我、再び駆ける。

ADV150・MT-03・4D9マジェスティなどを購入したことから、これらのバイクについて紹介していくブログです。

何も買い換えるつもりはありませんが・・・青春時代の4本マフラー

2009年01月07日 | バイク全般
Maj(マジェスティ)が納車されて3ヶ月が過ぎました。まあ細かな欠点はあるものの、十分満足しています。
しかしながら、人間の物欲なるものは終わりの無いもので、TMAX(YAMAHAの500ccスクーター)を見かければ、おっ!なかなかエエやん!なんて思うのは自然の摂理です。

そんなところで、TMAXについてジロジロと調べると、相当走るようです。何でもパワー的には、リッターバイクとのツーリングでも遅れを取らないばかりか、スクーター離れしたコーナリング性能も魅力のようですね。
しかし、95万円近い値段には大きなため息・・・とてもお手軽に買える値段ではありません。5年ぐらいは全てにおける辛抱とさらなる節約が必要です。
もっとも前述したとおり、現在のMajで十分満足していますので、特に「今スグ欲しい!」ということではありません。次に購入するなら・・・というシュミレーションですね。

この「次に購入するなら・・・」なんてことを、寝る前に考えていたのが原因なのか、20歳頃に乗っていたCB350Fourの夢を見ました。そして目が覚めてからは、どうもこのCB350Fourのことが気になるのです。
ここでCB350Fのことを簡単に紹介しますと、CB350Fは1972年に発売された中型クラスでは初の4気筒バイクでした。
何でも本田宗一郎さんが、当時話題のCB750Fourがあまりにも大きく、「俺にも乗れる4気筒バイクを作れ」との一言で発売されたCB350Fourですが2年ほどしか販売されず、その後は4in1のCB400Fにバトンタッチされました。(しかし、そのCB400Fも僅か2年ほどで販売中止になり、2気筒3バルブのホークⅡに引き継がれましたね)

で、私が購入したCB350Fourですが、78年頃に購入しました(緑色)。購入価格は諸費用込みの25万円ぐらいだったと覚えていますが、とにもかくにも4本マフラー(ここが大事!)のバイクが欲しくて買ったようなところです。
しかし、走りは最悪。「乗った瞬間、心が躍る!」ではなく、「乗った瞬間、こりゃアカンわ~」というのが本音のところ・・・ハッキリ言って、2気筒のCB250T以下と言っても過言ではないでしょう。それでも1年ほど乗り、車検も切れたことから次のバイク購入のために下取りに出しました。

さて本題に戻って、気になるCB350Fourですが、仮に現在購入するとなれば・・・ですが、大体、50~60万円という中古価格ですね。
もっとも1975年には生産中止となったCB350Fourですから、もはや中古というより旧車と呼ぶべきでしょう。何せ30年以上前のバイクです。故障しても交換部品の入手は不可でしょう。とても普段に使えるバイクではありません。

と、いうことでCB350Fourは半分諦めて、とりあえず同じ4本マフラーの最近のバイクは・・・と考えると、うん!ありました。今から10年ほど前に販売されたCB400FOURです。
現在のCB400スーパーフォアと基本的に同じエンジン(VTECは無し)を搭載したCB400FOURですが、まぎれもなく4本マフラーです。しかし、これまた中古車価格は、結構、高価ですね。先ほどのCB350Fourと同じ50~60万円です。

何度も申し上げますが、Majを下取りに出してバイクを買い換える気持ちはありません。ただ私ぐらいの年代になると、若かりし頃(青春時代)を思い出すことが多くなります。
そして、そんな私の青春時代を夢中にさせたのが、4本マフラーのバイクなのです。何か4本マフラーのバイクを所有すれば、青春時代にタイムスリップできそうな錯覚を起こしてしまいます。
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昨年のことですが・・・宝塚に行ってきました。

2009年01月05日 | マジェスティ・ツーリング
少々お伝えするのが遅くなりましたが、昨年の年末に宝塚に行ってきました。
しかしながら何も宝塚歌劇を観に行ったのではなく、また手塚治虫記念館に行ったものでもありません。宝塚市会議員である寺本さなえさんの事務所に行ってきました。

