ぼくの子どものころは、豪徳寺近辺は小さな民家が立ち並ぶ庶民的な住宅街だったが、今では、もちろん民家もあるけれど、基本的に学生用のアパート街になってしまった。
かく言う私の生家の跡にもワンルームくらいの2階建てのアパートが軒を接するように2軒立っている。
隣りの家も裏の家も同じような状況で、もはやどの辺がわが家の敷地の境界だったのかも分からない。
わが家の近所の寿司屋で、同級生の子がいたFさんの寿司屋はなくなっていたが、Fという表札の家は残っていた。
当時、このFさんが所有するアパートに、Mさんという今でいうなら「お水」系らしい女性が住んでいた。夕方になると、Mさんは派手な衣装と化粧でアパートの門口に現れ、ぼくたちが遊んでいるわきを抜けて豪徳寺駅の方へしなしなと歩いていった。
その手の人が持つ四角い化粧バッグを腕に提げて、漫画の“ベティーちゃん”が大人になったような人だった。
当時ぼくは巨人の宮本敏雄選手が好きで、自分のユニフォームの背番号にも40番をつけていた。そのせいもあって(?)、ぼくはMさんが通りかかるといつも緊張した。そして、その緊張を一緒に遊んでいる友達に気取られないように取り繕わなければならなかった。
実は一緒に遊んでいた友達もみんな、彼女のことを相当意識していたのだった。
ぼくがトリュフォーかフェリーニだったら、ぼくの自伝的な映画に絶対にMさんを登場させるだろう。
演ずる女優さんは誰がいいだろうか。“ペーパー・ムーン”で、ライアン・オニールが引っかけた女を演じていた女優さんのような感じなのだが。
いつの間にか50年が過ぎて、ぼくは当時のMさんよりも、おそらく2倍以上の年になった。
2010/7/9 撮影