豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

イギリス街歩き ロンドン-1

2014年04月23日 | あれこれ
 
 これから4日間のロンドンの旅が始まるが、とりあえず、到着したセント・パンクラス駅(St.Pancras)(上の写真)と、キングス・クロス駅(King’s Cross)(下の写真)の駅舎の写真を。

                

 この2つの駅はつながっているのだが、中は2つに分かれていて、向かって左側がヨーロッパ大陸からの列車が発着するセント・パンクラス駅(鉄道案内図には“St.Pancras International”と表記してある)、右側の時計台のある方が国内線のキングス・クロス駅になっている。
 いずれにしても、いま日本のテレビで、ハリー・ポッターにあやかったCMをどこかのテーマパークが流しているが、本物は比べるべくもない雰囲気を持っていた。


 おまけに、エディンバラ、シェフィールドの落ち穂拾いに、エディンバラで泊ったジュリーズ・イン(Jurys Inn)のバスルームと、朝食を。
 このホテルにだけ、バスタブがついていた。あとはすべてシャワーだけ。ただし、ジュリーズ・インのトイレの水の流れが悪いのには閉口した。

        

        

 つぎはシェフィールドで泊ったホテル・ノボテル(Novotel)の朝食。
 どこも似たり寄ったり、ということを示すためにアップした。ただし、「イギリスの食事はまずい、まずい」と聞いていたが、そんなこともなかった。

        

 ついでに、エディンバラでテレビをつけたら、“バーナビー警部”をやっていたのだが、バーナビー警部を演ずる俳優が変わっていた。
 どうもバーナービーらしくない。

        

 ついでに、イギリスで一番よく見かけるクルマの1つであるフォードのフォーカス(Ford Focus)の写真も。シェフィールド大学の近くで見かけた。
 パトカーもフォーカスが多かった。

        

 2014/4/23 記

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イギリス街歩き シェフィールド

2014年04月22日 | あれこれ
 3月26日午後0時08分に、エディンバラ・ウェーバリー駅を出発し、午後3時46分にシェフィールド(Sheffield)駅に到着。
 駅のホームで息子と去年の8月以来8か月ぶりに再会。
 翌27日の夕刻にロンドンに向かうまで、シェフィールドには1泊2日の滞在。

 下の写真はシェフィールド駅前の噴水と、背後はシェフィールド・ハラム大学(Sheffield Hallam University)。

        

 26日は、息子の大学の寮を見学、小雨の中を大学まで歩き、その後トラム(路面電車)に乗ってウエスト・ストリート(チャイナ・ストリートだったかも)に行き、パブでビールとフィッシュ&チップスの簡単な夕食。
 この日の宿、駅前のノボテルに戻る。
 

 翌27日は朝から、トラムに乗って郊外にあるショッピング・モールに出かける。
 下のが、シェフィールドを走るトラム。3両編成で、車掌が3人もいた。イギリスは日本ほど物事が自動化されていなくて、人間の仕事が多く残っている。
 日本の何でも自動化、省力化がはたして良いことなのか、考えさせられた。

        

 われわれが行ったのは、Meadowhall Shopping Centreというシェフィールド最大のショッピング・モール。ロンドンからの買い物ツアーも毎日来ているという。
 シェフィールド市の中心からトラムで約20分、Meadowhall - East駅(?)で降りると目の前。

        

 下の写真は、その中。日本の大型ショッピング・モール(例えば軽井沢のプリンス・ショッピング・モール)などより、はるかに立派な店構えだが、売られている物は大したことはない。
 値段の引き方は大胆で、60ポンドのラム・ウールのアーガイル柄セーターを19.99ポンドで買った。

 昼食もここで済ませ、息子の午後の授業があるので、再びトラムに乗ってシェフィールド大学に戻る。
 下が、トラムのシェフィールド大学(University of Sheffield)駅。“Discover Your Potential.Then Exceed It”という標語が掲げられていた。そうなることを願う。

        

        