寺本さんは、いわゆる政党に所属する議員ではなく、市民会派と呼ばれるピュアな市民を代表する議員さんです。ご本人はとてもコンパクトな方ですが(要するに小柄な方・・・寺本さん、失礼!)、いつも笑顔を絶やさず親身になって相談に乗っていただける方です。
私と寺本さんとは、私が労働組合の執行委員を務めていた頃、所属する労働組合出身の議員さんと寺本さんが知り合いであったため、自然と話すようになり意気投合したところですね。

さて、今回、宝塚まで行ったのは、以前に寺本さんが明石に来られた時、宝塚のお土産を丁重にいただき大変恐縮したもので、そのお返しに明石のお土産を・・・というところですね。それに少々お願いもありました。

寺本さんの事務所に着いたのは13時頃でしたが、あっという間に2時間以上話しこんでしまいました。
話の内容は、議会運営のこと、労働組合や連合のこと、それにO阪府のH知事のこと(問題多し!)・・・ですね。まあ、このブログはバイクのブログですので、難しい話は止めておきましょう。
あまり長居しては申し訳ないので15時半頃にお別れしましたが、時間があれば丸一日でも話し込んでいたでしょう。

実は今回、寺本さんにお会いした目的は、バイクの駅前駐車場を宝塚市でも・・・というところです。
この問題を解消するには、やはり地元の議員さんを通じて請願なりの活動をしないと難しいでしょう。そんなところでお伺いしたところです。
とりあえず「日本二輪車協会(NMCA)のサイトをご覧ください」とお伝えしましたので、今後、何らかの動きがあるかもしれません。

私達のような一般市民から見れば、議員さんは何か敷居が高いように思いますが(一部、そのような方もおられますが)、実際にお会いすると親身になって相談に乗っていただけます。

あ~だ、こ~だ、と不平不満を漏らしても何も変わりません。自分一人で動くのが難しいのであれば、議員さんの協力を得るのも一つの方法です。

PS.
今回の記事の内容は、少し難しかったでしょうか。写真は、寺本さんの事務所近くから見た宝塚大劇場です。
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気が付けば三都参りで・・・疲れました。

2009年01月03日 | マジェスティ・ツーリング
昨日は家内が「八坂神社に初詣でも・・・」なんてことで、京都に行ってきました。もっとも寒くて天候不順のため、Maj(マジェスティ)ではなく阪急電車です。
ちょうど阪急・阪神・神戸高速が一日乗放題チケットが千円で発売されてましたので(ニューイヤーチケット)、これを見逃す手はありません。

明石~三宮はJRですが、三宮~河原町(四条)は阪急です。河原町に到着すると既に恐るべき人の波・・・四条大橋あたりから八坂神社までの歩道は人で溢れかえっています。

ところで八坂神社は祇園さんとも呼ばれる神社ですが、京都ではもっともポピュラーな神社と言えるでしょう。
私も京都の神社の中では一番大好きですが、阪急・京阪電車の駅から近いだけではなく、神社参拝の後は京都の一番賑やかな繁華街にも近いという地の利もありますね。

さて八坂神社ですが、混んでいるのですが、何か人の流れが速いのです。ウーン、不思議ですね。
この不思議な点は、神社内の露天の飴細工のおっちゃんが見事に解説していました。それは「景気が悪いのか、ロクに参拝もしないでちょっと見たらスグに帰ってしまう。参拝もしてないから破魔弓も買うてない。一体、何しに正月に八坂神社に来ているねん。観光客ばっかりや」なんて言葉が全てを表していました。
私も思わず納得です。景気が悪いのかお賽銭を入れるのが精一杯という感じですね。破魔弓を買っている方なんて、本当に少数でした。ほとんど観光客です。

八坂神社の後は、15分ばかり歩いて平安神宮に・・・しかし、意外と空いていました。ウーン、三が日の二日目ですから、元旦のようなことはないでしょうが、それでも以外です。これも景気の悪さが影響しているのでしょうか。
再び歩いて河原町に戻り、阪急電車の梅田行特急で帰ることにします。しかし私も家内も車内で爆睡してしまい、十三で乗り換えるところを終点の梅田まで乗り越してしまったのです。

