芥川賞や直木賞を受賞した作品ぐらい、文庫になれば読んでみたい。新人賞だから、気に入ればその後も読んでいく作家になる。最近の作品が何冊かまとまったので読んでみたが、直木賞では青山文平「つまをめとらば」が面白かった。芥川賞では柴崎友香「春の庭」の趣向、羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」の勢いも悪くはないけど、第152回受賞作、小野正嗣「九年前の祈り」がすごく面白かった。ついでに他の文庫本もまとめて読んでしまった。
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小野正嗣(おの・まさつぐ、1970~)は、作家ではあるけど、それ以前にフランス文学者で、立教大学教授である。そして今はすっかり「日曜美術館」の司会者のイメージが定着した。前任の井浦新が歴代最長の5年間も務めていたので、最初はどうかなと思わないでもなかったけれど、いつの間にか「藤田嗣治アタマ」の小野正嗣になんとなく馴染んでしまった。
小野正嗣の小説は「浦」と呼ばれるリアス式海岸の海辺の村が舞台となっている。全部読んでるわけじゃないけど、どうも全部がそうらしい。中上健次の紀州の「路地」や、大江健三郎の四国の森、あるいはフォークナーの「ヨクナパトーファ郡」を思い出したりするわけだが、激しいドラマの世界と言うより、マジックリアリズム的な手法も駆使して「世界の果て」が描かれている。
著者自身が大分県蒲江町(現佐伯市)の出身で、そこが舞台になっているのである。「蒲江」(かまえ)は大分県の一番南で、宮崎県に面したところ。今は北にある「佐伯」(さいき)と合併したが、小説では佐伯にあたる「町」と比べるように「浦」の過疎化が語られている。「日豊海岸国定公園」の一部で美しい海岸線が広がっている。「マリンカルチャーセンター」なんかの施設も作られている。小野氏は佐伯鶴城高校から東大に入り、フランス留学中に小説を書き始めた。
芥川賞受賞作「九年前の祈り」(2014)は、発達障害の子を抱えて「浦」に戻った若い母親「さなえ」の物語。彼女の結婚相手は日本文化に関心を持つカナダ人で、日本で暮らしていたが離婚した。その子希敏(ケビン)はものすごく可愛くて天使のようだけど、扱いが難しい。町にJETプログラム(外国語指導助手など)で来ていたジャックが町おこしのカナダツアーを企画し、さなえも参加したのが9年前。年長の女たちばかりに交じって外国へ行き、そこでジャックの友人と知り合う。
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こういうことを書いていても、この小説の魅力は伝わらない。その旅行でリーダー格だった渡辺ミツの子どもが大学病院に入院しているという。さなえもお見舞いに行こうと考えるというだけのような話なんだけど、ケビンの存在感が半端じゃない。いつも干渉がましい母親の描写も圧倒的にリアル。地方の町の人間関係がリアルに描かれ、そこに泣き叫ぶケビンちゃん。リアリズム小説なんだけど、カナダに話が飛んで「九年前の祈り」の意味が判るとそういう話かと思う。
ところが他の短編も読むと、最後の方になって短編が全部つながっていたことが判る。実は「九年前の祈り」でお見舞いに行こうとしていた相手、「タイコーさん」こそ、この連作小説の影の主人公だった。そうなって初めて著者のたくらみが判るが、実はその人こそ著者にとって「書かなければいけない人」だったのだ。最後の付録である芥川賞受賞スピーチを読むまで判らないけど。なるほどと深い感動が湧き起こる。そんな連作小説集だった。
一番面白かったのは、2002年の三島由紀夫賞受賞作「にぎやかな湾に背負われた船」。その前に書かれた「水に埋もれる墓」(朝日新人文学賞)と一緒に文庫化されている。なんだか判らないような「にぎやかな湾に背負われた船」こそ、マジックリアリズム的手法も使いながら、「浦」の歴史をさかのぼり「満州」や「朝鮮人強制連行」まで巻き込んで「もう一つの日本現代史」を紡ぐ。語り手は「浦」の駐在の中学生の娘で、複雑な人間関係を的確にさばいてゆく。
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他にも「獅子渡り鼻」(講談社文庫)、「残された者たち」(集英社文庫)が文庫化されている。どっちも子どもが主人公格で出てくる。なかなか面白いんだけど、この2冊はどうも消化不良な感じ。長くなるから細かく書かないけど、どの小説でも過疎化した「浦」で奇妙な出来事、奇妙な人々が不思議なドラマを繰り広げる。その他いくつかの小説があるが単行本では読んでない。三島賞、芥川賞は新人賞で、その次にある谷崎潤一郎賞や野間文芸賞などはまだ受賞していない。その意味ではまだ代表作は書かれていない。今後に期待して読んで行きたいなと思う作家だ。
