単に言うと、森田正馬(まさたけ)、土居健郎(たけお)、河合隼雄木村敏(びん)、中井久夫という5人の精神科医心理臨床家の考えたこと、取り組んだことを彼らの書いたものをていねいに読み込んでたどった本である。もともとは朝日カルチャーセンター横浜の講座で、その時は10人を取り上げたという。他に誰がいたのか気になるが、この本で取り上げられた5人は精神医学に関心がない人でも名前を聞いたことがあるような人である。

 山竹伸二(1965~)という人は初めて読むけど、肩書は評論家。「哲学・心理学の分野で批評活動を展開している」と紹介文に書いてある。「『認められたい』の正体」(講談社現代新書)、「子育ての哲学」(ちくま新書)、「心理療法の謎」(河出ブックス)、「フロイト思想を読む」(共著、NHKブックス)の4冊の著書があると書いてある。全然知らなかった人だけど、本の名前を見れば関心領域が何となく判る。僕はあまり判らないけど、なんで買ったのかというと、心理療法への関心というより、一種の日本社会論日本思想史でもあるなと感じたからだ。

 叙述は判りやすいと思ったけど、内容が難しいのでどこまでわかったのか、自分で判断が難しい。精神医療の世界では、アメリカ精神医学会の「DSM」(精神障害の診断と統計マニュアル)の大きな影響があり、ある種マニュアル的な薬物療法が中心になっていると言われる。特に2013年に発表された第5版(DSM5)が現在の治療の中心になっているとよく言われている。薬物で確かに効果が上がるのだから、やはり精神疾患も物質的な根拠のある病には違いない。

 一方、その結果として心理療法のそれまでの苦闘が忘れられていいのかというのが著者の考えだと思う。土居健郎の「『甘え』の構造」は70年代に一世を風靡したが、中根千枝の「タテ社会の人間関係」のような日本社会論として読まれた。僕も土居氏は社会学者かと思い込んでいたが、このような臨床の背景があって「甘え理論」が生み出されたかと興味深かった。戦前の森田正馬は今も「森田療法」で知られるが、どういう人か知らなかった。森田は自他の臨床経験を突き詰めたけれど、「関係論」が弱いというのはなるほどと思った。

 70年代以後に名前をよく聞いた河合隼雄中井久夫も、背景となる理論とは別に、深い臨床経験からもたらされた共通点が多いという。河合隼雄はユング派で、「母性社会」として日本をとらえた。その妥当性はともかく、日本社会論としてきちんと考えるべき論点だと思う。同時代的にエッセイなどを読んできたので、全体像がよく判らない。一番興味深かったのが、元京大教授の木村敏(1931~)。「時間」の概念で心を深くとらえ、世界的にも評価が高いという。僕も名前は知ってたけど、読んだことがなく全然中身を知らなかった。

 統合失調症はさまざまな兆候(幻聴など)を「未来」としてとらえる。一方、うつ病は「過去」にとらえられた病で、その間に「現在」の病もあって、それが「躁病」だというのは、なかなか考えさせられる。僕には当否が判らないけど、人間論として多くの人が読んでもいいんじゃないか。それぞれの人の章から気になるフレーズを抜き出してみる。「〈気分本位〉と〈事実本位〉」「一般的存在様式としての『甘え』」「クライエントは自分で治るのか?」「うつ病の罪責感から見た日本人」「『あせり』から『ゆとり』へ」なんて、ちょっと読んでみたくならないか。

 最後にまとめとして「文化を超えた心の治療へ」という章がある。もう僕にはよく評価できないんだけど、なかなかスリリングなことが書いてあったと思う。中井久夫の章で、精神疾患、特に統合失調症は「発病」の論理はよく議論されてきたが、「寛解」の論理があまり重視されていないというのが印象的だった。身体的な病気、例えば糖尿病を例にとると、病後の生活改善なくして病気を語れない。精神疾患も薬物療法だけでは、病状を抑えることはできるが病をもたらしたものを理解することが再発を防ぐために大切だということかなと思う。
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