チャドラーの『ロング・グッドバイ』を村上春樹の訳で読んだ。今回も小説の面白さに引き込まれて、本を置くことができない状況であった。寒い冬の日は、こんな面白い長編小説を読む時間に恵まれている。フィリップ・マーロウは、この小説に出てくる事件の謎を解く私立探偵である。小説は探偵でマーロウが、泥酔した男が乗っていた車から路上に放り出されているのを助けるところから始まる。この男はテリー・レノックス。映画関係の仕事をしているとのことだが、億万長者の娘を妻にしている男であった。
アルコール中毒に苛まれる男たち。ベストセラー小説の作家のロジャー・ウエイドも酒に溺れている。私立探偵は、レノックスの妻の殺害に続いて、作家ウエイドの死という血なまぐさい事件に巻き込まれる。この小説は1953年、チャンドラーが53歳のときに書かれたものだが、まったく時代を感じさせない。探偵がバーに立ち寄って女たちに会う場面、作家の家に仕えるハウスボーイなど、今の時代がそのまま描かれているような錯覚に陥る。
チャンドラーの父はアイルランドの血をひくクエーカー教徒で、鉄道に勤めるエンジニアで各地を転勤した。母もアイランドから来たクエーカー教徒であった。父には飲酒癖があり、家を空けることが多く、家にいるときはいつも泥酔していた。その結果両親は離婚し、チャンドラーは7歳で、母に連れられイギリスに渡る。イギリスで公務員の資格をとり、海軍省に勤めた。しかし、チャンドラーはこの事務の仕事が退屈で、文筆をこころざしてアメリカに戻った。しかし第一次世界大戦が始まると、チャンドラーはカナダ軍に入隊し、ナチスととの戦争に従軍することなった。
チャドラーは1939年に書いた『大いなる眠り』を皮切りに、7作のマーロウものと言われる探偵小説を書いた。なかでも、『ロング・グッドバイ』はそのなかの最高傑作と言われる。チャンドラーも父の血を受け継いだのか、自らの酒癖にも悩まされることになった。妻の闘病の間に書いたものだが、自身の戦争体験やアルコールの恐ろしさを登場人物の死や失踪にからめて書いている。村上春樹がこの小説家の手法に学んだことを、そのあとがきに書いている。