「淵に立つ」
町工場を営む利雄は、妻の章江、娘の蛍と共に静かな毎日を送っていた。そんな中、出所したばかりの旧友八坂が突然現れる。章江と蛍はしだいに八坂を慕い信頼するようになるが、利雄の秘密を握る八坂はやがて恐るべき事態を引き起こすことに…
新作「よこがお」の公開が待ち遠しい深田晃司監督の前作。カンヌ映画祭で賞を獲るなど、国内外で高く評価された作品です。恥ずかしながら私、深田監督のことは「よこがお」で初めて知ったのですが、この作品を観て俄然ファンになってしまいました。作風と役者のチョイスが、私好みかも。私が子どもの頃の2時間ドラマっぽいというか。今はすっかりジジババ向けになってますが、同じサスペンスでも刑事ものや捜査ものではなく、犯罪をめぐってのすぐれた人間ドラマが多かった2時間ドラマ。この映画は、そんな質の高かった時代の2時間ドラマを思い出させました。
オリジナル脚本で、庶民の日常生活の中にある暗部を描く作風、といえば是枝監督が今は邦画の第一人者ですが、私は深田監督のほうが好きかも。是枝監督の映画は、内容や演出はともかくキャストが必要以上に派手で、彼らのこういう映画に出れば演技派!だと思ってそうなところが鼻について観る気が萎えちゃうんです。その点、深田監督の作品は地味だけど出演者のネームバリューに頼らず、監督の脚本と演出ありきで、しかも役者たちの個性と演技も活かしている印象がして好感。
映画は序盤は淡々と物語が進むのですが、じょじょに、そしてかなり二転三転するので退屈しません。始まったころはむしろ、不幸な男が優しい人たちに支えられて再生する、みたいな深イイ話なのかなと思わせるのですが、いつしか危険な男と熟女人妻との道ならぬ恋情に発展し、予想のレールから脱線。そしてショッキングな事件が発生し、後半は現実なのかそうでないのか、不可解で不条理な展開とシーンに何?いったいどういうこと?と観る者は狐につままれたような気分に。説明的な台詞や場面はなく、八坂が蛍に何をしたのかも、八坂の行方も、一家が迎えた結末も、観客の解釈に委ねられています。つながりたいけどつながらない人間関係。平穏に歩いてるつもりの道は、いつ落ちるか分からない崖っぷちかもしれない。私たちだって密かに抱えている心の闇に、何かのきっかけで飲み込まれてしまうかもしれない。実際にはありえないオカルトよりも、心も人生も壊すかもしれない不安ややり場のない怒り、絶望のほうが怖い。
キャストは地味だけど、みんな独特で強烈!疫病神みたいな八坂役の浅野忠信は、すごい気持ち悪いです。前半で姿を消すのですが、もう出てきませんようにと本気で祈ったほど。利雄役の古館寛治は、この映画で初めて知ったのですが、俳優が本職ではないのでしょうか?すごい棒読み。でも味わいある演技と存在感でした。後半、八坂と入れ替わるように登場する若者役、太賀(現・仲野太賀)もなかなかの好演。いい子なんだけど、時おりザワっとさせる表情や言動。これ見よがしでない演技が秀逸でした。太賀くん、若いけどいい役者!30すぎたらいい男にもなりそう。
そして何といっても章江役の筒井真理子!この映画、彼女こそが最大の見どころ、魅力と言っても過言ではないかも。美人で優しい妻、母なんだけど、平凡な生活に狎れた倦怠感、悪いものが入り込む隙があるユルさが、生々しくも自然かつエロかった。髪型とか服装とか、所帯じみていながらどこかしどけない風情が色っぽかった。人造人間みたいな美貌の女優よりも、生活感を色香に変える筒井さんみたいな女優のほうが好き。あと、同じ優しそうな美人女優でも、吉永小百合みたいな隙のない優等生よりも、筒井さんみたいな隙のある女のほうが、人間的で魅惑的です。ちなみに筒井さんご本人は、小百合さまと同じ早稲田卒の才媛です。
前半は生活感あふれる色っぽい人妻、後半はすっかり女であることを捨てたおばさん、と見た目も演技もガラっと変化。邦画では久々に、これぞ女優!と感嘆しました。自称女優の無難演技、CM演技にウンザリしてる人にぜひ観てほしい映画です。「よこがお」がますます楽しみになりました!これからも深田監督のミューズとして、他の女優の追随を許さない存在になってほしい。深田監督には、是枝監督みたいに大衆に媚びたミーハーキャスティングはせず、映画に適した俳優を起用し続けてほしいです。