 息子が授業を受けている間、われわれは学生会館(Student Union)の中を眺めたり、地図を眺めて過ごす。
 様々な国の学生が行きかっている。留学生なのか、移民なのかは分からない。日本の大学とはまったく異なる光景である。イギリスはコスモポリタン国家である。
 下は息子の教室のある人文棟(Arts Tower)。この建物は、あまりイギリスの大学風ではなく、神田あたりで見かける日本の都市型大学と同じである(ただし27階建ての大学は日本にあったかどうか)。

        

 2時間後に授業を終えた息子と合流し、またまたトラムで市の中心街(City Centre)へ向かう。そう言えばトラムは1日乗車券を買ったのだった。
 小雨が降り続いていたが、街の中を歩き回る。雰囲気のある建物は大抵は銀行だった。

        

        

 ただし、下の写真の時計台のある建物はシェフィールド市庁舎。
 エディンバラもそうだったけれど、官庁や市庁舎はいずれも古い由緒ある建物で、日本の都庁舎のように「官が偉い!」といった出で立ちは決してしない。

        

 一時、雨がかなり強くなったが、ほとんどのイギリス人は傘をささない。けっこう寒いのに半袖のTシャツ1枚のお兄さんもいた。
 イギリス人は雨が降らなくても雨傘を持ち歩くが、雨が降っても傘をささないというのは本当だった。

        

 その理由も分かった。日本より空気が乾燥しているので、すぐに乾くのである。われわれは傘をさしたのに、かなり衣服が濡れてしまった。しかし、電車に乗って15分もすると乾いていて、ズボンの濡れが気にならなくなるのである。
 そして、空気が乾いているから、ビールがひときわ旨いのだと思った。

        

 駅前に戻り、ノボテルで預けておいた荷物を受け取り、雨が強かったのでタクシーで駅に向かう。
 18時29分発だったかのイースト・ミッドランド鉄道で、ロンドン、セント・パンククラス駅(=キングス・クロス King's Cross駅)に。

        

 下の写真は、セント・パンクラス(St. Pancras)駅に着いた、われわれを乗せた列車。

        


 ここでわれわれのイギリス旅行はまん中となり、のこり4日間はロンドン、オックスフォードの街歩きになる。

 2014/4/22 記

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イギリスの車窓から-2 トゥイード~シェフィールド

2014年04月18日 | あれこれ

 エディンバラからシェフィールドへの列車の旅、つづいて今回はトゥイードからシェフィールドまで。

 トゥイード(Berwick-upon-tweed)を過ぎると、車窓の進行方向右側(西側)のなだらかな丘陵がつづく風景はだんだん少なくなり、街と街の間隔も短くなってきた。

 やがて、ニューカッスル(Newcastle)駅に到着。
 エジンバラのウェーバリー駅ほどではないが、結構大きな駅である(下の写真)。

          

 車窓から見える街並みもそこそこ。しかしニュー・カッスルは学校の地理などで聞いた地名なので、もっと大都市かと思っていたが、それほどではなかった。
 寂れた工業都市といった風情。

        

 次の停車駅はダラム(Durham)。
 刑法の勉強で、刑事責任能力に関するダラム・ルールというのを習った記憶があるが、このDurhamと関係があるのかないのか。刑事責任のダラムは人名だったような気がする。
 いずれにせよ、ダラムは小さな駅と町。

        

                

 次はダーリントン(Darlington)に停車。 
 ここも小さな町と駅。

 
        


 その次はヨーク(York)に停車。
 ニューヨークの由来になった地名だろうが、完全に庇を貸して母屋をとられた街になってしまった。
 ただし、ヨークは、息子が去年の夏、シェフィールド大学の英語学校から最初に遠足(?)で訪れて絵葉書を送って寄こした町なので、個人的には懐かしい町である。
 

        

 ヨーク大聖堂というのが車窓から見えると言っていたが、写真のまん中に写っている時計台がそれなのかどうか・・・。
 時計台があるのはお城か大学のような気がする。

        

 列車は、Leeds,Wakefield-Westgateという駅にとまって、シェフィールドが近づいてきた。下はLeeds駅の写真。写真の時間からして、ひょっとしたら、上の写真はリーズ近郊の風景かも。

        


 リーズを過ぎた辺りで、何らかの事情で(車内放送をしていたのだが聞き取れなかった)、10分近く停車した。下の写真は停車中に反対線路を通過していった列車。

        
 
