昨日から軽井沢に行ってきた。今年最初の軽井沢である。
週末まで滞在する予定だったのだが、予想外に寒くて、今朝帰ってきてしまった。
日中は日ざしもあって、多少風が冷たいなというくらいだったのだが、日が落ちると途端に寒くなって、長そでシャツにセーターだけでは寒い感じがした。家内はダウンジャケットを羽織っていた。
上の写真は、きのう夕方の浅間山。石尊山の少し左側に夕陽が傾きかけていた(下の写真)。
軽井沢駅に用事があり、ついでにショッピング・モールを眺めた。中国人と思しきカップルや家族が多かった印象。
夕食後は早々に布団に入ったが、掛け布団1枚では寒くて眠れず、起き出してもう1枚かけてようやく眠った。
寝ながらラジオで地元テレビ局の音声を聞いていたのだが、中野市で起きた連続殺人事件を夜じゅう中継で伝えていた。明け方ふと目を覚ますと、午前4時半に、立てこもっていた住宅から出てきた犯人を確保したとリアルタイムで伝えていた。
ちなみに、長野の地方局ラジオでは、ご当地力士の御嶽海の勝敗だけを伝えていたし、信濃毎日新聞も御嶽海の前日の勝敗(実は負けた)を写真入りで報じていた(視野の写真)。
せっかく良い天気がつづきそうだったので出かけてきたのだが、これではと26日朝、早々に帰京することにした。
発地市場によって野菜を買い込んで、峠を下る(下の写真は発地から眺めた浅間山)。
途中の横川サービスエリアで、孫の好物、峠の力餅を買って、昼過ぎには帰宅した。
帰宅後に家内が近所に買い物に行くと、東京の野菜の値段も落ちつき始めたのか、値段の点では発地と大して違わなかったという。新鮮さでは断然発地だが。
下の写真は、横川SAから眺めた妙義山。
妙義山といえば、妙義龍という力士もぼくの好きな相撲取りである。玉鷲と並ぶベテランのようだが、飄々として相撲を取っている様子がいい。兵庫の出身で、群馬の妙義山とは関係ない四股名のようだが。
今場所はご贔屓の霧馬山、朝の山が好調なので、気分がよい。2020年1月に足を骨折して入院した時から相撲のテレビ中継を見るようになったのだが、その頃は前頭に上がったばかりだった明生も調子が良い。
しかし今日の貴景勝戦は興ざめである。せっかく関脇陣が奮闘し、休場明けの照ノ富士ががんばっているのに、大関が立会い変化とは・・・。引き揚げてきた支度部屋で明生が悔しさをにじませたという。しかし明生も、相手が変化する大関であることは警戒しておくべきだった。今場所もすでに何度も変化しているのだから。
若元春という力士も、亡母の子どものころの写真と顔つきが似ているので、他人とは思えない親しみを感じる。
早く現在の関脇陣4人がみんな大関に昇進して、場所を盛り上げてほしい。次の横綱もこの4人の中から出てくるだろう。
2023年5月26日 記