今日も極暑の中、ショートツーリングです。自宅を8時半頃に出発して、到着したのは「道の駅みき」です。
ここで、おもむろにナビをセットします。

まだ9時20分ですが、R175沿いの温度計は既に31℃です。(暑!)

目的地に到着しました。ここは「みき歴史資料館」です。

こんな展示を見に来ました。

展示会は、昨年の「三木飛行場展」と同じで2階でした。

それでは展示パネルをいくつか紹介しましょう。先ずは三木駅の今昔です。これが三木鉄道が運行されていた当時の三木駅です。

そして、これが三木駅跡に開設された「三木鉄道記念公園」での三木駅です。

別所駅と石野駅。北条鉄道の法華口駅や長駅に近い雰囲気です。


国鉄・三木線の頃は、SLも走っていました。

当時の三木駅の時刻表でしょう。1本/時間という寂しい運行本数です。

サボ(行先標)です。加古川線~山陽本線経由の、三木~姫路行という直通列車もあったんですね。

現在の三木鉄道跡の状況です。鉄道が敷かれていた橋は歩道橋となり、


一部はジャングルのようになり、

畑の畔には勾配標が残っています。この勾配標ですが、水平に1000メートル進んだときの高低差(メートル)を表します。三角関数のtanと同じですね。この勾配標は、登りの12.5メートルを表しています。

会場では、こんなビデオも流れていました。一部(2分ぐらい)を動画でどうぞ。
今回、「みき歴史資料館」に来たのはもう一つ目的があります。それは1942年(昭和17年)に建築された旧三木高等女学校の校舎を、あらためて撮影するためです。
「みき歴史資料館」の係員さんにお聞きすると、内部に入るのは老朽化で危険なため、関係者以外は立入禁止だそうです。
係員さんが話されたように、危険なためか三角コーンとバーで旧校舎には近寄れないようになっています。

それでは旧三木高等女学校の校舎の画像をどうぞ。露出オーバーはご容赦を・・・です。



やはり、この手のものはモノクロがいい感じです。

この旧校舎は、現在、こんな使われ方をしています。さらに保管されている埋蔵文化財は、「みき歴史資料館」に、順次、運び出されているとか・・・この旧校舎を上手く整備すれば、映画ロケや市民憩いの場として利用できると思うのは、私だけではないと思います。

「みき歴史資料館」の次に向かったのは神戸市北区の淡河ですが、画像が多くなるので次回に紹介しましょう。
ここで、おもむろにナビをセットします。

まだ9時20分ですが、R175沿いの温度計は既に31℃です。(暑!)

目的地に到着しました。ここは「みき歴史資料館」です。

こんな展示を見に来ました。

展示会は、昨年の「三木飛行場展」と同じで2階でした。

それでは展示パネルをいくつか紹介しましょう。先ずは三木駅の今昔です。これが三木鉄道が運行されていた当時の三木駅です。

そして、これが三木駅跡に開設された「三木鉄道記念公園」での三木駅です。

別所駅と石野駅。北条鉄道の法華口駅や長駅に近い雰囲気です。


国鉄・三木線の頃は、SLも走っていました。

当時の三木駅の時刻表でしょう。1本/時間という寂しい運行本数です。

サボ(行先標)です。加古川線~山陽本線経由の、三木~姫路行という直通列車もあったんですね。

現在の三木鉄道跡の状況です。鉄道が敷かれていた橋は歩道橋となり、


一部はジャングルのようになり、

畑の畔には勾配標が残っています。この勾配標ですが、水平に1000メートル進んだときの高低差(メートル)を表します。三角関数のtanと同じですね。この勾配標は、登りの12.5メートルを表しています。

会場では、こんなビデオも流れていました。一部(2分ぐらい)を動画でどうぞ。
今回、「みき歴史資料館」に来たのはもう一つ目的があります。それは1942年(昭和17年)に建築された旧三木高等女学校の校舎を、あらためて撮影するためです。
「みき歴史資料館」の係員さんにお聞きすると、内部に入るのは老朽化で危険なため、関係者以外は立入禁止だそうです。
係員さんが話されたように、危険なためか三角コーンとバーで旧校舎には近寄れないようになっています。

それでは旧三木高等女学校の校舎の画像をどうぞ。露出オーバーはご容赦を・・・です。



やはり、この手のものはモノクロがいい感じです。

この旧校舎は、現在、こんな使われ方をしています。さらに保管されている埋蔵文化財は、「みき歴史資料館」に、順次、運び出されているとか・・・この旧校舎を上手く整備すれば、映画ロケや市民憩いの場として利用できると思うのは、私だけではないと思います。

「みき歴史資料館」の次に向かったのは神戸市北区の淡河ですが、画像が多くなるので次回に紹介しましょう。