止む無く梅田の阪急百貨店に行こうとすると、恐るべき人の波にはね返され、今度は阪神百貨店に強行突入・・・しかし、ここも人の多さに唖然!呆然!
8階のタイガース・ショップで、京都土産の代わりにタイガース・応援グッズを買い求め(何か変ですね)、早々に阪神梅田から三宮まで帰ってきましたが、途中、車窓から甲子園球場に向かって一礼するのも、阪神ファンの由緒正しき初詣です。

三宮到着後は、少々ウロウロして明石に帰ってきました。これで、神戸・京都・大阪の三都巡りが、気が付けば完成しましたね。
それでも、あ~疲れた、です。来年は行っても、八坂神社だけにしておきます。大阪・梅田周辺は近寄らない方が賢明です。

PS.
八坂神社の後に平安神宮に行ったのは、ニューイヤーチケットに付いている祈念品の引換券があるからです。
八坂神社ではお神酒と盃、平安神宮では平安箸をいただきました。
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新年早々ステッカーを・・・(お正月からミリタリーネタ)

2009年01月01日 | マジェスティ
皆様、明けましておめでとうございます。本年のこのブログをよろしくお願いします。

と、いうことで、平成21年になりました。2009年です。紀元2670年です。(これが分かるのは、ミリタリーマニアか右寄りの方か?)
そんなところで、朝からお酒を飲んでおせち料理を食べ、近くの神社に初詣という典型的な日本人の新年のスタートです。

お酒が入っている以上、よしMaj(マジェスティ)の初乗りだ!という訳にもいかず、かといってゴロゴロしてTVを観ていると体脂肪率の上昇を招くため、昨年から延び延びになっていたMajに新しいステッカーを貼ることにしました。
で、新しく貼ったステッカーは写真のとおりなんですが、以前にも紹介した透明のフィルムにExcelで作成したものです。

ところで「なんで流星やねん?」ですが、ミリタリー飛行機のファンである私にとっては、ロングボディのMajは搭乗席の長い攻撃機のイメージであり、その中でも美しい流星艦上攻撃機のイメージがあるからですね。
単に「流星」だけでもよかったのですが、私らの年代にとっての流星は、スーパー・ジェッター(子供の頃のアニメ)の流星号のイメージが強く、混同されないように「艦上攻撃機」を入れたところです。

ここで、簡単に流星艦上爆撃について紹介しますと、流星は従来の艦上爆撃機(爆弾搭載)と艦上攻撃機(魚雷搭載)の性能を併せ持った航空機でした。(艦上とは航空母艦から発着艦できる航空機です)
戦争も押し詰まった昭和20年に正式採用されたため、目立った活躍はなかったのですが、紫電改と同じ2千馬力の「誉」エンジンを搭載し空力的にも優れていたことから、攻撃機としては異例の戦闘機並みの速度と運動性能を有していました。また空母「信濃」(大和型三番艦)において、紫電改とともに発着艦テストを行った記録が残っています。
逆ガル翼(アメリカ海軍のF4Uコルセア戦闘機と同じ)が特徴で、戦後、アメリカ海軍のAD-1 スカイレイダーが登場するまでは、レシプロ機(プロペラ機)としては世界最高の艦上攻撃機でした。

ウーン、どうも新年早々バイクのブログにかかわらず、ミリタリーのことが長くなってしまいますね。
ステッカーを貼ったのは、タンデム・ステップの少し前の部分です。フロントカウルに貼ろうと思ったのですが、あまりに目立つので止めたところです。(家族からも反対されたし・・・)

はい。こんな感じの新年スタートです。Majの初乗りは3日ぐらいになりそうです。特にどこかに行く予定はないのですが、エンジンを回さないといけませんね。

PS.
新しいステッカーですが、どうも出来栄えは今一歩・・・またスグに剥がしてしまいそうです。(笑)
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