スティーヴン・レイが2019年に刊行した『ハリウッド・ブック・クラブ スターたちの読書風景』を読みました。「イントロダクション」の部分を転載させていただくと、
問題:『パリの恋人』でオードリー・ヘプバーンが働く書店の名前は?
(a) アクメ・ブックショップ
(b) アーゴシー・ブックストア
(c) エンブリオ・コンセプツ
(d) フローリッシュ・アンド・ブロッツ
(e) ショップ・アラウンド・ザ・コーナー
(c) と答えた方、おみごと。ヘプバーン演じる共感主義(エンパシカリズム)にかぶれた女性は、50年代の自由な空気に満ちたグリニッジ・ヴィレッジの哲学書専門店で働く店員━━彼女の静かで埃っぽくてカビ臭い世界は、フレッド・アステアとファッション誌の強引な一団がカメラとモデルを引き連れて書店に押しかけてきたとたん、一変してしまう。正解以外の4軒の架空書店も答えられたら、ボーナスポイントを差し上げよう。
本と映画は、サイレント映画時代から切っても切れない関係にあった。俳優たちは銀幕で厚い本を読むことによってその役柄を表現してきた。本は説明的なガイドや、プロットの仕掛け、ユーモラスな小道具として使われ、書棚やくり抜かれたページには武器や札束がこっそり隠された(隠し部屋に通じる秘密の扉となる書棚はいかがだろう?)。ヴォルテールやエミール・ゾラから、シェイクスピア、ケルアック、シルヴィア・プラス、デイヴィッド・フォスター・ウォレスまで、作家や詩人の伝記映画は映画産業において最も信頼できるジャンルのひとつを形成した。(中略)
『ハリウッド・ブック・クラブ』は、ふたつの異種媒体が交わる場所で愛書家と映画ファンが出会う祝祭である。収録された55枚の写真がとらえているのは、時代を象徴するスターたちと、彼らが手にした象徴的な(もしくは皮肉な)本の数々。ジェームズ・ディーン、マリリン・モンロー、ソフィア・ローレン、ベティ・デイヴィス、サミー・デイヴィス・ジュニア、ハンフリー・ボガート、ローレン・バコールといったスターたちが、ここではみな文学作品(もしくはそれ以外)を手に持ち、膝の上にのせ、あるいは近くに置いている。本のカバーや背表紙がカメラのレンズ、すなわちこちらをまっすぐに向いている写真では書名が容易にわかる一方で、詳しい検討を必要とする写真もある。たとえば、レスリー・キャロンが椅子にすわって本のページを開きながらまどろんでいるすてきな写真を見てほしい。写真の本の部分を拡大したところ、ベージの語句が読み取れた。“私たちが作った食べもの……ベッドの柔らかさ……棺の壁……”。言葉の断片をインターネットで検索すると、ウイリアム・フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』がたちどころにヒットし、〈モダン・ライブラリー〉1951年版の160ページであることが判明した。オーソン・ウェルズが腹にのせている本も同様。脚本家・演出家・俳優であり、L.A.に移ってからは映画製作者であった彼が読みふける本は、『技術の歴史・第3巻・ルネッサンスから産業革命へ』(邦訳では第5・6巻)である。まさに眠りにつく前の軽い読書といえよう。
本書のスナップ写真、宣伝写真、映画のスチル写真━━多くはハリウッドのスタジオの名もなきスチルカメラマンたちが撮影した━━は、6つの分類テーマに沿って並んでいる。まずは、スターたちが自宅の書斎や庭の素朴な籐椅子(エドワード・G・ロビンソン)でくつろいで読書している写真。次に、わが子に児童書を読んでいるスターたち。撮影セットで撮られた意外で興味深いシリーズ(肩もあらわな格好で重そうなトーマス・ウルフを支えるジョーン・コリンズ。スタニスラフスキーを読むデニス・ホッパー)。それから、書店内および本が山と積み上げてある場所でのポートレート写真が2枚。映画の中で衣装を着て役になりきっている男優・女優のスチル写真。最後に“原作本”の写っている写真。スティーヴ・マックイーンが『大脱走』に見入り、グレゴリー・ペックが『アラバマ物語』を開き、ジェーン・ワイマンが『小鹿物語』を持っている。映画で演技したスターたちは原書に戻る━━そして、映画と本の宣伝に貢献する。
『ハリウッド・ブック・クラブ』に登場する本は、アーヴィング・ストーンにオスカー・ワイルド、セックスの手引きにルイ・アームストロングの自叙伝、ウォルト・ディズニーにアーネスト・ヘミングウェイと、たいへん幅広い。
グルーチョ・マルクスの有名な警句に「私をメンバーとして受け入れるクラブになど入りたいものか」というのがある。とはいえ、彼が“ハリウッド・ブック・クラブ”に入りたくないとは考えにくい(事実、彼はジョアン・ウッドワードが手にしている本の熱心な愛読者だった)。(中略)
お楽しみあれ!
