



ニューヨークで富豪アームストロング家の幼い娘デイジーが誘拐され殺される事件が起きる。その5年後、名探偵ポワロが乗車したイスタンブール発のオリエント急行の車内で、金持ちのアメリカ人ラチェットが何者かによって殺害される。国籍も階級も異なる容疑者たちを尋問するポワロの推理は、やがて驚くべき真実と犯人を暴きだすことに…
ミステリの女王アガサ・クリスティの作品中1・2を争う有名作を、NYを舞台にした社会派ドラマで名を馳せていたシドニー・ルメット監督が映画化。
子供の頃、淀川さんが解説の日曜洋画劇場で(年がバレる


私、たまにこの映画が無性に観たくなるんですよねえ。この映画を観ると、とても豊かで明るい気持ちになれるんです。高級ワインを一杯飲んだかのような。殺人事件を扱ってる話なのに、殺伐さや陰気さなど微塵もない。とにかく優雅な華やかさ洒脱さが隅々に満ちている、正真正銘のリッチな映画なんです。そのゆったりとしたムードや、洗練されたユーモアなど、ハリウッドや韓流に出てくる俗悪な成金とは住む世界が違う、まさに本物のリッチさ。さすが貴族の本場であるイギリス映画。
音楽も素晴らしい。オープニングのテーマに、まず胸が躍ります。そして、陽気なワルツに乗ってオリエント急行が出発進行するシーンにも、ワクワクな旅心を誘われます。あと、30年代の上流階級ファッションも目に楽しいです。
すべてがエレガントでゴージャスですが、やはり最大の魅力は国際色豊かなキャスティングにあるのではないでしょうか。当時の人気スター、気鋭の実力派俳優、英国演劇界の重鎮、レジェンドな大スターたちが一同に集結していて圧巻です。
まず、ポワロ役のアルバート・フィニーが強烈です。素顔がほとんど消えてるメイク、膨大な台詞を淀みなく劇的に吐く演技には圧倒されます。フィニー氏が当時まだ30代と知りビツクリ。化けるな~。役者だなあ~。フィニー氏はポワロの名演で、アカデミー主演男優賞にノミネートされました。
おしゃべりなアメリカ女性ハバード夫人役、コミカルでクールなローレン・バコールが最もおいしい目立つ役かも。最重要なキャラですし。彼女の着てた真っ白な毛皮のコート、超ゴージャス!まさにハリウッドスターって感じ。英国軍人アーバスノット大佐役の初代007ことショーン・コネリーの、男ざかりなダンディさ。イギリス人教師メアリ・デベナム役のヴァネッサ・レッドグレーヴの、不敵な笑顔と威風堂々な長身のカッコよさ。ロシア人貴族ドラゴミロフ公爵夫人役のウェンディ・ヒラーの、身体はヨボヨボなのに誰よりも精神が鋼な力強さ。ラチェットのイギリス人執事ベドーズ役のジョン・ギールグッドの、召使なのに貫禄があって美しい立ち居振る舞い。唯一の被害者ラチェット役のリチャード・ウィードマークは、見るからに悪人!なんだけど、シブい素敵おぢさま。
美男美女役を受け持ったのは、ハンガリー外交官アンドレイニ伯爵夫妻役のマイケル・ヨークとジャクリーン・ビセット。

ジャクリーン・ビセットは、おそらく最も美しかった頃ではないでしょうか。輝くばかりの美貌に惚れ惚れします。マイケル・ヨークもイケメン!妻にベタ惚れで、妻に馴れ馴れしいポワロに警戒したりカっとしたりするのが可愛いです。
そして何と言っても、オールスターキャストの中で最大最高の存在なのが、大女優イングリッド・バーグマンです。

スウェーデン人宣教師グレタ・オルソン役のバーグマン。え?!この地味なおばちゃんが?!と、公開当時にこの映画を観た往年のファンにとっては、ショッキングだったであろう今作の彼女。かつての華やかで知的な美女バーグマンが、オドオドとキョドりまくりのオツムがアレなのかな?な女役を、地味~に怪演しています。地味なのに、めちゃくちゃ怪しいんです。言動が何かトンチンカンで、滑稽だけど不気味。数分にわたって彼女のアップのみ映す、という尋問シーンがスゴいです。ルメット監督は明らかにバーグマンを特別扱いしていて、それは劇中ナニゲに感じられます。DVD特典のインタビューでも、ルメット監督やプロデューサーは、バーグマンに最大級の敬意と憧れを寄せています。いちばん地味な役でいちばんのインパクトを残したバーグマンは、この映画で3つ目のオスカー、アカデミー助演女優賞を獲得しました。
インパクトという点においては、ラチェットの秘書アメリカ人青年マックイーン役のアンソニー・パーキンスも負けてません。神経質なマザコン!役って、まんま「サイコ」じゃん!サイコのパロディみたいな役、よく引き受けたなあ。マザコンだから結婚できないっていうのかー!!と、いきなりポワロにキレるシーンとか笑えます。それはそうと。パーキンスとバーグマンって、「さよならをもう一度」でも共演してましたね。ずいぶんな変わりようにも驚かされます。
これだけの出演者を手堅く、しかも楽しく演出したシドニー・ルメット監督の手腕も賞賛に値します。舞台劇のように仕立てたのが秀逸。冒頭のデイジー誘拐殺人の顛末を語る手法とか、オリエント急行に乗客が乗り込むシーン(わらわらと群がる現地の物売りたちを、どけ!と杖で突き飛ばすドラゴミロフ公爵夫人、犬猫でも追い払うように手で拒否るハバード夫人、台車から落ちた果物を足で蹴っ飛ばすアンドレイニ伯爵。上流階級の高慢さがカッコいい!)、そしてラストのカーテンコールみたいな乾杯シーン。どれも斬新で小粋。
DVD特典も必見です。出演者たちが役の衣装でポーズをとってる宣伝用スティール、写真集にして手元に置きたい!興味深い撮影裏話や秘話を聞きながら、もうこういう優雅で格調高い映画を作るのは不可能なんだなあ、と思ってしまいました。