秋の浅間山が最初のページに出てくるのが気持ちよいので、その後書き込みをしないままで来たが、このままでは11月の書き込みがゼロになってしまう。
そこで、断捨離ものの中からほったらかしにしてあったのを1本。
捨てる本は五木寛之と野坂昭如の文庫本。
五木寛之、野坂昭如も、ともに一時期好きな作家だった。
とくに、五木は「さらば、モスクワ愚連隊」、「蒼ざめた馬を見よ」から「ソフィアの秋」ころまで、出る本はすべて買って読んでいた時期があった。
恰好がよかった。
ぼくも若くして直木賞作家になりたいと思った。
今思うと、かなり“きざ”である。「風に吹かれて」の口絵写真などを見よ!
あの頃は、それ以前の大衆作家とはまったく違った作風の作家が登場したように思ったが、最近、黒岩重吾の「背徳のメス」を再読したところ、どこが違うのか、よく分からなかった。
対象になった風俗が変わっただけではなかったか。
彼らの本も断捨離する。すでにかなり捨ててしまった。
あまり寂しい気持ちはなかった。もう二度と読みたいと思うことはないだろう、という自信があった。
山田風太郎などは、ひょっとしたらまた読みたくなることがあるのではないか、という思いがあった。それでも捨てた。
本の断捨離が難しいのは、思い出が重いからというよりも、今後また読みたくなるかどうかがという将来予測が現時点ではできないからである。
2019・11・1 記