豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

横浜 元町・中華街(2017年11月19日)

2017年11月20日 | あれこれ

 ゼミの学生たちと、横浜の元町中華街に出かけてきた。

 今年の夏は、同僚が夏休み前に急病になり、ぼくが代わって残りの講義、試験、採点をしたため、当初は夏休みの初めに予定していた夏合宿がキャンセルになってしまった。

 その後9月にも計画したけれど全員が揃わず、結局きのう11月19日に、みんなで元町・中華街で中華バイキング(+昼間から飲み放題)に出かけることになった。

         

 正午に元町・中華街駅1番出口に集合。
 朝陽門からほど近い店でバイキング。3時間食べ放題だったが、2時間ほどでさすがの学生たちもほとんど食べなくなってしまった。
 味はいまいちだったが、とにかく注文するとすぐに出てきた。
  
 3時に店を出て、ホテルニューグランドわきを通って、山下公園へ。
 知らないおじさんが寄ってきて、何か売りつけるのかと思ったら、今日は珍しくスカイ・ツリーが見えているよ、と教えてくれた。
 横浜からは小さな煙突くらいにしか見えなかった。教えてもらわなければわからないだろう。

         

 山下公園を抜けて、開港記念館へ向かう。
 途中で、<シルク博物館>というのを見かける。
 おそらく、昔の<シルクセンター>だろう。1970年代には上の階はシルクセンターホテルで、1階の南西の角はレストランだった。

 そして、開港記念館へ。

              

 4時ちょうどだった。見学は4時までという看板が立っていたが、入っていく人もいたので、われわれも入らせてもらう。
 久しぶりのステンドグラスたちに再会する。こんな絵柄だったか・・・。
 冒頭の写真も、ここのステンドグラス。 
         

 下の写真は、時計台(か? 針はなかったが)を裏側から眺めたもの。

         

 2階踊り場の壁には<咸臨丸>の油絵が飾ってあった。

         

 下は、開港記念館の窓から眺めた神奈川県庁。
 前回来たのは何年か前の5月の連休中の平日だったので、県庁の屋上展望台に上ったが、今回は日曜日で閉っていた。

         

 学生たちに付き合って、赤レンガ館まで歩く。
 彼らはみなとみらいまで足を延ばし、その後は渋谷に出て二次会というが、ぼくはここで別れて中華街に戻る。

         

 孫たちに、パンダをあしらった洋服か小物をお土産に買って帰ろうと思ったがいいのがなく、4歳児用の真っ赤のチャイナドレス(いちおうSILKと表示してあるが・・・)を買う。孫はまだ2歳にもなっていないので、いつ着ることができるか。

 華正楼で月餅その他を買って、17時すぎに元町・中華街駅から川越行き特急に乗って、帰宅。
 1万3000歩の散歩だった。


 2017/11/20 記


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モーム『アシェンデン』

2017年11月05日 | サマセット・モーム
 サマセット・モーム「英国諜報員アシェンデン」(新潮文庫)の金原瑞人新訳が、わが家のトイレ用図書の一員になって、もう2か月がたつ。

 ところが、さっぱり読む気になれないのである。
 時折、ちょっと前に読んだ龍口直太郎訳のものと比べてみようか、と思ってページを開いてみるのだが、すぐに読む気が失せてしまう。
 なぜだろう? 読んだばかりだからかな? と思ったりもしたが、最近になって原因の一つがひらめいた。

 ページの“見た目”が悪いのである。
 活字が大きすぎるうえに、行間がスカスカなのである。
 まるで子ども向けの文庫本のようである。ぼくも高齢で老眼は進行している。しかし、ここまで大きな活字、間の抜けた行間でなくてもまだ十分に読むことはできる。
 いったい新潮文庫はどんな読者を想定して、こんなページ・レイアウトにしたのだろうか。

         

 上の写真は、上が新潮文庫の新訳、下の左が新潮文庫の旧訳(河野一郎訳、1963年)、下の右が創元推理文庫の龍口訳(1959年)である。 
 

 しかも、その行間につけられたルビにも閉口する。
 これまた、ぼくも高齢化して時おり板書の際に漢字が出てこなくて困ることがある。しかし書かれた漢字は読むことができる。
 自慢ではないが、ぼくらの世代は、山本有三が文部大臣時代に定めたわずか881字の教育漢字だけで義務教育を終えた世代である。漢字を学ばなかったことにかけては前後の世代に負けないだろう。
 それでも「アシェンデン」に出てくる漢字くらいは読むことができる。

 ところが今回の新訳たるや、いったい何を基準にルビを振っているのか、と思いたくなるくらいにルビがついているのである。
 尻切れトンボ、中途半端、ひげを剃る、到る・・に至るまでひっきりなしである。
 極めつけは、なんと「諜報員」にまで「ちょうほういん」とルビが振ってあるのだ!
 いったいこの本を買った人は、表紙の「諜報員」を読めないままにこの本を買ったというのだろうか。

 いつからこんなことになっていたのかと、ちくま文庫のモーム、岩波文庫のモームを引っぱり出してみた。

         

 上が1996年に出たちくま文庫の「中国の屏風」、下が2008年に出た岩波文庫の「モーム短編集である。
 1950~60年頃に出た古い新潮文庫と比べると、時代が下るに従って次第に文字が大きくなり、行間が開いていくのが分かる。

 しかし、こんなことを言っているぼく自身も、やがて最近の新潮文庫のような大きな活字で、行間にルビがちりばめられた本を有難がる時が来るのだろうか。
 最近では、若いころのぼく自身が放った言葉が、ブーメランのように歳をとったぼく自身に突き刺さることが多くなっている。

 2017年11月5日 記


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