 
 Wakefieldは、シェフィールドに近く、荷物をまとめたりしていて慌ただしかったので、写真は撮れなかった。あまりきれいな駅ではなかった印象である。
 
 下の写真はシェフィールドに近づいたころの車窓の風景。

 
                

 シェフィールドは、地名の通り、もともとは羊を飼っていた田園地帯である。サマセット・モームの「大佐の奥方」はシェフィールドの田舎紳士(ジェントリー)の妻が主人公。
 近代になると、最初は炭鉱によって、石炭の衰退後は鉄鋼業で発展し、鉄鋼が下火になってからは大学都市に転進した都市である。映画“フル・モンティ”の冒頭で、シェフィールドの近代史が語られている。
 車窓からは、Tata Steelなんて看板のかかった工場も見えた。

 
         

 ウェーバリー駅を出発して約3時間40分、列車はシェフィールド(Sheffield)駅に到着。
 1等車は1両だけなので、ホームで待っている息子の姿をすぐに発見。元気そうである。これで、ようやく英語が聴き取れない不安からは解放される。

 冒頭の写真は、われわれを乗せてきた列車の後ろ姿(シェフィールド駅で)。        
 下の写真は、シェフィールド駅の外観。

        

 まずは駅前のホテル・ノボテルに荷物を置き、息子の大学寮を見に行き、その後、大学生たちがよく行くというパブに出かけたのだが、シェフィールドの街歩きは次回にして、夕食をとったパブのあるウエスト・ストリートの街並みだけアップする。
 8日間のイギリス旅行の間、シェフィールドの2日間だけ雨に降られた。

        

 2014/4/18 記 

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イギリスの車窓から -1 エディンバラからトゥイードへ

2014年04月15日 | あれこれ

 3月25日、現地12時08分、エジンバラ・ウェーバリー駅発(始発駅はグラスゴー)、クロス・カントリー鉄道、エクゼター・セント・デイビッズ(Exeter St Davids)行き列車で、息子の住むシェフィールドに向かう。
 約3時間40分の旅。

 見慣れたウェーバリー駅の時計塔も見納め(上の写真)。
 レトロな雰囲気が気に入ったウェーバリー駅の待合室も見納め。

        

 駅内にあるWHSmithも見納め。ここでエジンバラの地図を買った。食べ物は向かい側のM&Sで買った。 

        

 われわれの乗る列車が出る10番ホームの案内表示。簡明で分かりやすい。シェフィールドに停車すること、いくつめの駅かも分かる。
 下は10番ホームの駅名表示パネル。

        

        

 列車が動きはじめると、ほどなく進行右側の車窓から、泊っていたジュリーズ・インがちらっと見えた(写真右端)。

        

 10分も経っただろうか、やがて車窓は郊外の景色になり、車窓右側にはなだらかな丘陵が続き、左側には北海の海岸が見え隠れするようになる。

        

        

 座席前のテーブルに並べたわれわれの切符。
 女房が日本で予約しておき、前日にウェーバリー駅で発券の手続きをした。
 “Today’s Ticket Only”と書いてある窓口で聞いたら、自動発券機に連れて行って、あっけなく発券してくれた。ものは聞いてみるものだ。女房の力量に感心した。
 たまの旅行なので、奮発して1等車を購入した。昼食のサンドイッチ、飲み物、クッキーなどがついて1万円強。飛行機に比べて安い。機内食と違って本格的なサンドイッチだった。

        

 この時期のこの辺り(スコットランド)だと、丘陵の牧草地に生まれたばかりの子羊が放牧されていて可愛い、とイギリス生活が長い友人に教えられていた。
 たしかに時おり車窓に現れるので、目を凝らし何とか写真に撮ろうとしたが、アッという間に通過してしまい、1枚も撮れなかった。

 ちなみに、イギリスには新幹線はない。シェフィールドまで100km/hくらいの速度ではしる列車は、旅情を誘って好ましい。日本の新幹線は日本に本当に必要なのか。
 もう一つ、イギリスのエレベーターの大部分には、<ドア閉まる>のボタンがない。みんな黙ってドアが自動的に閉まるのを待っている。
 衰退する国の衰退してゆく流儀を学ぶ必要はないだろうか、などと考えさせられた。

