「山奥や原野など、人里から離れた箇所に所在する鉄道駅を指した日本の鉄道ファンによる呼称」
・・・これが、ウィキペディアが書くところの「秘境駅」の定義である。
単なる「何もない駅」というのとは違うということである。例えばごく普通の人が何かの都合で地方の駅に降り立ったとして(地方の駅といっても、何本もの列車が発着するし、駅の中にはちょっとした駅ビル街のようなものがあったり、駅前に出れば大手企業の地方支店の看板が立ち、金融機関もあるし、一本脇道に入れば個性的な居酒屋があって地元のサラリーマンで賑わっていて・・・というところ)、人によっては、「あ、田舎の町だから何もないや(東京や大阪と比べて)」という感想をもらすかもしれない。
ただ、同じ景色を見て、「こんなの全然都会じゃ~ん!」という感想を持つ人もいるし、それがエスカレートすると、駅前に人家があるだけで「こんなの秘境じゃない!!」と言う人すら出てくる。「何もない」というのは、人によって程度の分かれる話である。
その一方の雄である「こんなの秘境じゃない!!」という手合いの代表が、「秘境駅」という言葉を世に送り出した、「秘境駅」の絶対的権威である(秘境駅でガッチリ儲けた)牛山隆信氏。
その牛山氏、本業は大手電機メーカーにお勤めというが、仕事の都合もあってか、現在は三次市在住という。その最寄ということで最近知る人も多くなった秘境駅が、三次から三江線で3駅目、同じ三次市にある長谷(ながたに)駅。その駅を訪れたことを書こうと思う。
まあ、何だかんだ言って、私も最近秘境駅には興味があるので・・・・見事、牛山氏の面白さにひかれた口です(苦笑)。
朝の時間にやってきた長谷駅。山陰を代表する河川の一つである江の川に面したところ。ただここに来るまでの間、崖がすぐ横に迫ってきていたりしてヒヤッとさせられることもあった。少し川沿いに道幅が広くなったなと思うと、そこが駅だった。よく鉄道を敷いたなと思うし、よく県道も通したなと思う。
駅のすぐ横には数件の集落があるが人の気配をほとんど感じることがなく、かといって江の川の対岸も山また山で、国道もどのくらい整備されているのか怪しい風情。こちら側の駅前の道はこの奥の町から三次に出るのに便利なようで、クルマは頻繁に通る。そのこともあって、やはり駅としては必要だったのだろうか。
駅の時刻表。朝に2本、三次行きの便がある。一方、江津方面はといえば・・・夕方に3本、しかも途中駅止まりの便がある。この駅から列車に乗ろうと思えば、三次行きは9時過ぎが「終列車」、江津方面(といっても途中の口羽止まり)は14時半が「始発列車」である。長谷から三江線を利用する人がいたとして、「朝に三次に向かい、夕方に戻ってくるしかない」というダイヤ。まあ、ここから江津方面に乗り込む人というのは想定してないのだろう。
三江線自体を走る列車は他にもまだまだあるが、ここ長谷は最初から存在を無視されているのかもしれない。半数は通過扱いである。いろんな人の旅行記や駅ノートの書き込みを見ると、三次、江津両方向の隣の駅まで歩いたということがある。結構離れてはいるが、歩けないこともないくらいの距離。
昔の田舎の駅あるようなホーム上の待合室が、何かの拍子に階段の下に下ろされたような建物が「駅舎」である。何だか落ち着いた空間。
そこには一冊のノートが置かれていた。風情のあるローカル駅に来ると必ずといっていいほどノートがあったりする。そして何とそのノートの管理者が、件の牛山氏である・・・・。あらあら。せっかくなので私も一筆書きとめる。
その冒頭には、前に置いたノートがなくなっているということに触れられていた。おそらく盗難の可能性が高いとして、その犯人に激しく憤る内容の記事だった。それはそうだろう。カネ目当てで金品を盗むよりも、人の気持ちを踏みにじる嫌がらせのほうが、痛い。
しばらく待つと、江津方面から線路を刻む音が聞こえてきた。そう、これが午前9時発の三次行き「最終列車」。 もちろん1両しかないが、車内はそこそこの乗車。ワンマン運転手はしばらく私の方を「乗るん?乗らんのん?どっちなん?」てな表情で見て、ドア操作をする。最近は秘境駅ブームで、ここで下車したり、ここから乗ったりという手合いが増えてるのだろう(年間ベースで行けば、長谷駅の1日の利用人数が1~2人上昇傾向だったりして)。
気動車はゆっくりと、江の川の流れをさかのぼるようにトコトコと走って行く。ちょうど雨が降っていたからか、三次名物の雲海には遥か遠く及ばないが、大河に沿って走る鉄道は水墨画の風情があるように感じた。乗っていたら却って気づかなかったかもしれない。
三江線、廃止も取りざたされる一方で、沿線の素朴な魅力、豊かな自然も盛んにアピールしている。秘境駅はその一つとして、今度は久しぶりに列車に揺られてみたいものである・・・。中国山地にはまだまだローカル色が濃い鉄道線があるが、また改めて書くことに。