中日新聞の読者投稿欄に「卒業生名簿にない私」というタイトルで88歳の男性が投稿されていました。
今でいう小学校五年生だった1944(昭和19)年の夏休み、父から突然「転向するように」と告げられ、別れを友達に伝えられないまま東京都杉並区から現在の富山県魚津市の父の実家に一人預けられました。
いわゆる縁故疎開でした。
学校までの片道に徒歩で一時間半かかった上、現地の子どもたちとは言葉も違ってなじめませんでした。
翌45年夏、終戦となりました。
しかし東京は食糧難だといい、卒業の日までの半年間は魚津で過ごしました。
私が魚津にいた間、東京での友人は皆集団で疎開し、戦後すぐに戻ったと後で知りました。
このため東京での卒業生名簿に私の名前はなく、同窓会には昔もいまもずっと呼ばれていません。
以上です。
投稿者さん、東京での卒業生名簿にご自分の名前がないことをご存知だったのに何も手をうたれなかったでしょうか?
よく同窓会があると、出欠ハガキに「行方不明の方をご存知なら事務局へ教えて下さい」という事が書かれています。
同級生に親しいお友達がいらっしゃらなかったのかな?
またご自分で学校に問い合わせて、同級生の名前と電話番号、住所などを教えてもらい連絡するという方法もあったのでは。
88歳の今ではもう同窓会も行われないと思いますので、致し方ないですよね。
せめて学校の卒業生名簿には、お名前を付け足してもらって下さい。
秋でもないのに/本田路津子