        

 30分足らずで最初の停車駅(Berwick-upon-Tweed)に到着。鄙びた小さな駅である。
 Tweedとは、おそらくあの「ツイード」の原産地だろう。エジンバラのあちこちでもツイードのハンチングを売っていた。記念に一つ買っておけばよかったか・・・。
 エジンバラに買い物に来たような母子が乳母車を押して下車していった。

 次回は、Newcastle から Sheffield までの車窓を眺めます。

 2014/4/15 記
        

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イギリス街歩き エジンバラ-4 (カールトン・ヒル)

2014年04月12日 | あれこれ

 中断してしまったが、イギリス旅行2日目、3月25日のエジンバラ街歩きの続きです。

 この日は朝からエジンバラの新市街を歩き、9時半の開門に合わせてエジンバラ城を見物し、その後沿道に並ぶお土産屋を眺めながら、ロイヤル・マイルをホリルード・パレスまで歩き、さらに昼食もとらずに、線路をこえてカールトン・ヒルに向かった。

 下の写真はホリルード・パレスから西に向かうカールトン・ロード(Calton Road)の東端の標識。

        

 ロイヤル・マイル側から墓地の中を通って、丘の上、カールトン・ロードを横切って、リージェント・ロード(Regent Road)に至る。
 
         


 向こうに、Salisbury Crogsの断崖(と言うほどもないが)が見える。
    
         

        
 以下の写真は、いずれもリージェント・ロード沿いの建物だが、由緒は忘れてしまった。
 地図で見ると、最初の写真は“National Monument”だろうか・・・。
     
        

        
 
 下の写真は、市庁舎(Government Offices)。

        

 いちおう、近辺の地図も撮って来たのだが、文字が読めない。

        

 さらにここから、カールトン・ヒルに登る。かつては天文台があったところらしい。
 撮影した建造物も何だか忘れてしまったけれど、一応アップしておく。

        

 そして最後は、カールトン・ヒルの側から見下ろしたウェーバリー駅と、その周辺。線路は写真の下のほうがヨーク、ニューカッスル、シェフィールド、そしてロンドン方面。
 はるか遠く、写真の右端にエジンバラ城も見えている。

        

 なお、冒頭の写真は、ジュリーズ・インの窓から眺めたカールトン・ヒル。エジンバラ市庁舎の窓に明かりが灯っている。
 写真の時間はまだ日本時間のまま。現地時間は9時間前です。9時間引いて下さい。

 日本に戻って、2週間も過ぎると、実際に歩いたカールトン・ヒルの街並みよりも、夜中にホテルの窓から眺めた光景の方が懐かしく蘇ってくる。
 カールトン・ヒルはジュリーズ・インの窓から眺めれば十分で、あえて行く必要もなかった。もし行くのなら、ロイヤル・マイルのさらに南側にあるエジンバラ大学を歩けばよかった、とも思う。


 2014/4/12 記

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イギリス街歩き オックスフォード -1

2014年04月10日 | あれこれ

 順序が前後するが、興味のあるものから書き込むことにした。

 今夜、BS“ミステリー・チャンネル”(?)で、“オックスフォード・ミステリー ルイス警部”をやっていた。
 “主任警部モース”亡きあと数年の時を経て、部下だったルイス巡査部長(sergeant)が警部(Inspector)になってオックスフォードに戻ってきたという設定になっている。
 モースのイメージが強すぎて、なかなか馴染めないのだが、舞台が懐かしいオックスフォードなので見ている。

 そのオックスフォードを訪れたのは、3月29日だった。キングスクロスから電車に乗って、パディントン駅で乗り換えて、約1時間で到着する。
 冒頭の写真は、ロンドンでの捜査から戻ったモースが降り立つ場面もあったオックスフォード駅の駅前。下の写真はそのオックスフォード駅の改札口。

        

 駅舎を出た真正面には、オックスフォード(Oxford)を象徴するのだろう、Ox(雄牛)の銅像がある。
 ついでに、Ford(小川)の由来であろう、オックスフォードの街中を流れる小川の写真もアップしておく。

        

        

