中日新聞の読者投稿欄に「愛情与えられる大人に」というタイトルで、中学3年の男子生徒さんが投稿されていました。
わが家は僕と両親、祖母の四人家族だ。
例えば高級な肉が一切れあるとする。
大人の三人は僕に「食べていいよ」と勧めるだろう。
よほどの理由がない限り、優先されるのはいつも僕である。
幼い頃は「大人はかわいそうだ」とよく思っていた。
しかしそうではない。
僕が「いらない」と断れば、三人はがっかりし、僕が喜べば満足した表情になる。
それが愛情なのだと頭では理解できる。
が、今の僕は食べたいものは食べたいし、欲しいものは欲しい。
譲ることと我慢は同義なのだ。
夫や父になった時、両親や祖母のように当たり前に与えることができる人でありたい。
遠慮や我慢でではなく、大げさな愛情表現でもない。
日常のささいなこととして自分が得ることよりも、相手の喜びを優先する。
そんな大人の心が僕の中にも育まれますように。
以上です。
この投稿者さんは、愛情いっぱいのご家庭に育っていますね。
>僕が「いらない」と断れば、三人はがっかりし、僕が喜べば満足した表情になる。
一切れの高級な肉なら子どもに食べて欲しいと思うでしょうね。
私も子どもに与えますね。その子が成長期なら、なお与えます。😁
>夫や父になった時、両親や祖母のように当たり前に与えることができる人でありたい。
このような温かいご家庭に育ったなら、間違いなく相手の喜びを優先する大人になられると思います。
Hotel California Eagles Reloaded