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69年前の天皇敗北宣言口語訳・(終戦の詔勅)

2014-08-15 | 市民のくらしのなかで

 

        終戦の詔勅−玉音放送1945.8.15正午) 原 文   

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑ゝ 帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶 幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排 シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戰ヲ繼續 セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ 帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ 五内爲ニ裂ク且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ 衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス
ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民 ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ 戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ 進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ


 

 

 

 

     天皇敗北宣言(終戦の詔勅)(玉音放送口語文)

 


  『余は、深く世界の大勢と、帝国の現状をかえりみて、非常措置をもって事態を収拾しようと欲し、ここに忠実にして善良なる汝ら臣民に告げる。 余は帝国政府に、米英中ソの四国に対し、そのポツダム宣言を受諾する旨、通告させた。

 そもそも、帝国臣民の安寧をはかり、万国が共存共栄して楽しみをともにすることは、天照大御神からはじまる歴代天皇・皇室が遺訓として代々伝えてき たもので、余はそれをつねづね心がけてきた。先に米英の二国に宣戦した理由も、実に帝国の独立自存と東アジア全域の安定とを希求したものであって、海外に 出て他国の主権を奪い、領土を侵略するがごときは、もとより余の志すところではない。

  しかるに、交戦状態はすでに四年を過ぎ、余の陸海軍の将兵の勇敢なる戦い、余のすべての官僚役人の精勤と励行、余の一億国民大衆の自己を犠牲にした 活動、それぞれが最善をつくしたのにもかかわらず、戦局はかならずしも好転せず、世界の大勢もまたわが国にとって有利とはいえない。そればかりか、敵国は 新たに残虐なる原子爆弾を使用し、いくども罪なき民を殺傷し、その惨害の及ぶ範囲は、まことにはかりしれない。

 この上、なお交戦を続けるならば、ついには、わが日本民族の滅亡をも招きかねず、さらには人類文明そのものを破滅させるにちがいない。そのよう になったならば、余は何をもって億兆の国民と子孫を保てばよいか、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいか。以上が、余が帝国政府に命じ、ポツダ ム宣言を受諾させるに至った理由である。

 余は、帝国とともに終始一貫して東アジアの解放に協力してくれた、諸々の同盟国に対し、遺憾の意を表明せざるをえない。帝国の臣民の中で、戦陣で戦 死した者、職場で殉職した者、悲惨な死に倒れた者、およびその遺族に思いを致すとき、余の五臓六腑は、それがために引き裂かれんばかりである。かつ、戦傷 を負い、戦争の災禍をこうむり、家も土地も職場も失った者たちの健康と生活の保証にいたっては、余の心より深く憂うるところである。

 思うに、今後、帝国の受けるべき苦難は、もとより尋常なものではない。汝ら臣民の真情も、余はそれをよく知っている。しかし、ここは時勢のおもむく ところに従い、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、それをもって万国の未来、子々孫々のために、太平の世への一歩を踏み出したいと思う。

 余はここに、国家国体を護り維持しえて、忠実にして善良なる汝ら臣民の真実とまごころを信頼し、常に汝ら臣民とともにある。もし、事態にさからって 激情のおもむくまま事件を頻発させ、あるいは同胞同志で排斥しあい、互いに情勢を悪化させ、そのために天下の大道を踏みあやまり、世界の信義を失うがごと き事態は、余のもっとも戒めるところである。

そのことを、国をあげて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、任務は重く道は遠いということを思い、持てる力のすべてを未来への建設 に傾け、道義を重んじて、志操を堅固に保ち、誓って国体の精髄と美質を発揮し、世界の進む道におくれを取らぬよう心がけよ。汝ら臣民、以上のことを余が意志として体せよ。

 

   全文紹介したのは、これが戦後出発の明治憲法を引き継ぐ考えであり、

           自民党・維新の会・一部野党?などの根本思想となっているからである。

その特徴はアンダーラインをひいておきましたように 最初から命令調である。

①、天皇は、死亡しなかった。(処刑もされなかった) 天皇制は終わることなく維持された。

②、天皇が、臣民(家来)に伝える。汝ら臣民は、余の意に従え。

③、天皇が宣戦布告したことも、戦争遂行の責任者だったことも全く語らない。

④、皇室の遺訓は、平和であり米英の二国に宣戦した理由も、実に帝国の独立自存と東アジア全域の安定とを希求したためだったと、侵略責任逃れをしている。

⑤、海外に 出て他国の主権を奪い、領土を侵略するがごときは、もとより余の志すところではない。と、宣戦布告と、戦前の朝鮮侵略・日清・日露戦争満州国侵略、日中戦争などを含めて 責任逃れをしている。

⑥、一億総動員だと銃剣で強権政治を行い、治安維持法をつくって国民を弾圧しながら、それぞれが最善を尽くしたと誤った政治の反省もない。

⑦、ポツダム宣言(7月26日)受け入れを、護身のために20日間送らせた間に原子爆弾が投下され、韓国分断が起こった、その責任は天皇にあったことは明らかであるにもかかわらず、敵国に責任を押し付ける行為は、戦争責任者としてあまりにも身勝手で許されないことである。

⑧、天皇が謝罪しているのは、日本国民や朝鮮・中国・侵略した相手国、その他犠牲を受けた人びとに対してではなく、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にどうあやまればよいか。と嘆いているに過ぎず、戦争責任者の国民と世界に向かっての謝罪の態度は全くない。

⑨、世界戦争を共に戦った同盟国・軍属・兵士・その家族・臣民もこれから大変なことは良くわかっているが、時勢のおもむくところへ踏み出そう。と無責任な態度である。

⑩、天皇制が守られたことは、今後も臣民(日本国民)が天皇とともにあるということで「国体を変えよう」(天皇制廃止)というような道を進んではならず、そのことを天皇が一番心配していることである。

⑪、そのことを家庭でもよく話し合い、誓って天皇をトップにいただいた国の本質と美しい国日本を守り、すえながくこの考えで進めよ。

⑫、以上のことが天皇の考えであり、汝ら臣民は従え!

という内容だったのです。


 同盟を組んだドイツやイタリアの国々や責任者は、敗戦時とその後の歴史のうえで、どんな態度を取ったのだろうか。

 

 


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