音楽の喜び フルートとともに

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テレマンの縦横協奏曲

2021-10-11 22:33:18 | 名曲
里山は稲が実って、稲刈りの季節。

稲を刈った後

野焼き。
フルートは昔はフルートトラヴェルソ(横にしたフルート)と言って笛と言えばと言えばリコーダーのことでした。

フルートトラヴェルソ

長く存在しているにも関わらず、この二種類の楽器の合奏曲はあまり見当たらず。

同じような音域、音色なのでどちらも同じ楽譜で演奏していたのであえて指定がなかったのかも。

現存するテレマンの12の無伴奏ファンタジーなどは何曲かはリコーダーのために、何曲かはトラヴェルソのために作られたけれど、現在では、リコーダー奏者もフルート奏者も大切なレパートリーにしています。

その稀なる合奏曲がゲオルグ フィリップ テレマン(1681-1767年神聖ローマ帝国)

が作曲したものがあります。
この人は1700曲以上の曲を残しました。
楽譜の予約販売をして、人気でした。
隔週の購読誌を販売もして、前半を今週販売して後半は次の号でというやり方をしていました。

本当に人気があって、忙しく、テレマンが断った仕事にバッハがつくということもありました。

テレマンはとにかく現世の人々と交流し、流行を読み、楽しんだ人のように思います。86歳で亡くなるまで作曲をしていたそうです。

テレマンの縦横協奏曲TWV52-e1第4楽章



亜麻色の髪の乙女

2021-10-10 22:22:50 | 名曲
里山の秋は


ちょっとだけですが

拾ってきて、栗ごはん。
ほくほく❗香りもして美味しかったです。

秋の感じのする曲という曲をネットで探すと大きな確率で入っているのは、クロウド ドビュッシー(1862-1918年)
の「亜麻色の髪の乙女」
1910年ピアノソロのための「前奏曲集第一巻」の第8曲
フランスのル コンド リール(1815-1894年)パリの詩に着想を得て作曲されました。

この詩によると、

涼しい朝、歌っているのは誰?桜色の口唇の少女、明るい夏の太陽の中で、愛の天使がひばりと歌っていました。

あれ?夏の歌?
まあいいのです。

亜麻色というのは、麻の色、黄色がかった薄茶色。

シャンソン エコセーズ
スコットランドの詩の中の1つなので、清楚な少女のイメージを表現するために、シンプルなペンタトニック、ダイアトニックとモードを使用しています。


1864年イギリスの画家ワッツの描いた「選択」16歳のエレン テリーです。
スコットランドではありませんが
イメージとしては、こんな感じがします。



鉢かづき姫と六段の調べ

2021-10-09 22:22:12 | 音楽
「勝手に生えてきた。」と次男が旧宅の水鉢の花を見せてくれました。

これは?
チョウジタデかなぁ?
ヒレタゴボウに似ているけれど、葉が太い気がします。

寝屋川市に長く住んでいましたが、この前母の用事で市役所に行くと はちかづき姫のゆるキャラが迎えてくれました。

長谷川武次郎出版 明治20年ジェイムズ婦人訳

なぜ鉢かづき姫かというと、お伽草子という、室町、鎌倉時代に出来た物語集の中の一篇。
鉢かづき姫の父は、河内国交野郡の寝屋備中守藤原実高で寝屋の長者と呼ばれていました。

あれ?交野郡と言えば
寝屋川市、交野市、枚方市に渡っています。

交野は織物神社があるので織姫ちゃん、枚方市は天の川があるのでひこぼしくん。
で好きな人は織姫ちゃんなのでいいのだ。

藤原実高は1279年頃に実在した人物で1658年にお伽草子が出された時には屋敷跡が残っていたそうです。

現在は寝屋川市の公園になっています。
ここはちゃんと寝屋川市です。

鉢かづき姫のお話しは、藤原実高の娘 初瀬の母が長谷観音に娘の幸福をお参りすると、観音様が夢に出てきて鉢をさします。目覚めると鉢が残されていました。

この母が亡くなるときに、あろうことか娘の頭に鉢をかぶせます。
すると頭が抜けなくなってしまいました。

実高はその後、後妻を迎えますが、この継母 初瀬をいじめぬきます。
もう生きているのも嫌だと初瀬は川に身を投げます。
ところが鉢が川に浮かんで沈みません。
山陰の中将という公家に助けられ風呂焚きとして働きます。

