団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

私も若い時、人生論を読んでいましたね。(笑)

2020-04-12 05:08:53 | 日記
 中日新聞のサンデー版の「おじさん図鑑」に「決めない(上)」というタイトルで、飛島圭介さんがエッセーを書かれていました。



 若いときは迷いが多く、どう生きたらよいかをあれこれ考えた。
とくに青春期の頃は何をどうしていいのか皆目見当もつかず、心はいつも不安定だった。

 そんな折も折、おじさんの若い時分は人生論がブームとなっていて、
トルストイや下村湖人、武者小路実篤、佐古純一郎などの人生論が盛んに読まれていた時代だった。

 今考えれば時代そのものがけっこう真面目だった。

 若きおじさんも、「人生のなぜ」を解き明かしたく、そういった類の本を次々と読み、
心の安定を図ったのだった。

 しかし、迷いは解消せぬまま矢のように時は過ぎ、
成年となり現在に至ってしまった。
この年になっても迷いや不安は手に余るほどだ。

 が、人生の大半を過ぎた今振り返れば、迷いとか不安など、たいしたことではなかった。
「かくあるべきだ」などと<決めない>からこそ、ここまでなんとか過ごしてこられた、と最近つくづく思うのだ。

 もちろん今の若い人たちとは時代相も環境も違うから、
単純には参考にならないだろう。

 が、何事も<決めない>で、その時々を懸命必死に生きることこそが人生の要諦ではないか。


 以上です。

 「決めない(上)」があれば、「決めない(下)」も書かれています。
とりあえず、本日は「決めない(上)」を取り上げました。

>おじさんの若い時分は人生論がブームとなっていて、
トルストイや下村湖人、武者小路実篤、佐古純一郎などの人生論が盛んに読まれていた時代だった。


 私も若い時、人生論を読んでいましたね。(笑)
この中では、武者小路実篤さんの人生論を読みました。


○この道より我を生かす道はなし、

この道を行く。


○自分の力に合うことだけしろ、

その他の事は、

おのずと道が開けてくるまで待て。

このような名言を読んで、感動したものです。


>何事も<決めない>で、その時々を懸命必死に生きることこそが人生の要諦ではないか。

 作者の何事も<決めない>は、参考になりました。

 今のコロナウィルス禍の経験は、当然私にはありません。
政府の言うことを鵜呑みにしないで、自分なりに考えて良いと言うものは受け入れ、
これは役に立たないというものは受け入れない。
何事もとらわれないで、柔軟に対処するのがベターかなと思いました。

 でも、コロナウィルスにかかってしまって、病院で検査もしない、入院もさせてくれない。
自宅で寝ていなさいと言われたら、高齢で高血圧の私は途方にくれるでしょうね。(苦笑)





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コメント (12)
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