 
 
 オックスフォードの風景は時間ができたら、たくさんアップするつもりだが、まずは街のシンボルというか物見台である“Carfax Tower”から眺めたオックスフォードの街並み、建物の眺望。
 狭い階段を82段だったか上って、ようやく天辺に行きついた。

        

 
 そして今回は、オックスフォードで手に入れた本のことだけ。
 駅からジョージ・ストリートを進んで、最初にインフォメーションセンターを訪れ、無料のガイド・マップなどを入手した。
 “Visit Oxfordshire Limited ”という土産物屋の棚には、オックスフォード関連のグッズや本が並んでいた。“主任警部モース”関連の本も何冊かあった。
 その中から1冊を購入。“Morse in Oxford”(The Pitkin Guide、£5.99)。

             

 DVDが付いていたので、てっきり撮影風景が入っているのだと思い込んでいたが、帰国して開けてみると、モースが好きなクラシック曲が入っているだけだった。
 しかも、ぼくは「主任警部モース」は好きだが、挿入されるクラシックは嫌いなのだ。


 

        

 最初に見つけた“Waterstones”という書店で、興味のある家族法と医事法の本を何冊か(重くないものだけ)買った。そして、この書店で教えてもらって、ハイ・ストリート沿いにあるオックスフォード大学出版局(Oxford University Press)の直営店にも行ってみた(上の写真)。
 その店頭に、エンジ色の表紙の小さな家族法の本を見つけた。Jonathan Herring“Family Law --A Very Short Introduction”というOUPから出ている本である。

  
                             

 表紙に“Signed Copy”というシールが貼ってあって、何だろうと思ったのだが、宿に戻ってよく見ると、数ページ目の扉に、著者の肉筆と思われるサインがあった。
 不勉強で、ぼくはHerring氏を知らなかったが、帰国後に調べると、オックスフォードの教授で、家族法と医事法の専門家だった。しかもこの本の英語がきわめて簡明で分かりやすいのだ。急いで、彼の他の著書も注文することにした。

                            

 昼食は“QUOD”というレストランで、ピザとエール。息子は、何だかわすれたが、冷やしたグラスにレモンが添えられたビール(?)を頼んでいた。女房はいつものダイエット・コーラ。
 空気が乾燥しているせいか、ビールがうまい。

        

 “The Versity Shop”というオックスフォード大学公認のキャンパスグッズを売っている店で、オックスフォード大学柄、エンブレムのついたマフラーを買う。アクリルで19.99£。エジンバラでは3枚20£から1枚40£のラムウールのマフラーもあったが、アーガイルの柄と色合いが納得行くものがなかった。
 シェフィールドのアウトレットで買ったアーガイルのせーターともあっている。冬になるのが楽しみ。

        

 最後は、ロンドンへ戻るために戻ったオックスフォード駅のホームとわれらが乗った列車。

        

 予約してあったわれわれの座席には予約カードが挟んであった。

        

 風景は後ほど・・・。

 2014/4/10 記

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イギリス街歩き ロンドン・ベーカー街221B

2014年04月08日 | あれこれ

 きょうは書き込みの時間がないので、小さな写真を数枚だけ。

 シャーロック・ホームズの住んでいたベイカー街221Bを訪ねるべく、キングス・クロスから地下鉄(サークル線)で3駅、ベイカー・ストリート駅へ。
 小さな駅である。下は駅ホームのベンチ。次は改札口。

        

        

 改札を出て、外に出ると、目の前にシャーロック・ホームズのパイプをくわえた像が立っていて、われらと同じ「おのぼりさん」たちがその前で記念撮影をしている。

        

 駅を出てすぐの右側が「ベイカー・ストリート(Baker Street)」の交差点。ここを右折して100メートルほど行った左側がシャーロック・ホームズが住んでいたとされるベイカー街221B(冒頭の写真)。

        
 
 ベイカー街221Bは、1階は土産物屋、2階は博物館になっている(有料)。シャーロック・ホームズは特に好きというわけではないので、2階はスルー。

  2014/4/8 記

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イギリス街歩き エジンバラ-3 (ロイヤル・マイル)

