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常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

酉年

2017年01月04日 | 百人一首


4日、朝方の雨が雪になった。気温が高いので積もりそうもない。蔵王などのスキー場では、少雪で困っているらしい。雪になると、餌を探せないのかベランダにヒヨドリがやってくる。手摺にとまってプランターのなかに餌がないか探している様子である。今朝食べるリンゴの一片をプランターに置く。お正月の雪を見ると、阿部次郎ではないが、子どものころの正月だ。戦後、どこの家でもカルタ取りで遊ぶのが流行った。

カルタを5枚ほど持つ攻め方と、10枚の中央、残りの20枚が守り方の3名づつが向かい合って取りかたをするチームプレーなどで、同じ年ごろ同志が6人集まらなければできないので、正月の格好な遊びであった。戦後、正月なのにろくな食べ物もないなかで、ぼた餅などを振舞った。出てくる言葉は、「砂糖屋の前を通りすぎたみたいな餡子だけど」。しかし、あのひもじい時代に、こんな遊びがあったことは、いい思い出である。私は子どものころ祖母に抱かれて寝たが、寝る前に聞かせてもらったのは、百人一首の作者の物語であった。

明治の学校にも行っていない祖母は、百人一首を諳んじていて、阿倍仲麻呂が遣唐使で唐の国に渡った話など、70年経った今なお記憶している。干支の酉年に因んで、百人一首のなかに鳥を詠みこんだ歌が、何首あるか見てみた。すると全部で5首。

3 あし引の山鳥の尾のしだりをのながながし夜をひとりかもねむ 柿本人麻呂

6 かささぎの渡せる橋におく霜の白きをみれば夜ぞふけにける 中納言家持

62 夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ 清少納言

78 淡路島かよふ千鳥のなく声に幾夜寝ざめぬ須磨の関守 源 兼昌

81 ほととぎす鳴きつるかたを眺むればただ有明の月ぞのこれる 後徳大寺左大臣

6番の鵲は、天の川に住む鳥。天帝がこの鳥命じて天の川に橋をかけさせたという。その他の歌については、昔のカルタ取りを思い出しながら、じっくりと味わって欲しい。
コメント (2)
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