先日みたヒチコックの“ロープ”は、現実に起こった殺人事件をモデルにしていると、何かの解説に書いてあった。
そこで、かつて読んだコリン・ウィルソンの『殺人百科』に載っているはずと思って、わが家の物置を探したが見つからなかった。
きょう軽井沢に行ったので、ちょっと別荘に立ち寄って探してみると、コリン・ウィルソンの他の殺人モノと一緒に、本棚に並んでいた。
コリン・ウイルソン/大庭忠男訳『殺人百科』(弥生書房、1963年)、改訂増補版と銘打ってある。
帰宅してパラパラ眺めると、「秀才青年の『完全犯罪』実験」というのがあった。1924年の事件である。これだろう。
シカゴ大学ロー・スクール(!)の学生ネイサン・レオポルド(19)と友人リチャード・ローブ(18)の二人は、ニーチェの超人哲学にかぶれ、自分たちは法や道徳を超越した存在だと信じ、刺激を求めて小さな窃盗を繰り返した後に、「完全犯罪」を計画、実行することになる。
ローブの弟の同級生を誘拐して殺害しておきながら、親に身代金を要求したのである。しかし、死体遺棄現場にレオポルドが自分の眼鏡を落としたことから、警察の取調べを受けることになり、まずローブが、つづいてレオポルドも自白したという。
実際の犯人の一人が「ローブ」という名前であることと、ヒチコックの映画の題名が「ロープ」になったこととの間に関係があるのかどうかはわからないが、ニーチェの超人哲学に影響されたというあたりは同じである。
キネマ旬報『アメリカ映画作品全集』の“ロープ”の解説によれば、映画のほうのジョン・ドールとファーリー・グレンジャーも「超人思想に駆られた」と説明されている。
映画“ロープ”の二人の関係を同性愛とみる見方があるらしいが、同書によると、現実のレオポルドとローブにはそのような傾向があったようだ。
ただし、メカスの『映画日記』か何かでは、評論家は男が二人登場すると何でも同性愛に結びつけて解釈しすぎると批判していた。
現実の事件では、探偵役のジェームス・ステュアートのような学生寮の先輩は登場せず、地道な警察の捜査によって犯人は捕まっている。
二人とも終身刑+99年の懲役刑を言い渡されるが、ローブのほうは獄中で同性愛の相手に殺され、レオポルドのほうは刑期を33年勤めた1958年に仮出獄を許されたという。
訳者の追記によれば、1963年3月25日号の“ニューズ・ウィーク”誌にレオポルドのインタビューが載っているという。
ちなみに、二人の弁護をしたのが、クラレンス・ダロウだという。ダロウも進化論裁判から同性愛殺人まで、ずい分さまざまな事件の弁護に登場するものである。ダロウの伝記『アメリカは有罪だ!』(サイマル出版会)にもこの事件が登場する。
* 写真は、コリン・ウイルソン/大庭忠男訳『殺人百科』(弥生書房、1963年[改訂増補版])の表紙。