2014年04月07日 | あれこれ

 エジンバラの第3回は、エジンバラ城からホリルード・パレスまでのロイヤル・マイルを、名前通り約1600メートル歩いた。

 初日(3月25日)は曇り空、翌26日は晴れて青空が広がったが、写真は両日のものが混ざっている。(なお、25日の時間は相変わらず、日本時間のままなので、現地時間は表示の9時間前です。26日からは現地時間に直ってます。)

 ロイヤル・マイルの両脇は歴史的な建物が並び、若干の新しい建物も、みな外観や高さを周囲の歴史的建造物の合わせていて、まったく違和感がない。
 最初は、通り沿いに並ぶスコットランド土産店の向こうに見える、聖ジャイルズ大聖堂。
 土産店の店頭にはたいていスコットランド風衣装にバグパイプをくわえた人形が立っていて、店内にはタータンチェック、アーガイル(鉄格子という意味だそうだ)のマフラーやセーターが並んでいる。

        

 こちらは3月26日撮影。

        

 パブ(居酒屋)も多い。写真はなかでも目立つ看板のついたパブ。“Deacon Brodie’s Tavern”と書いてある。

        

 次はスコットランド銀行。ロイヤル・マイルを左折したつきあたりにあった。
 イングランド銀行のような国立中央銀行なのか、市中銀行なのか、不勉強で分からない。ロイヤル・マイルの終点近くには“スコットランド議会”もあり、その地位、役割も分からなかった。
 街中にはスコットランド銀行の支店もあった。なお、冒頭の写真も翌日撮ったスコットランド銀行。

        

 同銀行からロイヤル・マイルに戻ると、近くにはアダム・スミス像がある。
 ぼくにも誰だかわかった数少ない人物である。ただし、アダム・スミスがどのような人かについての最近の評価を知っているわけではない。
 
        

 近くには、高等法院(High Court)の建物もあった。
 せっかくなので、刑事裁判でも傍聴したかったのだが、入口にいかつい警官が2人立っていたのと、「傍聴」という英語を思い出せなかったので、断念。
 正面には“Hume”とパネルに書いてある座像があったが、このヒューム氏も誰だか・・・。「市民の国について」(岩波文庫)のヒュームなのか。

        

 あとは無名(ぼくにとって)の建物をいくつか。
 中には“To Let”(貸家)の看板のある建物もちらほら見かけた。

        

        

 ずっと下ると、左手に、われらが泊ったホテルJurys Innに抜ける小路“Chalmer’s Close”がある。こういった小さな路地はどこも雰囲気がある。
 突き当たると、ジュリーズ・インの裏手に出る。

        

        

 そして、ロイヤル・マイルの突き当たりに、ようやくホリルード・パレスが見えてくる。
 エリザベス女王がエジンバラに滞在するときの宿舎だという。比較的こじんまりしている。

        

 ホリルード・パレスの南側には小高い丘があるのだが、緑の草に覆われたその丘の西端は絶壁になっている。地図で見るとSalisbury Crags というらしい。なだらかな丘陵の多いスコットランドにしてはやや異形である。・・・と書いたが、エジンバラ城のあたりもかなりの岩山だった。

        

 ロイヤル・マイルの突き当たりの角の道路標識。

        

 ついでに、ロイヤル・マイルで見かけたクルマ。
 1台はフィアット500.イギリスでもっとも頻繁に見かけたクルマの1つである。もう1台はトヨタのヤリス(日本名ヴィッツ)。これも結構見かけた。少なくともイギリスでは、プリウスよりヴィッツの方が多い。

 

 次回は駅の東南、カールトン・ヒルをホリルード側から歩きます。

 2014/4/7 記 

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イギリス街歩き エジンバラ-2 エジンバラ城

2014年04月06日 | あれこれ

 世界の街歩き、エジンバラの2回目はエジンバラ城。

 朝8時にホテルを出発し、プリンセス通り、クイーン通りをぶらぶら歩き、“The Mound”(野球のマウンドにTheがついている)から文字通り小山をてくてく登りながら、ようやくエジンバラ城の正門に到着する(上の写真)。
 なお、写真の時間はまだ日本時間なので、現地時間は9時間遅れです。