よく働き気立ての良い初瀬に公家の四男宰相殿御曹司が見初め、結婚しようと中将に打ち明けます。

親族一同に反対され、兄たちの嫁と「嫁くらべ」して決めることになりました。


すると、鉢が転げ落ち、中から美しい姫が表れ、鉢の中から金銀財宝が出てきます。

不思議な幸運に一同喜びながらも、嫁くらべを行うと初瀬は学識、歌詠みなど非の打ち所がありません。
二人は結婚を赦され、子どももできて末長く幸せに暮らしました。

と、そこで終わりません。
長谷寺に行くと、お坊さんに出会います。その人は初瀬の父で、継母に追い出され、後悔して初瀬を探し回っていたというのです。

初瀬は父を引き取り、宰相は成人した息子の1人と父親に河内国交野を与えました。

さて、お伽草子は江戸初期まで、いろいろな版が存在します。
寝屋川市に伝わっている民話がHPに載っていました。
そこでは、「嫁くらべ」で、初瀬が琴を弾くシーンが詳しく出てきます。

六段の調べをみごとに弾き、兄嫁たちを圧倒した。と書いてありました。

作曲者の八橋検校は1614生-1685年没
1658年に初版だとすると六段の調べはかなり新しい。
流行の最先端?

八橋検校が活躍したのは摂津国だったので、不可能ではありません。

いや、1279年頃に存在していた藤原実高の娘の話しということならば、六段はいくらなんでも無理でしょう。

初版本には載っていません。
と言っても、お話しというのは、場所や時代によって尾ひれがつくのは当たり前。
これも鉢かづき姫。



美しく青きドナウ

2021-10-08 22:19:26 | ロマン派
四季咲きのバラが涼しくなって咲き出しています。

ヨハン シュトラウス二世(1825-1899年)


については以前書きましたが、1867年42歳の時に作曲したのが「美しき青きドナウ」です。

1866年、オーストリアザクセン連合軍はプロイセンとの闘いに7週間で破れ、意気消沈していたときに、ウィーン男性合唱協会に委嘱されて作曲されました。

詩はヨーゼフ ヴァイル協会関係者で警察管でした。
書き直してもらったり、節を増やしたり改定してもらいなんとか仕上げました。

ウィーンっ子を励まそうと書いた詩はこんな感じ

ああ、そうだった!
ご時世なんて気にするな…
こんな、時世なんざ!
悲しんだって、どうしようもないさ
そうだな、その通りよ!
苦しんだって、悩んだって、
何の役にも立ちゃしない
だから、楽しく愉快にいこうぜ

あれ?どこにもドナウ川が出てこない!

実は67年、初演直前に有名なハンガリーの詩人イシドール ベックの

憂いに満ちた君が見える。
若く美しい君が見える。
変わらぬ思いが心の中で大きくなっていく、
高貴なる黄金のごとく。
ドナウ川のほとりで、
美しく青きドナウのほとりで

この詩を題名に拝借しました。
経緯はわかりません。
初演はまずまずの出来でしたが、シュトラウス二世にしてはそれほどでもなく、特に歌はそうでもなかったために少し省かれました。
1867年
パリ万博で演奏されると高い評価を受けて、ジュール バルビエが新しい歌詞を送ります。

その年の内に、ロンドンへ行き演奏したらそこでも評判になり、ウィーンや世界中で大評判になりました。
楽譜もラジオ誕生以前の曲としては最高の売り上げを出しました。

1872年ボストン平和記念国際音楽祭で20000人の合唱、1000人のオーケストラ、1000人の軍楽隊、10万人の観客の前で演奏されたのもこの曲です。

ゲルネルトにより新しい歌詞がつけられると、

いとも青きドナウよ、
なんと美しく青いことか
谷や野をつらぬき、
おだやかに流れゆき、
われらがウィーンに挨拶を送る、
汝が銀色の帯は、
国と国とを結びつけ、
わが胸は歓喜に高鳴りて、
汝が美しき岸辺にたたずむ

