大学に出かけては期末試験の試験監督を務め、帰宅してからは自分の科目の答案の採点をしながら、毎日1本ずつ、録画した“メグレ警視”か“フロスト警部”を見ている。
きのうは、“メグレと宝石泥棒”(FOX CRIME)。
メグレがかつて刑務所に送り込んだ宝石強盗犯が、出所後も足を洗っていないことは明らかだが、証拠をつかむことができないでいる。
再び宝石強盗事件が起こり、警官が殺される。メグレはこの元宝石強盗の家を訪ねるが、若い愛人から悪態をつかれる。
原作の原題は“La patience de Maigret”(「メグレの忍耐」)であるが、まさに、メグレがこの悪党たちの悪態に忍耐強く対応しながら捜査を進める過程が描かれている。
原作(翻訳本)の長島良三氏による解説では、この作品は、メグレもののうちでも5本の指に入るもので、《謎とき風なもの》とされているが(シムノン/長島良三訳『メグレと宝石泥棒』河出書房新社、1978年、238頁)、《謎とき》というよりは《プロセスもの》ということは結局《警察もの》だろう。
この話の面白かったところは、フランスの予審判事の権限というか現実がよく分かることである。なぜか今回は捜査の当初から好々爺ふうの老予審判事が、メグレの捜査を担当することを光栄として、彼について回るのである。
メグレが乗る警察車両は大型のシトロエンだが、この老予審判事は自家用車と思われる小さなベージュ色のルノー(4CV)に乗っている。
これもまさに、クルマの記号論で、要するに当時のルノーというのは、予審判事のようにそれなりの地位はあるが、金銭的に豊かとはいえない人物が所有し、運転するクルマだったのだろう。
昭和30年代、日本でも日野自動車が日野ルノーと称して、ルノーを販売していた。雅樹ちゃん誘拐事件では、犯人の歯科医が犯行に使ったクルマが、確かこのルノーだった。当時、歯科医クラスの人が乗るクルマだったのだろう。
このおしゃれなクルマは、当時けっこう街中で目にした記憶がある。『絶版車アルバム1950-1969』(コスミック出版2006年、44頁)に写真が載っている。
フォルクスワーゲンのビートルも、元ヤナセ氏のアイディアではなく、ドイツ本国で《インテリの乗るクルマ》という記号をすでにかち得ていたのかもしれない。
たまたま、きのうは、高校、大学時代からの友人で、長いこと裁判所書記官をしていた男が、8月1日付で簡易裁判所の裁判官に転職することになったというので、一緒に酒を飲んだ。
簡裁判事の職務の一つは令状の発付だが、あえていえば日本の予審判事のようなものである。もちろん日本の刑事司法は当事者主義を採っているから、捜査は検察官の職務であり、裁判官はあくまでアンパイアだが、機能的にはヨーロッパの予審判事と似ているのではないだろうか。
* 写真は、FOX CRIME“メグレ警視と宝石泥棒”から、予審判事の乗っているルノー4CV。