 途中、道の左手にエジンバラ大学(University)のNEW COLLEGEという建物があった。NEWといっても、たしか1860年ころの創立というパネルが貼ってあった。
 正門に近づくと道路工事をやっていて、相当古くて傷んだガス管が露出していた。

             

 正門をくぐって振り返ると、ロイヤル・マイル沿いのセント・ジャイルズ聖堂の塔が見える。

        

 城の中は、日本語音声ガイドのイヤホンを借りて歩いたが、もうほとんど忘れてしまったので、時間順に並べておく。ちなみに、日本語の音声ガイドを注文したら、チケット売り場のおっさんが何やらわけの分からない日本風の歌(おてもやんのような)を歌い出した。こちらもヘレン・シャピロを口ずさんで見せたが、分かっていないようだった。

 唯一、音声ガイドで覚えているのは、かつてはエジンバラ城で午後1時に打つ大砲がエジンバラ市民に時間を知らせていたが、今ではBBCの時報にとって代わられた、なんで1時かというと、12時に12発も空砲を打つのは不経済というイギリス人気質によるのだと説明していた。
 江戸の時の鐘を思い出した。

        

        

 イギリスではやたらと人物の銅像に出会う。
 偉い、イギリスにとって重要な人物もいるのだろうが、ぼくのうろ覚えの世界史の知識ではまったく価値の分からない者も多い。実はほとんど分からない人物ばかりだった。
 下の写真の馬上の人物も誰だったか・・・。 乃木希典ではなかったはず。      

        

 最後に、北海を遠望できるエジンバラの新市街の方向を眺めた写真。

        

 次回は、ロイヤル・マイルからホリルード・パレスを歩きます。

 2014/4/6 記

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イギリス街歩き エジンバラ -1 (ウェーバリー駅・新市街側)

2014年04月05日 | あれこれ

 ヒースロー空港経由でエジンバラ到着。夕刻、ホテル、JURYS INNに投泊。

 翌日3月25日は、エジンバラ城(Edinburugh Castle)、ロイヤル・マイル(royal Mile)、ホリルード・パレス(Palace of Holyroodhouse)が主な見学先。

 8時に朝食をすませて、街に出る。エジンバラ城の開門は9時30分なので、しばらく時間がある。NHKでやっていた“世界の街歩き”(?)をまねて朝の街を歩く。ウイーク・デーなので通勤するイギリス人が行きかっていた。

 ウェーバリー駅を起点に、町を東西に走るプリンセス通り(Princes Street)と、クイーン通り(Queen Street)の間を行ったり来たりして歩く。

 最初の写真はウェーバリー駅待合室のドーム型の天井。

 ついで、ウェーバリー駅の改札口。これも、ヨーロッパ映画のよう。
 通勤客で結構混雑していたが、中には自転車持参で列車から降りて来るものがいた。しかもプラット・ホームの間には駅の外に出られる道路もあって、横断歩道までついている。
 ホームには次々とカラフルなボディーの列車が到着する。鉄道ファンにはたまらない光景だろう。

        

 下の写真は駅舎内のプリンセス・モールという商店街を出た、駅前の広場(ウェーバリー・ブリッジ)。ここから駅の北側、いわゆる新市街を歩く。

         

 クラシックな建物が並ぶ街並みに感嘆して、写真を撮り続けた。
 どれがどこが分からなくなってしまったので、写真の撮影順におもなものだけアップする。前の書き込みで「数百枚の写真を撮った」と書いたが、実際には「千数百枚」もあった。
 なお、写真の日付、時間は日本時間(現地時間に直せることを知らなかった)。この頃はまだ冬時間だったので、9時間引いて下さい。

        

        

 下の写真は、クイーン通りから北海を望んだ風景。
 ご覧のように海が近いので、ホテルの窓辺にもカモメが飛んできたりした。

         

 下の写真の銅像のパネルには“PITT”と書いてあった。
 イギリスにはピットという首相が二人いるが(親子)、よく見なかったので、どちらのピットかは分からない。

        

 再びウェーバリー駅に戻り、いよいよエジンバラ城に向かう。地図で調べると“THE MOUND”という通りにかかる橋から見下ろしたエジンバラ駅。
 プラット・フォームは1番から20番まであった。写真下の方向がグラスゴー方面。