オーストリアの第2の国歌と言われるようになりました。


愛の三部作

2021-10-07 22:31:56 | 名曲
カンナ イエローキングハンバート近くの公園に咲いていました。

今日のオンラインレッスンはクライスラーの「愛の喜び」お姉さまの誕生祝いがなくなってしまった。とがっかりされていましたが、11月にすることになったそうです。

「愛の喜び」
「愛の悲しみ」
「うるわしきロスマリン」
のフリッツ クライスラー(1875-1962年)


愛の三部作を短く一曲にまとめてソロで演奏することになったそうです。


1905年に作曲され、1911年に3つの古いウィーンの舞曲集としてまとめられています。

1901年にアメリカからヨーロッパに戻る船の中でハリエット リースに出会いました。船中で婚約。
翌年結婚しました。

アメリカ女性ハリエットはクライスラーの練習、演奏活動、ギャラ交渉などの管理を行い、気まぐれな早熟の天才フリッツを成功に導きました。

ロスマリンだけ愛がついてないじゃないか?と思われますが、英語版は
Lovely Rosemary  愛らしいローズマリー。
ドイツ語 Schon Rosmarinは美しいロスマリンなのですが…。

クライスラーはユダヤ系だったためナチスが政権を取るとフランスを経て1943年アメリカに永住しました。

ヨーロッパでも人気がありますが、アメリカで売れたウィーン舞曲でもあったのです。
そのことを表しているような三部作ですね。


蟹のカノン

2021-10-06 22:31:46 | 音楽
淡路島の浜辺で


蟹さんを見つけました。
モクズガニ。

意外に美しい紋様です。

蟹のカノンと言うものが西洋音楽の分野にあります。
カノンというと、カエルの歌。旋律を途中から歌うと重なったハーモニーが調和がとれていて1つの曲になるあれのことです。

蟹のカノンは楽譜の
追唱(後から歌われる旋律)する方が、楽譜の左右逆から演奏を初めるものを逆行カノンと言います。

この逆行カノンを演奏すると途中で横向きに行き交う事から、行き交う蟹に見えることから蟹のカノンと言われています。

他にも追唱が上下転回されている反行カノン。

追唱が整数倍のリズムで演奏されるのが拡大カノン。

2つ以上の旋律を追唱するのを多重カノン。

追唱を主旋律の二度下で初めるのを二度のカノン、三度下から歌うと三度のカノン…。等と言います。

書いてあるだけでは、よくわかりませんよね。
最近流行った動画がとってもわかりやすいです。
この中の楽譜の左右端から演奏していって真ん中辺りで行き交い反対側で終わるのが蟹のカノンです。
バッハだけでなく多くの作曲家がこういう音楽を作曲しています。




すすきと宮澤賢治

2021-10-05 22:47:58 | 日本
青白く光る銀河の岸に、
銀色の空のすゝきが、
もうまるでいちめん、
風にさらさらさらさら、
ゆられてうごいて、
波を立ててゐるのでした。
「銀河鉄道の夜」宮沢賢治

すすきと言うと宮沢賢治
(1896-1933年)を思い出
します。


自分で作曲もしていた賢治は、クラシックのレコードを何枚も持っていてよく聴いていました。
28歳の時にはチェロを持って上京し、3日間大津三郎さんにチェロを学んでいます。

ベートーベンの交響曲「運命」「田園」、ドボルザークの新世界、スメタナの「わが祖国よりモルダウ」、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」
ストラヴィンスキーの「火の鳥」やシュトラウスの「死と変容」などのレコードを持っていたことが検証されています。

この写真はベートーベンの真似をして撮ってもらったそうです。(宮澤和雄)