町工場を営む利雄は、妻の章江、娘の蛍と共に静かな毎日を送っていた。そんな中、出所したばかりの旧友八坂が突然現れる。章江と蛍はしだいに八坂を慕い信頼するようになるが、利雄の秘密を握る八坂はやがて恐るべき事態を引き起こすことに…
新作「よこがお」の公開が待ち遠しい深田晃司監督の前作。カンヌ映画祭で賞を獲るなど、国内外で高く評価された作品です。恥ずかしながら私、深田監督のことは「よこがお」で初めて知ったのですが、この作品を観て俄然ファンになってしまいました。作風と役者のチョイスが、私好みかも。私が子どもの頃の2時間ドラマっぽいというか。今はすっかりジジババ向けになってますが、同じサスペンスでも刑事ものや捜査ものではなく、犯罪をめぐってのすぐれた人間ドラマが多かった2時間ドラマ。この映画は、そんな質の高かった時代の2時間ドラマを思い出させました。
オリジナル脚本で、庶民の日常生活の中にある暗部を描く作風、といえば是枝監督が今は邦画の第一人者ですが、私は深田監督のほうが好きかも。是枝監督の映画は、内容や演出はともかくキャストが必要以上に派手で、彼らのこういう映画に出れば演技派!だと思ってそうなところが鼻について観る気が萎えちゃうんです。その点、深田監督の作品は地味だけど出演者のネームバリューに頼らず、監督の脚本と演出ありきで、しかも役者たちの個性と演技も活かしている印象がして好感。
映画は序盤は淡々と物語が進むのですが、じょじょに、そしてかなり二転三転するので退屈しません。始まったころはむしろ、不幸な男が優しい人たちに支えられて再生する、みたいな深イイ話なのかなと思わせるのですが、いつしか危険な男と熟女人妻との道ならぬ恋情に発展し、予想のレールから脱線。そしてショッキングな事件が発生し、後半は現実なのかそうでないのか、不可解で不条理な展開とシーンに何?いったいどういうこと?と観る者は狐につままれたような気分に。説明的な台詞や場面はなく、八坂が蛍に何をしたのかも、八坂の行方も、一家が迎えた結末も、観客の解釈に委ねられています。つながりたいけどつながらない人間関係。平穏に歩いてるつもりの道は、いつ落ちるか分からない崖っぷちかもしれない。私たちだって密かに抱えている心の闇に、何かのきっかけで飲み込まれてしまうかもしれない。実際にはありえないオカルトよりも、心も人生も壊すかもしれない不安ややり場のない怒り、絶望のほうが怖い。
キャストは地味だけど、みんな独特で強烈!疫病神みたいな八坂役の浅野忠信は、すごい気持ち悪いです。前半で姿を消すのですが、もう出てきませんようにと本気で祈ったほど。利雄役の古館寛治は、この映画で初めて知ったのですが、俳優が本職ではないのでしょうか?すごい棒読み。でも味わいある演技と存在感でした。後半、八坂と入れ替わるように登場する若者役、太賀(現・仲野太賀)もなかなかの好演。いい子なんだけど、時おりザワっとさせる表情や言動。これ見よがしでない演技が秀逸でした。太賀くん、若いけどいい役者!30すぎたらいい男にもなりそう。
そして何といっても章江役の筒井真理子!この映画、彼女こそが最大の見どころ、魅力と言っても過言ではないかも。美人で優しい妻、母なんだけど、平凡な生活に狎れた倦怠感、悪いものが入り込む隙があるユルさが、生々しくも自然かつエロかった。髪型とか服装とか、所帯じみていながらどこかしどけない風情が色っぽかった。人造人間みたいな美貌の女優よりも、生活感を色香に変える筒井さんみたいな女優のほうが好き。あと、同じ優しそうな美人女優でも、吉永小百合みたいな隙のない優等生よりも、筒井さんみたいな隙のある女のほうが、人間的で魅惑的です。ちなみに筒井さんご本人は、小百合さまと同じ早稲田卒の才媛です。
前半は生活感あふれる色っぽい人妻、後半はすっかり女であることを捨てたおばさん、と見た目も演技もガラっと変化。邦画では久々に、これぞ女優!と感嘆しました。自称女優の無難演技、CM演技にウンザリしてる人にぜひ観てほしい映画です。「よこがお」がますます楽しみになりました!これからも深田監督のミューズとして、他の女優の追随を許さない存在になってほしい。深田監督には、是枝監督みたいに大衆に媚びたミーハーキャスティングはせず、映画に適した俳優を起用し続けてほしいです。