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小野正嗣(おの・まさつぐ、1970~)は、作家ではあるけど、それ以前にフランス文学者で、立教大学教授である。そして今はすっかり「日曜美術館」の司会者のイメージが定着した。前任の井浦新が歴代最長の5年間も務めていたので、最初はどうかなと思わないでもなかったけれど、いつの間にか「藤田嗣治アタマ」の小野正嗣になんとなく馴染んでしまった。
小野正嗣の小説は「浦」と呼ばれるリアス式海岸の海辺の村が舞台となっている。全部読んでるわけじゃないけど、どうも全部がそうらしい。中上健次の紀州の「路地」や、大江健三郎の四国の森、あるいはフォークナーの「ヨクナパトーファ郡」を思い出したりするわけだが、激しいドラマの世界と言うより、マジックリアリズム的な手法も駆使して「世界の果て」が描かれている。
著者自身が大分県蒲江町(現佐伯市)の出身で、そこが舞台になっているのである。「蒲江」(かまえ)は大分県の一番南で、宮崎県に面したところ。今は北にある「佐伯」(さいき)と合併したが、小説では佐伯にあたる「町」と比べるように「浦」の過疎化が語られている。「日豊海岸国定公園」の一部で美しい海岸線が広がっている。「マリンカルチャーセンター」なんかの施設も作られている。小野氏は佐伯鶴城高校から東大に入り、フランス留学中に小説を書き始めた。
芥川賞受賞作「九年前の祈り」(2014)は、発達障害の子を抱えて「浦」に戻った若い母親「さなえ」の物語。彼女の結婚相手は日本文化に関心を持つカナダ人で、日本で暮らしていたが離婚した。その子希敏(ケビン)はものすごく可愛くて天使のようだけど、扱いが難しい。町にJETプログラム(外国語指導助手など)で来ていたジャックが町おこしのカナダツアーを企画し、さなえも参加したのが9年前。年長の女たちばかりに交じって外国へ行き、そこでジャックの友人と知り合う。
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こういうことを書いていても、この小説の魅力は伝わらない。その旅行でリーダー格だった渡辺ミツの子どもが大学病院に入院しているという。さなえもお見舞いに行こうと考えるというだけのような話なんだけど、ケビンの存在感が半端じゃない。いつも干渉がましい母親の描写も圧倒的にリアル。地方の町の人間関係がリアルに描かれ、そこに泣き叫ぶケビンちゃん。リアリズム小説なんだけど、カナダに話が飛んで「九年前の祈り」の意味が判るとそういう話かと思う。
ところが他の短編も読むと、最後の方になって短編が全部つながっていたことが判る。実は「九年前の祈り」でお見舞いに行こうとしていた相手、「タイコーさん」こそ、この連作小説の影の主人公だった。そうなって初めて著者のたくらみが判るが、実はその人こそ著者にとって「書かなければいけない人」だったのだ。最後の付録である芥川賞受賞スピーチを読むまで判らないけど。なるほどと深い感動が湧き起こる。そんな連作小説集だった。
一番面白かったのは、2002年の三島由紀夫賞受賞作「にぎやかな湾に背負われた船」。その前に書かれた「水に埋もれる墓」(朝日新人文学賞)と一緒に文庫化されている。なんだか判らないような「にぎやかな湾に背負われた船」こそ、マジックリアリズム的手法も使いながら、「浦」の歴史をさかのぼり「満州」や「朝鮮人強制連行」まで巻き込んで「もう一つの日本現代史」を紡ぐ。語り手は「浦」の駐在の中学生の娘で、複雑な人間関係を的確にさばいてゆく。
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他にも「獅子渡り鼻」(講談社文庫)、「残された者たち」(集英社文庫)が文庫化されている。どっちも子どもが主人公格で出てくる。なかなか面白いんだけど、この2冊はどうも消化不良な感じ。長くなるから細かく書かないけど、どの小説でも過疎化した「浦」で奇妙な出来事、奇妙な人々が不思議なドラマを繰り広げる。その他いくつかの小説があるが単行本では読んでない。三島賞、芥川賞は新人賞で、その次にある谷崎潤一郎賞や野間文芸賞などはまだ受賞していない。その意味ではまだ代表作は書かれていない。今後に期待して読んで行きたいなと思う作家だ。
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