「自然を散策するベートーベン」ユリウス シュミットが描いたこの絵はベートーベンの死後描かれたそうですが、やっぱりこの絵が賢治の元ネタかも。

銀河鉄道の中で女の子が交響曲「新世界」が聴こえてくる。というシーンがあります。そこはこれかも。

ドボルザークの「新世界」よりラルゴ。家路という名前でも知られています。







すすきと宮澤賢治

2021-10-05 22:18:32 | 音楽
青白く光る銀河の岸に、
銀色の空のすゝきが、
もうまるでいちめん、
風にさらさらさらさら、
ゆられてうごいて、
波を立ててゐるのでした。
「銀河鉄道の夜」宮沢賢治

すすきと言うと宮沢賢治
(1896-1933年)を思い出
します。


自分で作曲もしていた賢治は、クラシックのレコードを何枚も持っていてよく聴いていました。
28歳の時にはチェロを持って上京し、3日間大津三郎さんにチェロを学んでいます。

ベートーベンの交響曲「運命」「田園」、ドボルザークの新世界、スメタナの「わが祖国よりモルダウ」、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」
ストラヴィンスキーの「火の鳥」やシュトラウスの「死と変容」などのレコードを持っていたことが検証されています。

この写真はベートーベンの真似をして撮ってもらったそうです。(宮澤和雄)

「自然を散策するベートーベン」ユリウス シュミットが描いたこの絵はベートーベンの死後描かれたそうですが、やっぱりこの絵が賢治の元ネタかも。

銀河鉄道の中で女の子が交響曲「新世界」が聴こえてくる。というシーンがあります。そこはこれかも。

ドボルザークの「新世界」よりラルゴ。家路という名前でも知られています。







ベルトミューの「猫」

2021-10-04 22:38:48 | 近代
今日はt-raumでハープのレッスン。
猫さんがお迎えです。
ここで飼われている猫がいるはずですが、この猫さんかどうかわかりません。
前月は黒猫がいたような…。

レッスンはKさんとのデュオから、デュオの後に自分のレッスンでしたが、待っててくれました。

梅田に移動してランチ。








おいしかった!
おしゃべりして、その後、丸田悠太先生のマスタークラス。

キツッ…。
テデスコの三楽章と、シューベルト&マティエガのフルート、ヴィオラ、ギターチェロの四重奏の1楽章をみていただきました。

まだまだ細かいところをブラッシュアップしなくては。

マルク ベルトミュー(1906-1991年)のフルート四重奏「猫」1台はアルトフルート
1楽章ペルシャン ブルー
2楽章ピューマ
3楽章シャモワ
4楽章リンクス
5楽章高い所に登る猫
猫に聴こえますか?


橋の歌

2021-10-03 22:26:46 | 音楽
今日お昼過ぎ、チキンラーメンを食べながら家族でテレビを見ていたら、海辺のレポート。
そう言えば、今年は海に行って無い。
「今から~?」
「淡路島なら行けるかも。」
「鳴門の竹輪とわかめ。買いに行こう!」
1:00過ぎに家を出て名神を通って渋滞も少なく2:16には淡路島道の駅に着いていました。

本当にすごいものを作ったものです。

すごい橋というと
アヴィニヨン近郊のポン デュ ガールという橋はローマ時代にAD50年に架けられた水道橋です。
ガルドン川のユゼスからニームに水を運ぶ橋です。
全長50キロに及ぶ導水路の一部で川の最低水位から高さ49m。
三層になっていて流水量は1日2万m3だったそうです。

ところが
「アヴィニヨンの橋の上で」
という有名な歌の橋は、この橋ではありません。

アヴィニョンの橋の上で
踊るよ、踊るよ
アヴィニョンの橋の上で
輪になって踊るよ

紳士も踊る
もう一度踊る

婦人も踊る
もう一度踊る

という歌の橋はローヌ川に架かるサン ベネゼ橋

のことです。
1177-1187年に架けられました。
1226年にルイ8世に攻められた時に4分の3が壊されました。
数年後、市民たちによって再建されますが、1603年からの台風、ペストの流行で再建が難しくなりました。

船で途中まで行って橋を渡るという方法で、今に至るまで橋は再建されていません。

幅4mで、踊るスペースは少なく実際には、橋の下の島で踊られているそうです。