あっと言うまに読めてしまう楽しい本でした。
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
問題:『パリの恋人』でオードリー・ヘプバーンが働く書店の名前は?
(a) アクメ・ブックショップ
(b) アーゴシー・ブックストア
(c) エンブリオ・コンセプツ
(d) フローリッシュ・アンド・ブロッツ
(e) ショップ・アラウンド・ザ・コーナー
(c) と答えた方、おみごと。ヘプバーン演じる共感主義(エンパシカリズム)にかぶれた女性は、50年代の自由な空気に満ちたグリニッジ・ヴィレッジの哲学書専門店で働く店員━━彼女の静かで埃っぽくてカビ臭い世界は、フレッド・アステアとファッション誌の強引な一団がカメラとモデルを引き連れて書店に押しかけてきたとたん、一変してしまう。正解以外の4軒の架空書店も答えられたら、ボーナスポイントを差し上げよう。
本と映画は、サイレント映画時代から切っても切れない関係にあった。俳優たちは銀幕で厚い本を読むことによってその役柄を表現してきた。本は説明的なガイドや、プロットの仕掛け、ユーモラスな小道具として使われ、書棚やくり抜かれたページには武器や札束がこっそり隠された(隠し部屋に通じる秘密の扉となる書棚はいかがだろう?)。ヴォルテールやエミール・ゾラから、シェイクスピア、ケルアック、シルヴィア・プラス、デイヴィッド・フォスター・ウォレスまで、作家や詩人の伝記映画は映画産業において最も信頼できるジャンルのひとつを形成した。(中略)
『ハリウッド・ブック・クラブ』は、ふたつの異種媒体が交わる場所で愛書家と映画ファンが出会う祝祭である。収録された55枚の写真がとらえているのは、時代を象徴するスターたちと、彼らが手にした象徴的な(もしくは皮肉な)本の数々。ジェームズ・ディーン、マリリン・モンロー、ソフィア・ローレン、ベティ・デイヴィス、サミー・デイヴィス・ジュニア、ハンフリー・ボガート、ローレン・バコールといったスターたちが、ここではみな文学作品(もしくはそれ以外)を手に持ち、膝の上にのせ、あるいは近くに置いている。本のカバーや背表紙がカメラのレンズ、すなわちこちらをまっすぐに向いている写真では書名が容易にわかる一方で、詳しい検討を必要とする写真もある。たとえば、レスリー・キャロンが椅子にすわって本のページを開きながらまどろんでいるすてきな写真を見てほしい。写真の本の部分を拡大したところ、ベージの語句が読み取れた。“私たちが作った食べもの……ベッドの柔らかさ……棺の壁……”。言葉の断片をインターネットで検索すると、ウイリアム・フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』がたちどころにヒットし、〈モダン・ライブラリー〉1951年版の160ページであることが判明した。オーソン・ウェルズが腹にのせている本も同様。脚本家・演出家・俳優であり、L.A.に移ってからは映画製作者であった彼が読みふける本は、『技術の歴史・第3巻・ルネッサンスから産業革命へ』(邦訳では第5・6巻)である。まさに眠りにつく前の軽い読書といえよう。
本書のスナップ写真、宣伝写真、映画のスチル写真━━多くはハリウッドのスタジオの名もなきスチルカメラマンたちが撮影した━━は、6つの分類テーマに沿って並んでいる。まずは、スターたちが自宅の書斎や庭の素朴な籐椅子(エドワード・G・ロビンソン)でくつろいで読書している写真。次に、わが子に児童書を読んでいるスターたち。撮影セットで撮られた意外で興味深いシリーズ(肩もあらわな格好で重そうなトーマス・ウルフを支えるジョーン・コリンズ。スタニスラフスキーを読むデニス・ホッパー)。それから、書店内および本が山と積み上げてある場所でのポートレート写真が2枚。映画の中で衣装を着て役になりきっている男優・女優のスチル写真。最後に“原作本”の写っている写真。スティーヴ・マックイーンが『大脱走』に見入り、グレゴリー・ペックが『アラバマ物語』を開き、ジェーン・ワイマンが『小鹿物語』を持っている。映画で演技したスターたちは原書に戻る━━そして、映画と本の宣伝に貢献する。
『ハリウッド・ブック・クラブ』に登場する本は、アーヴィング・ストーンにオスカー・ワイルド、セックスの手引きにルイ・アームストロングの自叙伝、ウォルト・ディズニーにアーネスト・ヘミングウェイと、たいへん幅広い。
グルーチョ・マルクスの有名な警句に「私をメンバーとして受け入れるクラブになど入りたいものか」というのがある。とはいえ、彼が“ハリウッド・ブック・クラブ”に入りたくないとは考えにくい(事実、彼はジョアン・ウッドワードが手にしている本の熱心な愛読者だった)。(中略)
お楽しみあれ!
あっと言うまに読めてしまう楽しい本でした。
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)