        

 そしてご愛嬌に、エジンバラの街に路上駐車していたシトロエンC1。最後の日にロンドンでシトロエン2CVも見かけた。他のイギリスで見かけたコンパクト・カーと一緒にいつかアップする。

         

 次回は、エジンバラ城を訪ねる。

 2014/4/5 記

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イギリスに行ってきた(2014年3月24日~4月1日)

2014年04月04日 | あれこれ

 シェフィールドの大学院に留学中の息子を訪ねて、女房と2人でイギリス旅行に行ってきた。
 
 卒業式の終わった3月24日に成田を発ち、ロンドン・ヒースロー空港経由でエジンバラへ。エジンバラに2泊して、クロス・カントリー鉄道でシェフィールドへ。シェフィールドに1泊して、イースト・ミッドランド鉄道でロンドンへ。ロンドンに4泊して、4月1日朝に東京に帰ってきた。
 
 往復の航空券からホテル、イギリス国内の鉄道まで、すべて女房が事前に格安価格で予約したまったくの個人旅行。
 当初はヒースロー空港に息子が迎えに来てくれて、一緒に移動するはずだったが、復活祭の長期休暇が大幅に遅くなったため、ヒースローからエジンバラへの移動、エジンバラでの観光、エジンバラからシェフィールドへの移動は、夫婦2人のおぼつかない英会話で凌がなければならなかった。
 ヒースロー空港での乗り継ぎなど危ないところもあったが、何とか乗り切れた。

 

 まずは、エジンバラ空港のエア・ブリティッシュ機。私たちが乗ってきた飛行機である。
 預けた荷物が出てこなかった時の英語でのクレームが一番心配だったので、想定英会話まで準備しておいたのだが、無事に荷物は出てきた。
 日付は「3月25日3時06分」となっているが、これは日本時間で、現地時間は9時間前だから、まだ3月24日の18時06分である。

 空港でタクシーを拾って、エジンバラ市の中心地のホテルに向かう。
 残念ながら乗ったタクシーは典型的なロンドン型タクシーではなく、日本車のSUV型だった。しかし運転手は親切で、行き先もすぐに了解した。
 窓から眺める街並みは、バーナビー警部などで見慣れたいかにもイギリス風の家が続く。

         

 30分足らずで、ウェーバリー駅の南側の“ジュリーズ・イン”(JURYS INN)に到着。
 一番最初にアップした写真は、ホテルの部屋から眺めたウェーバリー駅の時計塔。これも日付は「3月25日15時29分」になっているが、現地では3月25日の午前6時29分。

 到着してすぐに、駅に出かけてみる。
 エジンバラ市の中心駅であるウェーバリー駅は、外観は昔のままのレンガ造り。駅舎の中は、いかにもヨーロッパ映画に出てきそうな雰囲気のあるクラシックな駅だった。
 ゆったりとした落ち着いた声で出発列車の案内のアナウンスが場内に響いていた。出発時刻、プラットフォームの番号、行き先、停車駅しかアナウンスしないので、きわめて分かりやすい。日本の駅の案内はごちゃごちゃとよけいなことを喋るので、外国人にはかえって肝心のことが聞き取りにくいだろう。

         

 駅の南東側には駐車場がある。
 とめてあるクルマも走っているクルマもほとんどがコンパクトカーばかり。日本のようにベンツやBMWをそこらじゅうで見かけることはなかった。

         

 本日最後の1枚は、同じくホテルの窓から眺めたエジンバラ市庁舎。
 ホテルからは駅および鉄道の線路を挟んだ向こう側(北側)のカールトン・ヒルのはずれにある。
 古い建物をそのまま市役所として使用していた。夜じゅう窓の明かりがともっていたので、仕事熱心なのかと思っていたら、どうやらセキュリティのためにつけてあるだけらしかった。

        

 大容量のSDカードを買って、数百枚の写真を撮ってきたので整理がつかない。しかも帰国した翌日4月2日から大学院、翌3日からは法科大学院の講義が始まっているので、なかなか時間が取れないけれど、少しずつ書き込みます。

 2014/4/4 記 

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