団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

先生も学友もきっと気付かれていたと思うのですが、本人に言わないなんて、みんなやさしい人ばかりだったような気がします。

2019-12-11 04:40:26 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「お下がり『制服』の時代」というタイトルで、74歳の女性が投稿されていました。



 「あなたのお姉さんは○△さんですか?」ー。
高校に入学してすぐの半世紀以上前、最初の数学の授業で先生にいきなり尋ねられました。

 わが家は決して裕福でなく、姉は古着屋で制服に似たような服を買い、それを着て高校に通っていました。
姉が卒業した同じ年、私は同じ高校に入学し、お下がりの「制服」で登校しました。

 私は不思議と高校生の間、自分の着ている服が皆と違うなんて思いもしませんでした。
学友も私の服について何も言いませんでした。
冒頭の先生の発言はずっと私と姉の顔がよく似ているからだと思っていました。

 実はそのことに気付いたのは高校の卒業アルバムを初めて開いた時だったのです。
そんな時代でした。


 以上です。


 私より2歳上ということは、昭和20年生まれの女性ですね。
この頃はお下がりの制服が当たり前だったでしょうね。

 本人が学校の制服と違っていると知っていらっしゃらなかったのが幸いでしたね。
でも女性が気づかないなんて、ちょっと信じられない。
よほど制服と似ていたのかな?

 先生も学友もきっと気付かれていたと思うのですが、本人に言わないなんて、みんなやさしい人ばかりだったような気がします。

 私の実家は洋服店を営んでいましたので、学生服のお古は着たことがないです。
私の同級生でお古を着ていた子は少なかったように思います。

 私が高校生の頃は、東京オリンピックなどもあり、
日本の家庭も、徐々に裕福になって来ていた時代だったように思います。







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コメント (8)
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